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【コミカライズ】愛するつもりなぞないんでしょうから  作者: 真朱
第3章

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04. 姉と義兄


 「お願いラキ。別棟方面一帯を立ち入り禁止にして、使用人さん全員、本邸内に留まっているように至急手配して貰えない?でもお義父さまの執務室には絶対に誰も近づかないようにも伝えて。そんでラキは最速でここに戻ってきて。緊急事態なの!」

 「え、うん…?」


 一気に捲し立てたディアナに瞠目しながらも、何やら不穏なものを感じ取ったラキルスは、手際よく手配に動き、速やかに戻ってきた。

 義父の執務室付近は確かに人払いがされていて、ディアナとラキルス、そして隠し部屋内の侵入者以外の気配はない。


 「指示は出して来たけど…どうしたんだ?父上の執務室と別棟に何かあるのか?」

 「うん。ラキはこの本邸に隠し部屋があるの知ってる?」

 「―――――隠し部屋………?」


 その反応を見れば、知らないってことは一目瞭然である。

 今やすっかりラキルスは、ディアナの前で表情を隠さなくなっている。気遣いで笑ってみせることはあるが、それはそれでディアナにも読み取れるようになっているので、つまりはもう表情で大抵のことは分かるのだ。


 「お義父さまの執務室の中にあるんだけど、その内部に、いま誰か人がいるの」

 「え、は!?」


 ラキルスは、初めてもたらされた情報に加えて、謎の侵入者の存在まで明かされて、動揺した様子を見せる。

 でも、事は急を要する。ラキルスが冷静に状況を整理できるまで待ってあげることはできない。


 「でも別棟方面もちょっと厄介そうで、わたしはそっちに行くべきだと思うから、とりあえず隠し部屋の方はラキに託したいんだけど、いい?」

 「いや待ってくれ。私ですら知らない隠し部屋の中に潜んでる人物なんて、普通の人間のわけがないよな?身に覚えはないけど、暗殺者の類なんじゃないか?とても私一人で対処できる気がしないんだが…」


 さすがラキルス。切り替えも状況判断も超絶早い。


 隠し部屋に潜んでいる人間は素人ではなさそうだが、間違いなくディアナの方が実力に勝っている。力量のわからない相手を押し付けてラキルスに何かあったら堪らないし、とりあえず身柄を拘束して、ラキルスには監視だけしといてもらうのが得策かもしれない。


 「とりあえず引っ張り出してみるね!」

 「え、ディアナ!?」


 ディアナは義父の執務室に入り込むと、執務机の最下段の引き出しを引いた。中段と下段の間にある棚板に、下から埋め込まれる形で隠されている開閉ボタンを、引き出しの中に手を突っ込んで、内側から上面に手を当てるようにして押す。

 このボタンの位置は、以前ヒマを持て余したときに義父の執務室に勝手に潜入して暴き出しておいた。

 ちなみに執務室の鍵は、家人がいれば日中は基本的には開いているが、閉まっていたとしてもディアナにはあまり意味をなさない。そのココロは、ディアナは尋常じゃなく手先が器用なのでアナログな鍵穴くらい………まあ要するにそういうことなので、皆までは言わないでおく。


 隠し部屋の扉は音もたてずにゆっくりと開く。どこに境目があったのかもよくわからないほど綺麗にフラットだった壁の一部が数センチ奥に引っ込むと、横にスライドして行く。

 すると、手足を後ろで縛られ猿轡をかまされた、ラキルスとだいたい同年代くらいと思しき男性が、中からゴロンと転がり出て来たのだ。


 ごくありふれた茶色の髪に茶色の瞳。体は特に大きくはないが小さくもなく、ヒョロくはないがマッチョでもなく、標準的な体形をしている。カオも取り立てて目に余る何かがあるわけではないが、ぱっと目を引くパーツがあるわけでもない。イケメンと呼べるかは微妙かもしれないが、決してブサメンてこともない。

 見た目の印象で言うならば普通。恐ろしいまでに普通。あまりにも普通すぎて、ある意味印象に残りにくい。


 「―――――あ…!」


 ディアナはこの青年を知っていた。

 なるほど、気配に覚えがあるように感じたのは正しかったのだ。すぐにはその正体に思い至らなかったのは、会う機会が非常に乏しいからだ。

 そしてディアナは、この青年の力量を読み切った。


 「ラキ、ここは任せるね。わたしは別棟の方に行ってくる!」

 「え、このままにしといていいのか?」

 「何もしないはずだから大丈夫!もし何かしようとしたとしてもラキでも勝てるはずだから、縄は解いてもいいからね!」


 それだけ伝えると、ディアナは縛られてる青年には目もくれずに走り出した。

 

