予定外の数
「すみません。メアリ様の従者の……」
従者の部屋を開ける直前、声を掛けてきたのは館の主の従者である零。
調理場は食堂奥の位置にあるのだが、それとは別方向から呼び止められた。彼女は従者の部屋から出てきたわけではない。
「壱……一番目の従者です。何か用事でもあるのですか? 食事の準備をしているはずですよね?」
「トイレに行っていたので、調理場から離れてました。そうしたら、丁度良いところに貴方がいらしたので……調理補助を手伝って貰えませんか? 他の従者達には先程協力して頂いたので、言い辛く……勿論、主の命令を優先するべきだと思うのですが」
『零が来た方向にトイレがあるのは確かだが……』
まるで従者の部屋に入るのを拒否したみたいに、零が声を掛けてきたようにも思える。だが、従者の部屋に入るのを許可したのも彼女のはずだが。
魔法使い達の手前、更に協力してもらうのは憚れたかもしれない。
「……問題ありません。メアリ様であれば、協力するように言うはずです。ですが、そこまで長くは無理なので、そこは申し訳ありません」
『協力する事を選ぶか。主の印象を悪くするわけにはいかないからな。それにしても……やはり、彼女は他の従者達とは毛色が違うな』
カイトに声を掛け、協力を求める事を他の従者達は出来るか。いや、出来ないだろう。
主の命令に協力するように言われてないからだ。
それを零は無断でカイトに協力を求めた。自身の意思で動ける事自体、他の従者達とは違っている。
「勿論です。ニ、三十分頂けたら。野菜の仕込みだけでも十分です。メアリ様達の料理以外にも、私達用の食事も必要でしょ。予定よりも一人分多くなりましたしね」
零はメアリ達だけではなく、カイト達従者用の食事も用意するつもりらしいのだが、気になる言葉を言っている。
「それは……僕の事を言ってますか? それとも別の誰かがここに来るわけですか?」
カイトも彼女の言葉に気付いた。無理矢理参加したのは死神の力、擬似的世界だから出来た事であり、それに零が気付いたのは何故か。
それとも別の誰かが来訪したか。それはディアナ達は知らない。メアリが着いた時点で全員揃ったと口にしたからだ。知っているのは零だけになる。
「来ませんよ。皆様方だけです。メアリ様の招待の返事に『従者はなし』と書いていましたので。貴方の体調を心配しての事だったのでしょうね。そんな主は珍しいですよ」
メアリはすでにカイト不参加を返事していたのが理由だった。強制的に参加させたため、この返事に矛盾が起きてしまった。
「調理場はこっちです。勿論、料理は出来ますよね? 魔導具の使い方も理解してますか?」
「大丈夫です。魔導具に関しては物次第なので、分からなかった場合は聞きます」
零は食堂の方へと足を進めていく。
メアリの従者はカイト一人であり、料理や掃除等は出来て当たり前である。
魔導具とはメアリとカイトで手にしている鈴もその一つ。日常に使用出来る物も存在している。
『短い時間であれば、従者の部屋を調べる事も出来るか。協力するのだから、彼女から情報を引き出せばいい。館の主の事は無理でも、彼女の情報も重要になるかもしれないぞ』