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【コミカライズ】愛するつもりなぞないんでしょうから  作者: 真朱
第3章

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07. 君の名は①


 その日ラキルスは、現在領地に滞在中の両親からの頼まれごとをこなすべく、街へと来ていた。

 ディアナも連れて来るつもりでいたのだが、ディアナはディアナで何やらやることがあるらしいので、取り急ぎさくっと託された用件だけ片づけることにした。


 国民に広く顔の知られた身であることもあり、ラキルスは一人でプラプラ街へ出たりすることはなく、必ず侍従なりを伴って出かけるようにしている。

 昔から、見ず知らずの女性からいきなり声をかけられたり、名前は知っているが然程親しくないはずの女性から、やたら親密に触れようとしてこられたりといったことも多く、不要なトラブルを回避するためにも、自意識過剰なような気もするが一人では行動しないようにしている。

 このへんは、『姫の婚約者だった』という経験によるところが大きいかもしれない。何かあってからでは遅いのだ。悉く未然に防いで来たからこそ『清廉潔白』なる評価を得るに至ったと言える。


 ディアナからは「弱っちいから一人じゃ不安なんだろうな」と思われてそうだが、このへんはもう気にしても仕方がないので、そういう解釈でいいことにしている。


 さっくり所用を片付け、ディアナへのお土産にお菓子でも買って帰ろうかとスイーツ店に立ち寄ったラキルスは、ばったりと、友人の妹君でありディアナの友人でもあるランバート侯爵令嬢に会った。

 お店の前には馬車を停めておけないため、馬車はお店から少々離れた広い場所に停めるのが暗黙の了解となっており、ランバート侯爵令嬢も同じ場所に馬車を停めているとのことだったので、軽く会話を交わしながら向かうことになる。尚、もちろんランバート侯爵令嬢は侍女や護衛を伴っている。


 「ラキルス様、先日ディアナから隣国のお土産を頂きました。わざわざわたくしにまで有難うございました」

 「こちらこそ。いつもディアナと仲良くしてくださり、ありがとうございます」


 最近ディアナは、ランバート侯爵令嬢と会うのを楽しみにしている様子が窺える。

 知り合いのいなかった王都で、ディアナが同年代の女の子との交流が持てるようになったことを、ラキルスはとても嬉しく思っており、ランバート侯爵令嬢には感謝していた。


 「あの、いただいたお土産ですけど…、あれは魔除けか何かなんでしょうか…?」

 「―――――はい?」


 ランバート侯爵令嬢は、少し困ったような表情を浮かべている。

 ラキルスは、「困るようなものがあっただろうか」と購入したお土産を目まぐるしく思い返したが、自分たち用以外のものといえば、隣国らしい柄の刺繍が施されたハンカチや、日持ちするお菓子くらいしか思い浮かばない。


 「いえあの、わたくし初めて見たものでしたので、ディアナにも『これはどういったものなのか』と訊いてみたんですが、ディアナ自身よくわかっていないようで…。装着する勇気はないので飾るべきなのでしょうが、それはそれで場所に悩むと申しましょうか…」

 「え」


 「装着するには勇気が必要」とのコメントを受けて、ラキルスの脳裏を過って行くものがあった。


 「ひょっとして、茶色とも緑ともつかない、なんとも言い難い微妙な色彩のお面のことでしょうか…?」

 「そうです!それです!」


 (……あれ、自分用じゃなかったのか………)


 隣国からの帰国の道中、休憩のために立ち寄った小さな街の露天に雑然と並べられた品物の中に、少数民族の儀式か何かで使われていそうなナゾのお面があったのだ。

 龍のような猿のような…ぎょろりとした目から涙を流しているかのような模様が口に向けてと伸びており、大きい歯を剥きだしにした、木彫りと思しきお面である。

 淀んだ色をベースにしていることもあり、何となくおどろおどろしさを覚えさせるというか、女性が好みそうな要素は見当たらないようにラキルスは感じたのだが、何故かディアナは大興奮で食いついていた。その異質さが、琴線のどこかに触れたらしい。


 「儀式用のお面だとばかり思ってましたが、確かに魔除けの線も考えられますね。扱いに困るでしょうし、回収させていただけないでしょうか?」

 「あっいえ!決してそんなつもりで言ったわけでは…!」


 ランバート侯爵令嬢的には、ディアナは厚意で選んでいるに違いないこのお土産に対して難癖つけているかのようにラキルスから思われてしまうことは、何としても回避したかった。

 こちらが寛容な姿勢を見せることで、少しでもラキルスの中のランバート侯爵令嬢の印象が良くなるのであれば、要らない不気味なお面の一つや二つ、自室のベストポジションに堂々飾ってみせるのがランバート侯爵令嬢という人である。