 魔獣の側に微かに感じる、巧妙に消されている気配。

 その人の正体を、いまディアナは確信したのだ。


 なぜ魔獣がここにいるのかは分からない。でももう焦りはなかった。

 心配いらないことが分かっているから。

 別棟に向かって颯爽と走って行くディアナの足取りは、とても軽やかだった。



 さて。残されたラキルスは、床に転がっている青年を、警戒感を隠さずに暫しまじまじと窺い、ふと思い当たる。


 「…ひょっとして…ザイ先輩、ですか………?」

 「ふがふがっ…もが、ふが…っ」


 青年は、こくこくと頷いた後、くいっと顎をしゃくるよう動かしたり、鼻をふがふが動かしたりしている。猿轡のせいで話せない、出来れば外して欲しいというアピールだろう。


 ディアナが「大丈夫」と言うからには大丈夫なんだろうし、猿轡くらいは外しても問題ないだろうと判断して、ラキルスはその青年の猿轡を外した。


 「ぷは~っありがとな~!俺みたいな地味な男のこと覚えててくれて嬉しいよ!久しぶりだなラキルス!」

 「ご無沙汰してます。ザイ先輩もお元気そうで」


 ディアナだけでなくラキルスも、このザイと呼ばれた青年とは面識があった。

 「先輩」と呼んでいる通り、学園時代の二年先輩にあたる伯爵家の嫡男。伯爵家は騎士の家系とのことだが、嫡男として必要な知識を幅広く習得するべく、騎士学校ではなく貴族学園に通っているのだと小耳に挟んだ記憶がある。

 学園では、在籍期間は一年間しか重なっていなかったし、特別に親しかったわけでもないのだが、明るく人当たりの良い性格と、どこか独特な存在感を放っていたため、ラキルスもよく覚えていた。


 「いや~ディアナも俺のことちゃんと覚えててくれたみたいでマジほっとしたよ。扉が開くなり説明もさせて貰えずに一撃で殺られるんじゃないかと思って、もうシャレならんくらい泣きそうだったんだよ」


 堰を切ったように話しまくるザイに苦笑を浮かべつつ、「貴族家の嫡男でありながらも表情豊かで、人の懐にするっと入り込んでくるところは相変わらずだな」と、ラキルスの中に懐かしさがこみあげて来る。


 「ディアナは人を覚えるのは得意ですよ」

 「でもほら、俺、特徴のなさにかけてはパーフェクトなカオだからさ」

 「顔だけで覚えるわけじゃないので大丈夫です」


 ラキルスがきっぱりとそう断言したところ、ザイは少し目を丸くした後、にししと笑った。


 「ちゃんと自分の嫁を理解してんだな。いや~安心した!ディアナのこと大事にしてくれて有難うな!」

 「もちろんです。こちらからご挨拶に伺いたかったんですが、先輩はほとんど家にはいらっしゃらないそうで…。タイミングがなかなか合わず、無礼を働いており申し訳ありません」

 「いやいやこちらこそ!これからよろしくな。こんな対面になっちまってホント申し訳ない」


 何事もないかのように会話を続けているものの、ザイは縛られ、猿轡をかまされ、ラキルスも存在を知らなかった簡単には開けられないはずの隠し部屋に放り込まれていたのだ。ちなみに今もザイは縛られたままである。状況として、只事とは言えない。


 「…ところでザイ先輩は、どういった経緯で縛られてこちらに?」


 ラキルスは、警戒感を滲ませることなく尋ねた。

 顔見知りだからというだけで警戒を解いたわけではないが、ラキルスとて王家と縁付く予定の者として懸命に励んできた身。人を見る目はなかなかに磨かれている。

 そしてザイは、そんなラキルスの目から見ても信頼に足る人物だった。


 ―――――それに


 「いや嫁にやられたんだよ!ひどくね!?『ディアナは(おび)き出しとくから、ザイはラキルスくんと話しといて』とか言うなり、縛ってここに放り込みやがんの!嫁の読み通りになったから良かったものの、ディアナに敵認定されたら俺なんか即死じゃん?自分の夫を実の妹に()らせる気かっつーの。もうちょい夫を大切にしろ俺の嫁」


 そう。ザイは、ディアナの実姉である辺境伯家の長女・シンディの夫。ディアナとラキルスにとっては義理の兄にあたる人物なのである。


 ディアナの姉が絡んでいる以上は、公爵家を陥れようといった何らかの策略の可能性はまずないと信じたい。

 よって、ガチガチに警戒する必要はない相手と言える。


 「(おび)き出すも何も、普通に訪問してくだされば良かっただけなのでは…?」

 「いや。ちょっと事情があって、今のところ俺らはおまえらとは一切接触していないことにしたい」

 「事情…?」


 これは極秘訪問などというレベルではなく、完全なる隠密行動にあたると思われる。『表向き』程度のお話ではなく、深く探られても露見しないくらい徹底的に隠したいということだろう。


 「そのへんに関して、ラキルスの耳にだけ入れておきたい取り扱い厳重注意な話がある。ディアナは隠し事が不得意だから漏洩リスクを考えて聞かせない方針なんだが、なまじ耳がいいから、物理的に距離を取る必要があるんだ。それに、いま俺の嫁ちょっとヤバいもの持ってるから、使用人の皆さんがいない方がいい」

 「―――――取り扱い厳重注意…」


 いつも快活で重たい空気を纏っているところなど見せたことのなかったザイが、ふっと、その表情から明るい色を消した。


 「おまえら夫婦、西の隣国から(さぐ)られてる」



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