18. 侯爵令嬢が叩きのめすってさ①
ランバート侯爵令嬢は、冷めっ冷めの視線を儀式とやらに向けていた。
「西の隣国の国教『神聖教』の神子が我が国に滞在しており、魔獣の脅威に怯える国民のために祈りを捧げる儀式を行う」との発表を聞いたランバート侯爵令嬢は、嫌な予感しかしなかったので、ひっそりと野次馬に加わっていた。
神聖教なりに荘厳さを演出した儀式なんだろうが、ぶっちゃけアリガチというか特徴がないというか…。ランバート侯爵令嬢は「ふ~ん?こんなもん?」と毒を吐きつつ眺めていた。
全く興味がない上に悪い印象しか持ってないので、表現に悪意が滲みまくっている点は見逃してやってほしい。
何やらまあどうでもいいあれやこれやが終わり、前から数列に陣取っている信者とサクラっぽい連中が喝采を浴びせる中、自己陶酔感の滲む笑顔で振り向いた神子が、大袈裟な身振り手振りを交えながらギャラリーに向けて語り始めた。
「皆様、聞いてください!いま、この国は未曾有の危機に見舞われています!魔獣の猛威がすぐそこまで迫って来ているのです!もう辺境伯家のように武力一辺倒では魔獣に対抗しきれません!いまこそ神のお力が必要なのです!」
神子は熱く語らっているが、ランバート侯爵令嬢はドン引いていた。
(コイツ死にたいの?西の隣国の辺境伯家がどうだかは知らないけど、ディアナの実家は国を滅ぼし得るくらいの力を持ってるのよ?こんな大っぴらに我らが辺境伯家を侮辱して、生きて帰れるとでも思ってんのかしら…。いまディアナのお兄さん王都にいるって噂よ?国王を恫喝してのける辺境伯閣下の遺伝子をモロに受け継いでる人よ?)
ランバート侯爵令嬢とて身をもって知ったことではあるが、無知とは罪なんである。神子のことはどうでもいいが、やるなら王都ではなく他所でやってほしい。
「先ほど私は、我が神聖神から御言葉を賜りました!『ランバート侯爵家のご嫡男と、神聖教の神子である私が結婚することで、この危機を乗り越えることができる』と仰っています!国難に立ち向かうために、皆さんのお力を貸してください!どうぞこのご縁をご支援ください!」
(はあ………?コイツ何ほざいてやがるの…?)
ランバート侯爵令嬢の兄は、ある意味フツーの人である。
侯爵家の跡取りとして大きな不足があるわけではないが、特筆すべき稀有な面があるわけでもない。目覚ましい発展や新しい何かを生み出すことは正直なところ全く期待できないが衰退させるほどダメダメでもない、『ザ・現状維持要員』と評価されている男である。
そんなランバート侯爵令息と結婚することで、国難を乗り越えられる、と?「なんだそりゃ」以外に何を言えというのか。
(あの人、信仰心のない人間の思考回路なんて理解できないんでしょうねぇ…)
神子の生きて来た環境下では、神子が「神様がそう言っている」と言えば、それは全て真実として受け入れられて来たのだろう。
西の隣国は、国として『神聖教』を信仰しているのだから、殆どの国民に対して有効だったんだろうことも想像できる。
だが、ここは西の隣国ではない。信仰の自由こそ認められているが、無信教の国である。
別に信仰しているわけでもないどっかの宗教の神子が言っているってダケで、すんなり受け入れて貰えるかと言ったら、そんな簡単にいくわきゃないのだ。
「『国の危機を回避するために結婚』って、末姫さまと北の隣国の王太子殿下の婚約と同じ考え方ってことだよな?それってつまり政治の話なんじゃねーの?」
「へえ…。西の隣国の神って政治に口出しするんだ…。何か野心が強そうで神秘性に欠けるな」
「そうだな。ぶっちゃけ人間くさいよな」
「つーか神子ってナニ?えらいの?」
「さあ…」
場のシラケた空気を感じ取ったらしい神聖教の関係者たちがアワアワする中、自分を『絶対的存在』だと信じて疑っていない神子は、エンジン全開でぶちかまし続ける。
「何て素晴らしいお導きでしょう!両国ともに平和的に事態の収束が図れるのです!これ以上の方法はないと思いませんか?速やかにお話を進めるべきです!」
「おふざけになるのも大概にして頂けませんこと?」
ここで、ランバート侯爵令嬢が声をあげた。
このままでは、ランバート侯爵家は否応なしに巻き込まれるだけ巻き込まれて、旨味も何もない悲惨な結果に終わることが目に見えている。迷惑千万、一昨日来やがれである。
