16. 脳筋にも色々ある
ランバート侯爵令嬢は、自分が公爵家と直接コンタクトを取ることによるラキルスの身バレを防ぐべく、ご友人を経由してザイの家に手紙を届けることで、情報連携をしてくれた。
ちょうどシンディが辺境から戻り、ザイの家の諜報担当者から西の隣国絡みの情報も集まってきたところだったので、それらの情報を引っ提げて、ザイとシンディが公爵家に(非正規ルートで)やって来た。
ちなみに、ディアナの兄・ジークヴェルトは、現在公爵家に宿泊しているので、呼ぶまでもなく同席している。
「まず、西の隣国の辺境伯家についてだけど、騎士のなり手不足による戦力ダウンが進んでるんだと」
「あ~…。確かに、辺境騎士になるためにわざわざ他領から来るヤツはあんまいねえよな~。うちだって長い付き合いの連中ばっかだし…」
ディアナん家は、戦線離脱する騎士がほぼいないため、鋭意募集しなくても騎士不足に陥ったりはしていないのだが、他国は負傷等により引退を余儀なくされる騎士が常にいるため、恒常的に補充する必要があるのだ。
だが、同じ騎士なら、泥臭い辺境騎士より華やかな近衛騎士になりたいと考える若者が多く、ほとんどの国の辺境伯家は騎士不足にあえいでいるのである。
「で、困った西の隣国の辺境伯家が国王に相談した結果、騎士の調達手段として宗教を絡めることを提案されたらしい」
「あ、神さま?」
「そうそう。自分達が奉っている神のためであれば、喜んで剣を掲げてくれるはずってことだな」
「まあそうですね…。信仰の力は凄まじいですからね…」
そう深刻そうに呟いたラキルスに、ジークヴェルトは「そういうもんかあ?」と、心底不思議そうに呟いているが、ザイはするっと流して話を進めた。
「信仰の力を賜るために、西の隣国の国教『神聖教』の神官長の家系である伯爵家に、国王の口利きで縁談を持ち込んだらしいんだけど、どうも花嫁候補に挙がった神子さんが乗り気じゃなかったらしくてさ。『神子が間違った縁談を結ぶとこの国に厄災が降りかかる、と神が告げている』とか言い置いて逃亡しちゃったんだとさ」
ちょっと責任を感じた辺境伯家は、行方をくらました神子の捜索に協力していたそうなのだが、その最中にジークヴェルトたちが魔獣の森に踏み入ったことにより逃げ出した魔獣が西の隣国の辺境伯領に雪崩れ込んだもんだから、圧倒的に人手が足りず、多数の魔獣を取り逃がす羽目になった。
…というのが、あのとき西の隣国の辺境伯家がまともに機能していなかった理由らしい。
手を尽くした結果、神子は無事に見つかったのだが、そのとき神子はこう言ったそうだ。
「ほら、間違った縁談を結ぼうとしたせいで、辺境伯領は魔獣に攻め込まれちゃったでしょ?だからこの縁談は結ぶべきじゃないのよ」と。
部外者目線で言わせて貰えば、よくもまあ都合良くこじつけたもんである。
「う~んそっかあ…。辺境伯家は残念だろうけど、神様がそう言ってるんだったらしょーがないよねえ…」
うんうんと頷くディアナに、全員の視線が集まった。
「え、なに?何か変なこと言った?」
キョトンとしているディアナに哀れみの視線を送りつつ、ジークヴェルトが言う。
「いやディアナ…。こんなのあからさまな逃げ口上じゃねーか。そのくらい俺でもわかるぞ?」
「え、どれが?どの部分のこと??」
『逃げ口上』の意味がわからないわけではないが、それがどこを指しているのかが真剣にわからないディアナは、困惑の色を隠せずにいる。
だからジークヴェルトは、兄らしく(?)どーんと言い放ってやった。
「神なんてもんはいねえ。つまり『神の言葉』なんざ、その神子とやらが勝手に捏造してるだけってことだ」
その言葉に衝撃を受けたディアナだが、瞬発的に切り返していた。
「お兄様、神様はいるよ!だってほら、ラキはこのとおり無事でしょ?」
