01. 世間はアンチで溢れてる①
大変ご無沙汰しております。真朱です。
本作のコミカライズが、2025年1月2日からスタートします。
小学館マンガワン様にて、カワグチ先生がご担当くださいます。
漫画版アレンジも加わり、漫画として読みやすくしていただいてますので、
是非ご覧いただきたいです!
コミカライズのお知らせに合わせたかったため、だいぶ時間が空いてしまいましたが、
第三部開始します。
本作を忘れないでいて下さった皆様、またお付き合いいただけましたら幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。
ディアナは王都の公爵邸内を爆走していた。
「!? ディアナ様!?」
公爵家の使用人たちが驚きの声を上げているが、止まることなく猛スピードで駆け抜けていく。
もちろん、視界に入る全ての情報を瞬時に把握し、そこそこの範囲の気配を読むディアナは、人にぶつかったり何かを破壊したりすることはない。人も障害物もすいすいと躱しながらも、王都の人からしてみたら信じられないスピードで奥へと進んでいた。
だが、そのディアナが、義父である公爵家当主の執務室の前で突如足を止め、動かなくなった。
いや、正確には動けなくなった。
「………なにかの罠………?」
ディアナは必死に考えを巡らせるが、状況がわからない以上は、どうするべきかなどさっぱり分からない。ディアナが最も不得意とするジャンルのお話である。
「あああもう…!どうしたらいい………?」
ディアナは苦悶の表情を浮かべ、もどかしそうに呟いた。
ディアナとラキルスは、隣国への技術支援 兼 新婚旅行をいったん終えて母国へ帰国した後は、のんびりとした日々を過ごしていた。
以前、夫婦で参加したパーティーで知り合った、ラキルスの学園時代の同級生だというランバート侯爵令息の妹ちゃんとはすっかりお友達になり、ときどきお宅訪問をしてはおしゃべりをするような仲になっていたので、ディアナはこの日、隣国のお土産を持ってお宅訪問していた。
ランバート侯爵令嬢は、王都のことにちっとも詳しくないディアナにあれやこれや教えてくれる。今の流行や噂話なども教えてくれる。
ディアナは、イマドキのハナシは殆どわからないこともあって聞き役になることが多い。わからない話は「へ~………」くらいのリアクションしかできなくはあるが、話がわからないからといって不機嫌になったり、いちいち話の主導権を握ろうとして来たりはしないので、ランバート侯爵令嬢も嫌な気分にならずに話せるらしく、意外と円満な関係を築いていた。
気が強いランバート侯爵令嬢にきゃんきゃん捲し立てられても、割と強めの語気で毒舌をかまされても、メンタルつよつよのディアナはけろっとしている。大抵のことはちっとも気にしないから、精神的ダメージを負うこともなければ、反撃しようなんて意識もない。
ただただ、「ともだち嬉しい!」「話はわかんないけど一緒にいるだけで楽しい!」と、穢れのない眼でニコニコしているディアナと交流しているうちに、密かにラキルスに思いを寄せていてディアナに対して敵意を覚えていたはずのランバート侯爵令嬢もすっかり絆されてしまい、今や純粋にディアナの味方になってくれるに至っていた。
そんなランバート侯爵令嬢だからこそ、いま世間を賑わせている噂にヤキモキしていた。
「ディアナ、あなたご存じですの?」
「ん?なにを?」
「ラキルス様の婚姻に対して、一部の国民が異議を申し立ててるらしいですわよ」
「―――――ほえ?」
ランバート侯爵令嬢が入手した情報によると、なんでも巷には、「ラキルス様があまりにも可哀そうだ」という声が溢れかえり、一大ムーブメントを巻き起こしているんだそうだ。
「隣国との和睦のため、末姫が隣国の王太子の元へ嫁ぐことになった」という公式発表にあたり、末姫とラキルスの婚約が白紙撤回になったことも併せて発表されていたが、その後ラキルスが王命により婚姻を結んだことまでは公式発表はされていなかった。
王位継承権があるわけでもない、イチ公爵令息にすぎないラキルスの婚姻について、たとえそれが王命によるものであろうとも、国が公式に国民にまで発表するというのも扱いとしては度が過ぎる。だから、国としての対応が間違っていたわけではない。
ラキルスの婚姻については、貴族家宛には早々に、公爵家の方からきちんと知らせていた。
ただ、それは「おつきあいのある人たちへのご挨拶」という意味合いであって、国民全体に向けて大々的に発表したわけではないし、その必要性も義務もない。
だから、公爵領の領民はともかくとして、王都を含むその他の領地に暮らす平民たちは、上から下りて来る情報がじわじわ届いてやっと、その事実を認識するに至ったので、かなりのタイムラグが生じていたのだ。
婚約が白紙になったから新たな婚約を結ぶ、というのは、貴族としては極々当然のことである。
ラキルスの場合は即時結婚ではあったが、まあ、そういうことだってあるのが貴族の結婚てもんだろう。
だが、平民の感覚では、それは認め難いことのようなのだ。
何せ、末姫とラキルスは、『相思相愛のお似合いのカップル』として、長年、国民から絶大な支持を得ていた、カリスマ的存在だったのだ。『幸せカップルの象徴』的な立ち位置が確立されていたのだ。
その理想的なお似合いカップルが、国の都合で無理矢理引き裂かれただけでなくその傷も癒えないうちに結婚だなんて、それだけでもあんまりだというのに、よりにもよってラキルスの次なる相手はあの辺境伯家の娘だなんて、そんなのラキルスの献身が報われないにも程があるではないか、と。
