圧
「承知しました。説明する事に問題ありません。キス様の顔に泥を塗る事もないでしょう。それでお赦し頂けるなら」
七はキスの圧に動揺せず、冷静さを取り戻しているようだ。
「コイツが見たのと、お前の説明が間違っていなければ、今回は許してあげる。壱も余計な言葉は言わなくていいから。当然、アンタもよ」
カイトが中を確認する時、余計な言葉を言わないように注意しなければならない。何がヒントになるかも分からない。
勿論、零が七にヒントを与える事も禁止。彼女が穴の奥の構造を誰よりも知っているはずだからだ。
「分かりました。ですが、七が見ていたのは確かですよ。その時は止める事はしませんでしたけど」
零は七がゴミ捨て場に繋がる搬入口の中を確認しているのを目撃している。その時点で調べていたのは間違いないのだろう。
キスの時のように止めなかったのも、従者としての仕事だと分かっていたからだ。
彼女は七に協力してもらった手前、庇うような台詞を言ったが、それは逆効果にもなる。
調べているのを零にバレている事もそうだ。
彼女の言葉にキスが何も返さないのも、七に対する圧を掛け続けているから。
「壱……貴方が気にする必要はありません。普通に見てくれたら、それで大丈夫ですから」
「アンタが気負う事は全然ないから。七が間違った事で、この場で罰を与えるつもりはないわ」
メアリだけでなく、キスもカイトに声を掛けた。カイトにも圧が生じているからだ。
彼の答え次第で七に影響を与えるとなれば、正直に答えるのも難しくなる。
それを無くすための二人の声掛け。
キスが言う、この場とは継承が終わるまでの事を示すはず。侵入者と魔物の存在がある以上、従者に罰を与える状況でもない。
『キスも今の状況が分かっているはずだ。加えて、この出来事の後は彼女達には存在しない』
キス達に継承後の物語は存在しない。侵入者を捕まえて、メアリとキスが生き延びたとしても、それは死神が作った擬似的世界に過ぎない。
彼女達、死者の記憶を元に作った世界。その先の話は存在しないのだ。
この事件に変化があるのは死神とカイトが干渉しているからであり、その先に死神は関わるつもりはないのだ。
『見誤るな。感傷するな。目的を忘れるな』
「……分かってます」
カイトは搬入口の上にあるメーターを確認後、中に自身の顔を差し入れた。
人が通れなくても、顔ぐらいは入る大きさはある。もう少し大きくなければ、ゴミ袋を詰め込む事も無理だろう。
「どうですか? 何か見えますか? 暗くて何も見えないようだったら」
搬入口の先は調理場の明かりが僅かに射し込むだけで、薄暗い状態。カイトの目では明確にどうなっているのかは見分けはつかない。
だが、カイトが明かりが欲しいと口にすれば、メアリが魔法を使うかもしれず、使用回数が制限されているのだから、そこは避けたいところ。