「…いや、そりゃラキはいつでも死ねそうだが、今まで無事に生きて来てんだから、別にこれからだって普通に生きていけるだろうよ」
「ちがうよ!神様にお願いしたからだよ!」
真剣に言い切ったディアナの姿を前にして一瞬の静寂が訪れた公爵家に、ザイのしみじみとした呟きが染み渡る。
「そうかあ…。ラキルスが生きてんのは神様のおかげなのかあ…」
「…そういう認識のようですね…。面目ありません…」
ラキルスも、ディアナが神頼みしていた場面は記憶にあるものの本気で信じているとまでは思っていなかったので、どう反応したものか悩ましいところだった。
「つーかディアナは祈ったことがあるってことだろ?なんか良かったなラキルス。俺は祈って貰えないぞ?」
「えーと…ありがとうございます…?」
微妙な空気が漂う中だが、ジークヴェルトは物ともしない。ディアナはそこそこ空気を読むが、ジークヴェルトはちっとも読まないのだ。
「いいかディアナ。俺は目に見えるものしか信じない。神もお化けも、見えねーんだからこの世にはいねえ!」
どきっぱりと断言するジークヴェルトに、負けじとディアナも食い下がる。
「目に見えないものだって信じるに値するものはちゃんとあるよ?努力とか!根性とか!」
「努力も根性も見える!神は見えねえ!」
「ごめんお兄様、『見える』の定義がわかんない…」
たぶんジークヴェルトの中では、努力や根性は結果が現れるまでの過程が追えるから『見える』が、結果だけ示されるものは取ってつけただけとも受け取れるから『見えない』と見做しているものと思われるが、言語化して貰わないことにはディアナには伝わらない。
兄の思考回路も妹の心理状態もしっかり理解できているシンディは、生ぬるい眼差しをディアナに注ぐ。
「アホだわ~。我が妹はほんとアホ可愛いわ~」
「えっ…もしかして、お姉さまも神さま信じてないの!?」
ジークヴェルトが『力こそ正義』なのは分かり切っていることなので、筋肉が介在しない神を信じないのも分かる気がするが、シンディは脳筋の中では頭脳派なので、筋肉しか信じないってことはないと思っていたため、少し意外に感じた。
しかしシンディの場合は、筋肉がどうとかいう以前のお話だったのだが。
「わたしは、自分に都合のいいことは信じるけれども、都合の悪いことは信じないのよ。今回で言えば、ピンポイントにその神子とやらに都合のいいご神託を授ける神なんて、こっちにとっては都合の悪いこと言い出すに決まってるから、信じないわね」
「え、ええ…?」
ディアナは気が抜けたような声を発することしかできなかったが、即座に最後の望みが残されていることに気づいた。
「ラキ!ラキは信心深いから、神さま信じるよね?」
瞑想を趣味とし、神事や儀式といったものへのリスペクトを欠かさないラキルスなら、分かってくれる。(※重ね重ね、ラキルスの瞑想は趣味ではなくストレス解消法なのだが、ディアナは趣味だと思い込んだままでいる)
…と思ったのだが。
「う~ん…。私は、感謝を捧げたり敬意を払ったりという心の在り方を尊んでいるんであって、意に沿わないことに相対したときに、厄災だとか持ち出して責任転嫁しようとする姿勢には共感できないし、信じるに値するとも思えないかな」
「うわあそっかあ…」
シンディの言ったことはともかくとして、ラキルスの言うことはなるほどと思えたし、ディアナは「神さまはいない」と思う人を否定したいわけでもない。
みんなだって、「神様なんかいないんだから絶対に信じるな!」とディアナに言ってるわけではなく、「自分はこういう考えでもって信じていない」と自分の見解を強く主張しているだけのことであり、ディアナの考えを否定しにかかってるわけではない(※但し、自分の考えを譲るつもりもない)ので、これ以上の問答は要らないかなと素直に思えた。
まあディアナは、やっぱり神様はいるような気がするんだけれども。
神様談義が落ち着いたところで、シンディが話を元に戻し、説明が再開される。