そんな国民の声は、次第に大きな渦になりつつあるらしい。
「…うう~ん…。それは確かにわたしも一番最初に思ったことだからなあ…。皆さんがそう感じちゃうのも、ある意味しょーがないよね…」
「ちょっとディアナ、なに達観してますの?暗にあなたディスられてますのよ?」
「そうなんだけど~…。わたしが何か言ったりしたりしても逆効果ってやつにならない…?」
「確かにその可能性は高いですわね」
「でしょお…?」
如何せん、ラキルスの好感度は高すぎた。
王都で品行方正に過ごしてきたラキルスは、学園の同級生も沢山いるし、顔見知りも多い。
その口々から語られる人柄などは、『姫の婚約者』に興味津々だった民にも広く漏れ伝わっており、「姫のお相手として相応しい、非の打ちどころのない男性」といった評判が過度に刷り込まれている。
末姫も、お姫様特有の世間知らず感はありつつも、清楚で可憐で上品で控えめな美人であり、平民にも朗らかに微笑みかけてくれる高飛車感のない人なため、国民からとても愛されている。
一方、そんな姫の後釜に据えられた『辺境伯家の次女』は、国民からしたら謎のベールに包まれた存在と言えた。
貴族の子女はほぼ全員が通う王都の学園にも通っておらず、辺境伯領からも殆ど出ないため、顔すら知られていない。
そもそも、辺境伯家は魔獣対応最優先のため社交を行っておらず、王都に来ることすら滅多になく、かの辺境伯閣下ですら殆どその顔や人柄は知られていない。
見た目の印象が「強面な上にデカくてゴツい」ということと、「国王を恫喝する」といったインパクトの強烈な噂ばかりが先行してしまっていて、その裏で成し遂げている偉大なる功績の方は、庶民の間では噂にすらならない。
更にイカンかったのは辺境伯家の長男・ジークヴェルトだった。
辺境伯家三兄妹のうち、ただ一人長男であるジークヴェルトだけは「家を継ぐにあたり、一応は諸々経験しとかないとマズかろう」てな辺境伯家の方針により、王都の騎士学校に通わされていたため、王都でもそこそこ顔が知られていたわけだが。
既に皆さまご承知のとおり、ジークヴェルトは、辺境伯家きっての脳筋と言っても過言ではない。
ディアナも相当な脳筋だという自覚があるが、ディアナなんぞ目じゃない領域に君臨する、『脳筋』と言われて思い浮かべる全てが体現された、脳筋の完全体とも言える存在が長男・ジークヴェルトである。
ディアナは臨機応変に戦うことができるため、ああ見えて割かし脳みそも使っているが、ジークヴェルトはあんま使ってない。
辺境伯閣下は、脳筋に見せかけといた方がラクチンだから敢えて脳筋ぽく振舞っているきらいがあり、やろうと思えば実は裏工作も腹芸もしれっとやってのける『爪を隠してるだけの鷹』な御仁なのだが、残念なことにジークヴェルトのあれにはフェイクは存在しない。
ジークヴェルトは、「力こそが全てであり、力さえあれば何でも解決できる」と一切の誇張なく本気で思っている。
そんな長男・ジークヴェルトが王都で顔を売ってしまったがために、『辺境イコール粗野で野蛮』といった印象に拍車をかけてしまった感は否めないのだ。
そして更に、今のディアナの髪型も物議を醸す一因となってしまっているらしい。
ディアナは、隣国での魔獣との一戦により、髪の毛をばつーんと切り落としている。
結果、いまのディアナは、一番長い所で肩につくくらいという、貴族のご婦人にはまずいないミディアムヘアとなっている。
パーティーなどのフォーマルな場所に赴く際には、公爵家の優秀な侍女さんたちが「全力でアップ髪を作ってみせるのでご心配なく」と息巻いているので何とかしてくれることだろうが、普段はそのまんまにしている。
もちろん、ランバート侯爵令嬢のところに遊びに行くときも、である。
だから、何気に巷でも目撃される機会が増えてきているし、じわじわ世間のディアナ認知度も上がって来ている状況にあった。
そして陰で囁かれているらしいのだ。
「ラキルス様の妻らしき辺境から来た常識も品もない女は、貴族らしからぬバサバサな髪で、平気な顔してそこいらをプラプラしている」と。
「ラキルス様の家はただの貴族家ではなく、貴族の最上位に君臨する公爵家だというのに、しかも王家の姫君を迎え入れるはずだった家だというのに、厚顔無恥な嫁が公爵家の顔に泥を塗ったくっている」と。
それでも、件の公爵家の嫁は、かの名高き辺境伯家の出。
当主も嫡男もパーフェクト脳筋(というのが世間一般における評価)な、歯向かおうものなら武力でもってねじ伏せてくること請け合いの辺境伯家を前にして、公爵家がこの縁談を断れるわけなんかないではないか、逃げ道をみっちり塞いで了承するしかない状況に追い込むなんて、そんなのあんまりではないか、と言うのが、国民の皆さんの言い分らしい。
…別にいいんだけど、辺境伯家も有無を言わせて貰えていないって部分が思いっきりスルーされている気がするのは、気のせいだろうか。
いえ、全然いいんだけどもね。
コミカライズにあたって、実は、名前も国名もつけたのですが、
なろうさん版は手直ししておりません。
第三部も名前を出さない形を画策してみたのですが、
名前を出さずに乗り切りにくい人たちだけ名前出しました。
ディアナの兄姉とか。侯爵令嬢ちゃんとか。
侯爵令嬢ちゃんはファーストネームを出そうとしていたのですが、
家名ならお兄さんの名前は出さなくて済むので、家名にしました。
おかげで会話内で名前を呼べないという不自然さが出ちゃいましたが、
まあこれくらいは「真朱あるある」ということで………。




