13. 伝説の脳筋、王都に立つ②
ジークヴェルトらは、魔獣の森の中を西側に少し進んだあたりで無事に魔獣を討伐したそうなのだが、その際、魔獣が最後の力を振り絞って決死の抵抗を見せたため、巻き込まれることを恐れた小型の魔獣が森の外に多数逃げ出していたらしい。
ディアナん家の方向に飛び出してくれりゃあまだ良かったのだが、ジークヴェルトらが西に向かって進攻して行ったってことは、当然魔獣たちも西に逃げて行くしかないわけで、飛び出した先も西の隣国だったってワケだ。
「え…。お兄様、それ国際問題ってやつになるんじゃ…?」
ディアナはビビったが、ジークヴェルトは気にすんなと笑った。
『魔獣の森に逃げ帰った魔獣までも責任をもって討伐せよ』と取り決めると、全ての国の辺境伯家が、魔獣の森の中まで踏み入って対処しなければならないってことになってしまう。
ディアナん家はやれるが、他国の辺境伯家にしてみたら「死にに行け」と言われているに等しく、ほとんどの国が『辺境伯家』を維持していくことが困難になる。
よって、一度魔獣の森に逃げ帰った魔獣は、その時点で責任の所在がリセットされることになっているんだそうだ。
だから今回の場合も、例え引き金を引いたのはディアナん家だったとしても、西の隣国に飛び出していった魔獣の対処は西の隣国が行うってことでオッケーとのことである。
そしてジークヴェルト曰く、どうやらこのとき、西の隣国の辺境伯家はまともに機能していなかったようなのだ。
中型の魔獣は辛うじて仕留めたものの、小型の魔獣までは手が回らず、複数体の魔獣に国の奥まで入り込まれてしまったらしい。
その中の一体が、シンディが捕獲した『キツネ型の魔獣』なのだと思われた。
現状、「たまたまこの日だけ不覚を取った」で片づけていいものなのかは、判断がつかないそうだ。
となると、今後も辺境伯領に接してない国境から、この国に魔獣が侵入してくる懸念が拭いきれないということになる。
王立騎士団に魔獣の対処ができるとは思えないし、各領地の自警団なんか論外である。近いうちに辺境伯家に泣きついてくるんだろうことは想像に難くない。
だが、この国における対魔獣の最前線は、あくまでも魔獣の森に接している辺境伯領であって、本当に出現するかもわからない隣国に接した全ての領地に、辺境伯家の貴重な戦力を割くわけにもいかない。特に主力は辺境の防衛に注力させたい。捻出できたとしても、せいぜい数人が関の山だろう。
更に、ディアナん家の辺境騎士たちは辺境から出たことがないため、『初めての土地でも本来のパフォーマンスが発揮できるかは非常に怪しい』という、地味にイタイ問題があった。
王都のような人も障害物も多い場所では思うように動けない上に、土地勘がないので路地裏などに迷い込んだら最後、現在地が分からず抜け出すことも儘ならず、戦うどころではなくなってしまう可能性が猛烈に高い。
慣れない土地でも状況を読みながら臨機応変に戦うことができる人材なんて、百戦錬磨の辺境伯家にだって、そう何人もいないのだ。
どうしたもんかと思っていたところに、案の定国から応援要請が来ちゃったので、辺境伯は、嫡男・ジークヴェルトを派遣することだけ采配し、「あとは好きなようにやってみろ」とジークヴェルトに丸投げたらしい。ジークヴェルトに丸投げるなんて、「脳筋を見せつけて来い」と言っているも同然である。
…これは恐らく、国の応援要請の何処かにカチンと来る何かが差し挟まれていたに違いない。
「どんな状況下でも何とかしてのける能力は、ウチでは親父とディアナが群を抜いてるわけだが、親父は来るつもりねえし、そもそも『万が一の備え』のために親父が辺境伯領を離れるワケにはいかないから、ここはディアナに協力して貰いたくて相談しに来たんだよ」
長男・ジークヴェルトは見た目の通りパワーでゴリ押すタイプのため、小器用な戦い方には向いていない。「本能のままに突き進むのみ!」なので、戦略的思考も持ち合わせてはいない。(※野生の勘がめっちゃ仕事するので、それでも何とかなっている)
その点ディアナは、本業は射手だが接近戦も王都の騎士なんか目じゃないくらいには熟せるオールラウンダーであり、戦いが絡めば状況判断も適切にできるので、臨機応変に戦うことに長けている。
しかも、嫁いだ時点で辺境の防衛ラインからは離脱しているので、辺境伯家の現体制に何ら影響を与えない。正にうってつけの人材なのだ。
ちなみに、長女・シンディは射手ではない。小柄な体格と身軽さを活かしたスピード重視の接近戦を得意としており、ナイフ両手に戦場を駆け抜けていたものである。
「でも、ディアナは公爵家の嫁なわけで、変に目立つと面倒なことになるかもしれないから、矢面には俺が立つ。俺は顔も名前も好ましくない方向に売れてるらしいし、他人からの評価が底辺だろうが別にどうでもいいから、まあ任せとけ」
ある意味頼もしい兄のセリフに、ディアナは素直に笑った。
王都の危機は見逃せないし、兄への協力を惜しむつもりもないのだが、公爵家の名に傷をつけるのはいただけないので、安易に頷くことはできなかった。
ディアナは、ラキルスが苦い思いをするのだけは絶対に嫌なのだ。
だが、ディアナの考えそうなことなどお見通しのラキルスは、小さく微笑んだ。
「『しばらく公爵家には帰れなくなる』などと言われると困りますが、必要な時に力を貸す分には構いませんよ。但し、その時は私も同行させてください。私は戦闘力としては全く役に立ちませんが、口利きなどは出来ます」
「おお有難う!助かる!」
快く応じるラキルスと、パッと顔を明るくするジークヴェルトに対して、ディアナは少し不安げだ。
「ラキ、いいの…?」
「うん大丈夫だよ。公爵家のことは私がどうとでもするから、ディアナは何の遠慮もしないで好きに暴れておいで」
いつかも聞いた、ディアナを尊重しようとしてくれる言葉。
いつも通り、そのままのディアナを丸ごと包み込もうとしてくれる微笑み。
ディアナはもう、どんだけ国民の皆様から「おまえなんかラキルス様に相応しくない!!」とか扱き下ろされようとも身を引いてあげるつもりなんかないけれども、こんなにも出来た人が旦那さまだなんて、やっぱりディアナの日頃の貢献に対する神様からのご褒美に違いないから、とどのつまり神様はいると思うのだ。
そんな風に、信仰心とはちょっと違う何かに胸を熱くしているディアナを横目に、ラキルスは、
「これで何も起こらないわけがないよなぁ…」
と、学習能力の高さを無駄に発揮して、速やかに腹を括っていた。