「で、その神子、『東の方向に良縁があると神からの御言葉を賜った』とか言い出して、ウチの国にある神聖教の支部に居付いてるらしいのよ」
「名目は布教活動ってことになってるらしい」
ディアナたちの国は、特定の宗教に肩入れして他国との付き合い方が難しくなることを防ぐため、国教を定めていない。だが、宗教の自由は認められており、西の隣国の国教である『神聖教』の支部も置かれている。大した勢力ではないので、王都に一箇所あるのみではあるが。
だからこそ、「布教活動に精を出す」って名目は、まあ分からんでもない。
「あ!その良縁っていうのが、侯爵令嬢ちゃんのお兄さんってことね?婚約者がいるのに婚約を申し込まれて困ってるって話してたもんね?」
「いやいや。神子はラキルスに婚約を申し込んだつもりなんだよ」
「はうっ!?なんでえ!?」
無関係だと思っていたラキルスに急に話が転じ、ディアナは仰天するしかない。
あの時のランバート侯爵令嬢とラキルス達の会話は、正直あんまちゃんと聞いてなかったので、ディアナはイマイチ理解できていなかったし、当事者意識は更になかったのだ。
「ランバート侯爵令嬢から情報提供があってさ。やっぱランバート侯爵令嬢のお兄さんに婚約を申し込んで来てる西の隣国の神子さんって、あの日ラキルスをナンパしてきた子だったってさ。先日とうとう、ランバート侯爵邸まで押しかけて来たらしいぞ」
「ナンパ………」
「心配すんなディアナ。ラキルスは完全にスルーしてたから。現場に居合わせた俺が証言する」
「あ、うん……」
ラキルスの性格的に、ナンパされたくらいでフラフラするとは全く思っていないが、何と言うか、やっぱりラキルスは、泥臭いディアナとは異なる華やかな世界の住人なんだなって思い知らされたような気がしてしまう。
いや、だからって身を引いたりはしないんだけども!
「既婚者に神子をけしかける神って、どんな神なんだよ」
「邪神でしょ?」
「何でそんな神を奉ってんだろうな?」
「そりゃ邪教だからよ」
「なるほどな。やっぱ信じるべきは筋肉ってことだな」
「そうね。お兄様はあれこれ考えても碌なことにならないんだから、筋肉一択でいいと思うわ」
ジークヴェルトとシンディはいつもブレない。
常に自分を強く持っていて、揺らいだところなんて見せたことがない。
ディアナも、ああいう風に在りたいと思う。
「ディアナ、私はご神託に惑わされたりしないよ」
我の強いメンバーに囲まれて一歩引いたスタンスを取っていたラキルスが、静かに、でも強く、ディアナに告げた。
「―――――うん。ラキはそういう心配する必要ないって分かってる」
ディアナは、ラキルスのことは全面的に信用している。物理的な心配はあるけれど、心の方は、頼もしく感じるくらい信頼している。
ちょっと頼りなく感じるのは、ふとした拍子に凹んでしまうディアナの心の方なのだ。
そう口にしようとしたけれども、それを制するように、ラキルスが言葉を重ねた。
「私は、ディアナの強さを信じてるから」
だから 惑わされないで。
言葉にはしなかったけど、そう聞こえた気がした。
「―――――」
ラキルスは、ズルいと思う。
単純なディアナは、そんな言葉ひとつで、すぐに嬉しくなったり、頑張れたり、簡単にラキルスの掌の上で踊らされてしまうのだから、ほんとラキルスはズルい。
でも、ほんの一言二言でディアナに前を向かせるその手腕は、お見事と言わざるを得ない。
「―――――うん大丈夫!わたし強いからね!」
「うん。さすが私の自慢の妻だね」
『もう凹まない』とか無謀くさいことは、ディアナは言わない。
でも、例え凹んだって、決してへこたれずに立ち上がり続けてみせる。
これからも、ラキルスの隣に立つのは自分でありたいと思うから。
誰が相手だろうと、この場所は絶対に手放してあげないのだ。




