23. それは魔獣ではありません②
「とりあえず俺はこのナックルを何とかしなきゃならんから、その間はディアナ頼むぞ!できれば近づいてくる前に払いのけてくれ!」
「了解! …ん?あの数を??」
「頼んだ!」
辺境伯家の常套手段・丸投げが炸裂した。
投げつけられることにはディアナも慣れているが、困ったのはその手立てが咄嗟には思い浮かばないことだった。
ディアナはこの場に弓矢を持ってきていない。一般人への被害を最小限に留めるべく、殺傷力の高い武器の使用を控えようと考えたからだ。
うっかり流れ弾が当たっても怪我くらいで済むようにと、いつぞやのように乾燥豆を大量に持参してきてはいるが、小さい豆をちみちみ放っていたら、正直言ってキリがない。こういうときは、ザバッと一気に纏めて攻撃できる武器でないと手が追いつかない。
(あ~…。何でわたし、あの時ブーメラン買っとかなかったのかなあ~…っ)
ブーメランは当たって落下したら終わりなので大量に数を用意する必要があるし、そんなら豆でもいいやと思ってしまい、あの時は購入を控えてしまったのだ。でも、ただの鳥…しかも小さめサイズが相手なのであれば、ブーメランで十分薙ぎ払い続けることができただろう。
ディアナは当てることしか想定していなかったが、今回は当てる必要はないのだ。ブーメラン最大の特徴である『軌道がしっかり保たれていれば手元に返ってくる』が活きるケースであり、変なところに落下するまで弾切れを気にすることなく使い続けることができたのに…。
嘆いていても解決しないので、ディアナは気持ちを切り替えて、とにかく何か武器に応用できそうなものがないか、ぐるっと周囲を見回した。
そして、神聖教が儀式に使用したと思しき祭壇の前に恭しく飾られている供物の中に、見知ったものを見つけ、瞳を輝かせたのだ。
「お兄様」
「おう。どうしたディアナ」
「あそこ見て。祭壇的なやつの手前の台」
言われるがまま視線を送ったジークヴェルトは、ディアナの言わんとしているものを捉えて目を丸くする。
「おお?なんだあれ…もしかしてチャクラムか?」
―――――そう。そこには、以前ディアナが、シンディおススメ武具店で見つけた超高級チャクラム(儀式用)が燦然と輝きを放っていたのだ。
「わたしあれ知ってる。全く同じヤツ、お店で売ってるの見たことあるの。あれね、外周に安全カバーがついてて、触っても切れないようになってるんだよ」
「………ってことは」
「「ぶん投げても死人は出ない」」
投擲武器のスペシャリストであるディアナにかかれば、初見の武器であろうとも、重さや形状を瞬時に把握してコントロールすることができる。つまり、現状儀式用のお飾りでしかないアレを有効活用できるってことである。
この世界のチャクラムは、ブーメラン同様、手元に返って来るタイプの武器であり、パワーが十分なら恐らく何かに当たっても物ともせず回転し続けることが可能である。よほど大きい鳥でも混じっていなければ、縦横無尽に飛び回ることができるポテンシャルを秘めている。数を相手にしなければならない今、活路はあそこにしかないとディアナは判断した。
問題はただ一つ。あれが超高級品であること。
宝石がガンガン使われている高級品なばかりに、これだけ場が混乱しているにも関わらず、盗難を警戒して配備されたと思しき衛兵が、決して供物の側から離れずにがっつり守っているのだ。
ジークヴェルトとディアナは目立ちすぎており、近づいて行くだけで警戒されるに違いない。力尽くで奪うことは出来るが、奪い取るにあたっての犠牲者(※職務に忠実な、何の非もない衛兵)が無駄に多いような気がする。できればもう少し穏便に済ませたい。
ディアナがあれこれ逡巡している間にも、ジークヴェルトは声を張っていた。
「ザイ!左から二番目!」
「はいはいコレっすね!?うわ思ったより重いな」
いつの間にやら祭壇のほど近くに陣取っていたザイは、ジークヴェルトの指示に瞬時に反応し、ぬるっと祭壇の前に躍り出ると、目にも止まらぬ速さでチャクラムを手に取った。
通常のチャクラムは直径十~二十センチくらいのことが多いが、このチャクラムは儀式での見映えが重視されているため、直径三十センチオーバーの大型サイズなことに加え、宝石などによる装飾が盛り盛りだったため、重量的にもなかなかものだった。
「貴様!!神聖なる儀式の供物を盗むなど恥知らずな!!」
ザイの行動に気づいた衛兵らしき人物が、慌ててザイの手首を掴み、そのまま捻り上げてチャクラムを奪い返そうとしてきたのだが、ザイは焦った様子も見せずニヤリと笑った。
「重さも妨害も、俺の黄金の逃げ足の妨げにはならないってことを見せつけてさしあげますぜ」
ザイはその場でバック宙をするかのようにくるりと後方に一回転することで相手の手首を捻り返した。
「いっ!?」
そして手首の拘束が緩んだ瞬間に腕を振り払い、一目散に走り出した。
「シンディ、サポート!」
「がってん承知!」
供物を盗んで逃亡を図ろうとしているとしか思えないザイの行動に衛兵が一斉に飛び掛かってくるが、ザイに触れる寸前にシンディの蹴りが炸裂する。
シンディはスピード重視の攻撃スタイルのため初動がずば抜けており、敵の攻撃が届く前にいち早く対処することが可能なのだ。パワーが足りないので小型な魔獣でないと一撃で仕留めることは難しいが、今は魔獣相手ではないので仕留める必要がなく、ザイの逃亡をサポートするという役どころには最適な采配と言えた。
ザイは、自ら逃げ足を誇っているだけあって、すいすいと人の間を縫ってあっという間にジークヴェルトのところに到着すると、ディアナにチャクラムを「ほいっ」と手渡した。
「ありがとうザイお義兄様!」
投擲武器を扱う全ての人間が一度は使ってみたい伝説のチャクラムを嬉々として受け取ったディアナは…
その憧れの逸品を手にした瞬間に悟った。
「お兄様マズイ」
「なんだディアナどうした」
「これ、思ってた以上に重たくて、わたしの力じゃ大して飛ばせない………」
「真朱のヤツ、どうチャクラム使うかで話考えたな?」とお考えの方
その通りです…!
現実のチャクラムは、手裏剣みたいに投げて刺す武器という認識ですが、
本作では、ファンタジーではお約束のブーメランの動きとしています。
この世界ではそういうものとして、ご了承ください。