ランバート侯爵令嬢は、神子のお目当ての男性が『ランバート侯爵家の嫡男』ではないってことは分かっちゃいるが、神子にそれを教えてあげるつもりなどさらさらない。
如何にランバート侯爵家に面倒が降りかかろうとも、あんな女にラキルスを差し出すわけにはいかない。
となれば、取れる手段はただ一つ。神子の目論見を叩き潰す以外あるまい。
ランバート侯爵令嬢は、ずずいと足を踏み出した。
「あ!あなた妹さん!お兄さんはどちらに!?」
「何度もお伝えしているはずですが、兄はここ数か月ずっと領地におります。それに、兄には婚約者がおり、婚約解消など有り得ないともお伝えしております」
「でも神の御言葉なのです!国のためなのです!神の御言葉に逆らって天罰が下ったら責任とれるんですか?」
(あらあら…。神子って、天罰を楯に信者でもない人間まで従わせようとしてくるのね?これ脅迫みたいなもんよね)
神やら国やらを持ち出して、正当性をアピールしているつもりのようだが、初めから胡散臭いと思って聞いている身からすれば、何とも軽く聞こえて仕方がない。
「ちなみに、神の御言葉とは具体的にどのような内容ですの?『何月何日に何処で出会った男性』といったお言葉だとすると、その場に複数人の男性がいた場合どなたのことかわかりませんし、もっと具体的なのでしょう?『ランバート家の嫡男』と家名をハッキリと仰ったということかしら?」
ラキルスと神子の初対面時、その場には他にも男性がいたことは間違いない。しかもその場にはランバート侯爵令嬢が居合わせていたため、「言葉を交わした方」「落とし物を拾ってくださった方」などといった創作エピソードは瞬殺で見破られてしまう。
ここで「じゃああんたの運命の相手はもう一人の男性の方なんでないの?」って言われても、「そっちじゃない」と認めさせるほどの説得力のある説明が咄嗟に浮かばなかった神子は、「ご指名」でゴリ押すことしかできなかった。
「ええ、ええ、そうなんです。神は『ランバート侯爵家のご嫡男』と、はっきり仰ったんです!」
「そこまで具体的なお言葉なのであれば、間違いなく兄のことなのですね」
「そうです!」
この時点でランバート侯爵令嬢は、ラキルスに矛先が向くことを封じたと言える。
神が名前で指定してきたと明言した以上は、今更「この人じゃない」などと言ってしまうと神の言葉を否定することになるし、訂正しようものなら神が間違った言葉を授けたことになり、神の信憑性を下げてしまう。神に難癖つけられないようにと「神の言葉を間違って伝えちゃった」という扱いにすると、今度は神子の言葉そのものに疑念が生じてしまう。
神子が己の立場を守りたいのであれば、決して間違いを認めるわけにはいかない。御言葉のお相手は『ランバート侯爵令息』で貫き通すしかなくなったのだ。
ということは、あとはこの綻びをギッタギタにしたったらええってことである。
ランバート侯爵令嬢は意気揚々と口を開いた。
「つまり、神聖神とは不貞を推奨する慎みに欠ける神であり、そんな神を奉る神聖教とは、道徳心の欠如した団体ということですのね?」
「―――――へ………?」
攻め込まれることなど考えたこともなかったであろう神子は、ぽかんと口を開くのみである。
「兄には婚約者がおり、婚約者とは円満な関係を築いておりますので解消することもないと散々申し上げておりますのに、『神が勧めているんだから神子と結婚せよ』の一点張り。つまりそれは、神が神子に強く不貞を勧めているってことでございましょう?」
「えっ…は?」
「あなた方の神は、人々をどこへ導くおつもりなのかしら?私には崇高なお考えをお持ちとは到底思えませんけど」
元々気の強いランバート侯爵令嬢が舌好調に思うがまま本音をぶっちゃけまくってしまったため、さすがに神聖教の教会関係者だか信者だかもブチ切れた。
「おい貴様!我が神を冒涜する気が!」
憤怒の表情を隠すことなくずんずんと迫りくる神聖教の男性を前に、ランバート侯爵令嬢もさすがに「しまった言い過ぎたかも」と内心慌てながら身構えたところ、激高する男性の行く手を塞ぐかのように人影が割って入った。
「ランバート侯爵令嬢、これ以上は貴女の身が危険です。あとは我々にお任せください」
「っ! ラキルスさ………ま………」
ランバート侯爵令嬢は、即座に声の主を察し、神子の目からラキルスの姿を隠さなければと慌てたが、顔を上げた瞬間に言葉を失くして動きを止めた。