 ラキルスへの恋心を募らせて暴走することはもうないが、憧れまでも消し去るつもりは毛頭ない。憧れの人から少しでもよく思ってもらえるのであれば、多少の無理も喜んでする。これもまた乙女心ってもんらしい。


 「いえいえ、遠慮なく仰っていただいて大丈夫ですよ。私が受け取る立場だったとしたら、正直なところ困惑するしかないと思いますので」


 穏やかながら社交辞令感のないラキルスの様子から、建前ではなく本音で言ってくれているであろうことを察したランバート侯爵令嬢は、せっかくの申し出を無下にするのも心苦しい上に、まあぶっちゃければそのお面は全く欲しかぁないので、有難く受け止めることにする。

 

 「ではお言葉に甘えさせていただいてもよろしいでしょうか…?」

 「ええもちろん。すぐに従者を遣わしますので預けていただければ。かわりに隣国のお菓子を持たせますので」


 快く了承したラキルスは、ディアナの顔を思い浮かべたのか、ふっと力を抜いたように息を零した。


 「まさかアレを貴女にお渡しするとは…。完全に読み誤りました。配慮が及ばず申し訳ありません」


 苦笑するラキルスの、それでもどこか楽し気な様子に、ランバート侯爵令嬢も頬を緩ませる。


 「ラキルス様でも読み切れないことがあるんですね」

 「もちろんですよ。ディアナは、単純なようでいて時々突拍子もない言動をするので…。貴女にもご迷惑をおかけしているかもしれませんが、これからもディアナと仲良くしていただけたら嬉しく思います」

 「こちらこそ是非!」


 ディアナのことを話すラキルスは、溢れ出るままの自然な笑顔を見せる。

 ―――――今までは、誰に対してもアルカイックスマイルだったのだと思い知らされずにはいられないほどに、その笑顔は魅力的な輝きに溢れている。

 そんな表情を見せつけられてしまえば、ラキルスの気持ちを察せずにいる方が難しい。

 だからランバート侯爵令嬢も、心底ディアナを羨ましく思うものの、恋心はすっぱり諦めることが出来たのだ。


 「あの…っ」


 その時、若干上擦ったような弾んだ声が耳に届き、ラキルスとランバート侯爵令嬢が声の方に顔を向けると、ランバート侯爵令嬢と同じくらいの年頃と思しき見ず知らずの女性が、高揚したような表情で立っていた。

 あまり派手さのない服装をしているものの、ちらっと見ただけでも生地の品質の良さが見て取れるし、護衛らしき男性も後方に控えていることから、お忍び散策中の貴族のご令嬢なのだろうと思われた。

 

 「なにか?」

 公爵家の侍従が声をかけるが、そのご令嬢は侍従には一切見向きもせず、キラキラした目でラキルスの方を見つめ続けている。


 そしてランバート侯爵令嬢は即座に悟った。

 (ラキルス様ったら罪なお人…。またどっかのご令嬢のお心を盗んでしまわれたのね………)


 アルカイックスマイルですらあんなに女性の注目を集めていたと言うのに、結婚後のラキルスは、破壊力抜群の、慈愛溢れる温かい微笑みを駄々洩らすようになってしまったのだ。それを目の当たりにしてしまった女性の気持ちは、ランバート侯爵令嬢には、そりゃもう痛いほど分かってしまう。


 「あのっ…プラチナブロンドの髪を持つ貴方さま、お名前はっ!?」

 「―――――」

 

 ご令嬢は意気揚々と問いかけて来るが、ラキルスはにっこりと完全なる愛想笑いを浮かべて佇むのみで、応えようとはしない。

 もちろん、ラキルスをご指名だと言うことは理解している。この場には『プラチナブロンド』と解釈できそうな髪色の人間は、ラキルスしかいないのだから。

 でも、如何に穏やかで優しい性格をしていようとも、ラキルスは嫡子教育をがっつり叩き込まれている高位貴族なのだ。安易に迂闊な行動を取ったりはしない。

 

 一見したところでは、このご令嬢がどこの家門のご令嬢なのかラキルスには思い当たらなかった。あまり高位ではない家の傍系か、他国の貴族の可能性が高い。無礼にあたらないようには対応するつもりだが、万が一にも高位貴族なのであれば、正直なところマナーがなってないと言わざるを得ない。


 (ちょっと厄介な相手かもしれないな…)


 ラキルスの侍従からの問いかけは完全にスルーしておきながら、自ら名乗ることもなく、自分の思いのままに自由に振る舞う。こういったご令嬢は、他人の話を聞かない上に、何でも自分に都合よく解釈する傾向が強い。対応に苦慮する可能性が猛烈に高い。


 (これは、ランバート侯爵令嬢は早々に逃がしておくべきだろうか…)


 ラキルスが思案していたところに、突如、明るく能天気な声が響き渡った。



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