11. 神の御言葉②
前後の脈絡がないとしか感じられない、突如降って湧いた場違いとも思えるワードに、公爵家サイドはぽかんとなる。
「――――――――はい………?」
「かみさま」
「うわやべえ。思ってたよりやべえの来た」
ランバート侯爵家に婚約を持ち込んできた『西の隣国の伯爵家』とやらは、西の隣国が信仰している国教『神聖教』の神官長を務める家系だとかで、婚約をゴリ押して来ているご令嬢は『神子』にあたる存在らしい。
神子ったって、この世界には魔法の類は存在しないので、癒しの力があるとか、浄化的な力で魔獣を鎮静化させられるとか、そういった神秘的な力があるわけではない。
じゃあ何をもって神子なのかというと、ご本人曰く「神子は、神からの御言葉を賜ることができる存在」なんだそうだ。
そしてその神子さんが、先日、神からの御言葉を賜ったのだと言う。「ランバート侯爵家のご子息と神子の婚姻により、西の隣国は安寧に導かれるだろう」とか何とか、要約するとそんなカンジのことを。
「神様から!?」
ディアナはちょっと興奮ぎみに食いついた。
ディアナは目に見えないものも信じているので、神様だってきっといるに違いないと、かねてからかなり本気で思っていた。
それに、困ったときは『神頼み』したい。いてくれないと頼る先がなくなっちゃうような気がするから、是非ともいて欲しいと思っている。
そして何よりも、神様は、日々魔獣を倒しまくって国に貢献してきたディアナへのご褒美として、優しくていいヤツな旦那様とめぐり合わせてくれた。ラキルスの死亡フラグを感じ取って延命を願ったときだって、ちゃんと願いを叶えてくれた。真剣に願えば、ご覧の通り叶えてくれているではないか。
(いる…。神様は存在する………!)
一人盛り上がっているディアナを置き去りにして、ランバート侯爵令嬢は自身の思いをぶっちゃける。
「我がランバート侯爵家は超現実主義でして、信仰心なぞ欠片もございません。『神子』とか、何となく尊そうなニュアンスに靡くこともございません。そんな我が家に対して、自分たちの信仰を当然のようにゴリ押してくること自体が不愉快ですし、どこか薄気味悪さも覚えます」
ランバート侯爵令嬢は不快感を抑えこむかのように呼吸を整えつつ、核心に触れた。
「そこでわたくし思い出したのです。先日のあの女性を」
ランバート侯爵令嬢は、ゆっくりと皆の顔を見回し、重々しく口を開いた。
「この神子サマとやら、先日街で遭遇したあのご令嬢なのではありませんか?そして彼女、ラキルス様のことをわたくしの兄だと信じ込んで、婚約を申し込んで来たのではないでしょうか?」
「―――――あ~………」
あの時ザイは、まずランバート侯爵令嬢に声をかけ、ラキルスには気づいていないかのようなそぶりを見せていた。
そしてお兄さんの話題になり、ランバート侯爵令嬢がラキルスに視線を送ったのを受けてから、やっとラキルスに声をかけた。
ランバート侯爵令嬢のお兄さん イコール ラキルスだと勘違いしかねない言動を敢えて取ることで、認識の攪乱を目論んだのだ。
『妹がいる侯爵家のご子息』で探した場合、ヒットするのはランバート侯爵令嬢のお兄さんであって、ラキルスがヒットすることはない。侯爵家ではなく公爵家の可能性に思い至っていたとしても、『妹』に囚われている限りは、ラキルス本人に到達することはない。
ランバート侯爵令息は現在領地に籠っているので、実物を目視で確認することは直ぐには難しいし、他の手段でカオを確認したいと思うと絵姿くらいしかない。
絵姿ってもんは実物そっくりに描かれることはほぼなく、おおよそ美化されているものであり、本人の目から見ても「誰だこれ…?」と思いたくなるくらい盛りに盛られていることすら普通にある。絵姿だけをもってラキルスかどうかを判断するのは正直難しいと言わざるを得ない。
加えて、ラキルスの髪色・プラチナブロンドは、絵姿ではグレーっぽく表現されることが多いのだが、何の奇跡かランバート侯爵令嬢のお兄さんの髪色はグレーなのだ。
結果、「彼の人はランバート侯爵令息ってことで間違いないだろう」と判断され、縁談が持ち込まれた可能性が、極めて高いように思われるのだ。
更に侯爵令嬢が言うには、この縁談、西の隣国の伯爵家から当主名義で届いているのではなく、我が国にある『神聖教』の支部から届いているんだそうだ。婚約の申し込みが当主からではなく教会からだなんて、我が国の感覚では有り得ない。
