15. 突撃&撃退
その日、ランバート侯爵家に訪問者があった。
何の約束も先触れもなく、である。
ランバート侯爵令嬢は自室で読書をしていたのだが、何となく嫌な予感がしたので様子を見に行き、執事の話などを小耳にはさんだ結果、侯爵令嬢のお兄さんに求婚している例の『西の隣国の伯爵令嬢』が突撃して来ていることを察した。
ランバート侯爵令嬢のお兄さんは引き続き領地に籠っており、王都にはいない。だから正直にその旨を伝えてお引き取り願おうとしたのだが、「そんなはずはない。絶対に王都にいるはずだ」と言い張って退かないのだと言う。
(聞けば聞くほど、先日のあの非常識なご令嬢としか思えないわね…)
もしこの伯爵令嬢が、あの日王都のスイーツショップ前で出くわした非常識女だったとして、ラキルスのことを『ランバート侯爵令嬢の兄』だと思い込んでいるのであれば、「先日王都で会っているのだから、王都のこのお屋敷にいないわけがない」と思っていても何ら不思議ではない。
実際、ラキルスは王都にいる。ここにではなく『公爵邸に』ではあるが。
そしてランバート侯爵令嬢は決意した。
この訪問者は、絶対にあのときの非常識な女だと思うが、いつまでも「思う」に留めておくだけじゃ埒が明かない。ここはさくっと身元を特定しておくべきだろう、と。
「わたくしがお相手いたしますわ。門は閉めたまま、敷地内には足を踏み入れさせないようにしておいて。わたくしは門の内側からお話しだけいたします」
相手は無作法を働いてきているのだ。こちらだけが礼を尽くしてあげる必要などない。ランバート侯爵令嬢はゆ~っくりと身支度を整えた。
ランバート侯爵令嬢はあの現場に居合わせてはいたが、例の彼女はラキルスのことしか見ていなかったはずなので、ランバート侯爵令嬢の顔の造作など気にも留めていない可能性が高い。あの日と同じ服装で出向いた方が、彼女としても分かりやすいだろうと判断したのである。
「ですから何度も言ってるじゃないですか!我が神聖教の神聖神さまの御意志なんです!神の御言葉は絶対なんです!」
ランバート侯爵邸の門前には、ぎゃあぎゃあ喚きたてる女と、その護衛やら侍女やらと思しき御一団が群がっている。
はっきり言って、すんげえ迷惑である。
「………どちら様でらっしゃいますの?」
ランバート侯爵令嬢は、冷ややかな視線を隠すことなく問いかけた。
往来で喚きまくっていた女は、ランバート侯爵令嬢の声に反応して視線を向けた途端に顔を輝かせた。
「あ!その服、あの日見た気がする!やっぱりこの家で間違いなかったじゃないの!」
薄々どころかヒシヒシと感じていたことではあるが、案の定、そこには例の非常識なご令嬢がいた。
正直言えば、ランバート侯爵令嬢も彼女のカオを明確には記憶しちゃあいなかったのだが、このきゃぴきゃぴ感の色濃い声にははっきりと覚えがあった。
それに、相も変わらず名乗りもしない。こういう輩に振りまく愛想も社交辞令も、ランバート侯爵令嬢は持ち合わせていない。
「我が侯爵家は、お約束のない方はお通ししておりません。お引き取り頂けませんこと?」
ランバート侯爵令嬢は、『西の隣国の伯爵令嬢』の正体が、あの時の非常識女かどうかを確認したかっただけであり、目的が達成された瞬間に用はなくなったので、ちゃっちゃと撤収を目論んだ。
「待って!あの方に会わせて!ここにいるんでしょう!?」
非常識女は縋り付くかのように声を震わせているが、その『健気なワタシ』演出、ランバート侯爵令嬢的にはイラッとくるだけなんである。「女は女に手厳しいってことを思い知れ!」としか思わない。
「あの方と仰いましても…わたくしにはどなたのことやらさっぱり………」
ランバート侯爵令嬢はしれっとすっとぼける。
「あなたのお兄様です!いるんでしょう!?わたし、婚約を申し込んでいるんです!」
確かに婚約は申し込んでいるのだろうが、だからと言って、何故それを理由にすんなり通して貰える思うのだろう。すっぱり断られているという事実を失念しているのだろうか。
ランバート侯爵令息には既に婚約者がいる。横槍入れてくる格下の相手を尊重なんかしていたら、正式な婚約者の立場がなくなってしまう。本当に尊重すべき女性に顔向けできないような真似、ランバート侯爵家がするワケがないではないか。
でも、ランバート侯爵令嬢は余計なことは言わないでおくことにした。この神子とやらと長々会話するつもりなどないのだ。
「兄は領地に居所を置いておりますので、ここにはおりませんし、王都を訪れる予定も当面ございません」
すぱーんと切って捨てたランバート侯爵令嬢に、神子は食らいついてくる。
「そんなはずないわ!この前、王都で会ったもの!何で隠すの!?」
「あらそうでしたの…?所用あって王都に立ち寄ったのかもしれませんが、ここへ留まってはおりません。兄への面会をお求めでしたら領地の方へどうぞ。領地のランバート侯爵邸も、お約束のない方はお通ししておりませんので、必ずお約束を取り付けてからお来しくださいまし」
あくまで『ランバート侯爵令嬢の実兄』について語っているので、嘘は一つも吐いていない。ランバート侯爵令嬢にしてみたら、心苦しさも後ろめたさもなく、淡々と冷静に事実を述べるのみである。
「困るわ!わたし、この王都で神子として布教活動を行わなくちゃいけないし、王都を離れられないのよ!」
「では、兄とはご縁がなかったということで、お引き取りくださいませ。わたくしはこれで失礼いたしますわ」
ランバート侯爵令嬢は容赦なく踵を返した。
泣き縋られようが兄はここにはいない。いないもんはいない。彼女が王都を離れられないのも彼女の事情であって、ランバート侯爵家がその事情を汲んであげる理由は何処にもない。そう、一言で言うなら、知ったこっちゃないんである!
「待って!待って―――――!!彼に会わせて―――――!!」
背後では、まだぎゃあぎゃあ喚きたてているが、ランバート侯爵令嬢は一切振り返ることなくお屋敷の扉を閉めると、執事に「いつまでも騒ぎ立てるようなら騎士団に通報していいわ」と指示を出しておいた。
この神子がラキルスに固執していることは、もう疑いようがない。
今はまだ、ラキルスとランバート侯爵令嬢の兄が別人であることには気づいていないし、ランバート侯爵領に押しかけられるほど自由な行動が許されているわけでもないようだから、しばらくは誤魔化しもきくだろうが、それも時間の問題のように思われた。
ランバート侯爵令嬢が公爵家とコンタクトを取ることで、ラキルスが身バレしてしまう可能性が高まるのも避けたいところではあるが、小さな情報にもヒントが隠されていることがあるので、少しでも早く伝えておきたい。
「すぐにディアナたちに知らせなきゃ…!」
自室に戻ったランバート侯爵令嬢は、すぐさまペンを手に取った。