『神聖教』は西の隣国の国教なので胡散臭いカルト教団ってことはないはずだが、それにしたって好んで関わりたい相手とは言えないだろう。
「俺が判断を搔き乱そうとしてたのは事実だから、殊更、思惑どおりに嵌まってくれたように思えてならない…」
「ですよね?あのご令嬢の常識が怪しいカンジといい、ラキルス様しか見えてなさそうだった様子といい、もうそうとしか思えないんです」
盛り上がるザイとランバート侯爵令嬢をよそに、ラキルスは冷静さを保っている。
「ですが、きちんと確証を得ていない相手に婚約を申し込むとは思えませんし、婚約の件とあのご令嬢は関係ないのでは…?」
「いえ、そうとは言えないと思います。あのご令嬢、ラキルス様のことをご存じではない様子でしたでしょう?この国にはそんな女性はいませんもの」
「まあ確かに、ラキルスのカオ知らないなんてモグリもいいとこだよな」
「ホントですわ」
ディアナが神様に気を取られている間にも、さくさく話は進んでいる。しまった。ひとり置いて行かれている。
気づけばモグリの話題になっているが、ディアナは、王命を受けて対面したことで初めてラキルスのカオを知ったので、めっちゃモグリってことになると思うのだが…。話の腰を折るだけだし、そこは敢えてそっとしておいていいだろうか。
「取り合えず、ランバート侯爵家はこんな話に乗ってあげる必要はないので、先方には『対応を協議したいので、少々お時間いただきたい』とかテキトーにお茶を濁して、のらりくらり躱しておけばいいと思いますよ。で、その間にお父上から国に報告を上げてもらいたいんです。『西の隣国からこんな話が来ていて、突っぱねるつもりでいるが、他国が絡むのでお耳に入れておきたく』みたいなカンジで十分ですんで」
「承知しましたわ」
もちろんザイは、王家と直に繋がっているその立場を活かして裏から国に手を回すつもりでいるが、ディアナとランバート侯爵令嬢の手前、口には出さない。
ラキルスにはちらりとアイコンタクトで伝えて来たので、ラキルスは小さく頷いて、理解している旨を示す。
ディアナは状況はまるで分かっていないが、ラキルスとザイがアイコンタクトを取っていることは察知していたので、とりあえず真似してキリッとしたカオで頷いてみる。
「…ふっ……」
ディアナの反応をしっかり目撃していたラキルスは、たまらず吹き出した。
ディアナのこういう一見意味ありげにも見えるリアクションも、実際は完全に何となくでやっているに違いないことを、ラキルスは経験上既に心得ている。
誰にアピールするわけでもなく、実に何気な~くそういうことをしてる姿が、ラキルスにはどうにも可笑しくて堪らない。
「ディアナー?まさか理解できちゃったのかー?」
「話がまとまったのは分かりましたー!」
「よぅし。それでいいぞー。あとは旦那とにーちゃんに任せとけー」
「らじゃー」
やっぱりディアナは本当の意味で状況を理解しているわけではないし、こうしてちゃんと確認してみれば、分かってるカオがしたかったってわけでもないことが分かる。
ラキルスが思うに、ディアナのその行動原理は「そういう雰囲気だったから、ちょっと乗ってみた」程度のものに過ぎないのだろう。常に自らの気配を操ろうとする習性が、より空気のような存在であろうと、無意識のうちに場に溶け込むべく作用しているようにも感じる。
が、その必要があるのか微妙としか言えないタイミングで発揮してくるあたり、ラキルスにはどうにも面白く、そして微笑ましく思えて仕方がなかったりする。
「で、ラキルスはいつまで笑ってるんだ?」
「いえ…はい。すみません」
笑いを噛み殺そうとするかのように口を引き結ぶものの、纏う空気がすっかり和んでいるラキルスを、ザイとランバート侯爵令嬢は大層生ぬるい目でそっと眺めていた。
西の隣国の神子サマとやらの本命が、もし、こちらの読み通り本当にラキルスだったとして、「この二人の間に横入りしようなんて、神に仕える身分のクセに随分と罰当たりなことするな…」なんてことを、揃って考えながら。
第三章は、
「ディアナは神様を信じてるけど、パパやお兄ちゃんは絶対信じてないよね」
ってところから考え始めました。
…あの、作者は決して宗教に物申すつもりはございません。
この作品は完全なるフィクションですので、どうぞご批判等はご容赦ください。




