05. 愛するつもりないでしょ?
初日の晩餐は、辺境伯家のことに興味津々な公爵夫妻のおかげで会話が盛り上がり、和気あいあいと楽しむことができた。
夫となった人の不自然な笑顔から思えば、義理の両親となった公爵夫妻は、非常に自然な表情でディアナを迎えてくれたし、ごはんも豪華でとても美味しかったのだが、ディアナにしてみたら、それはそれで拍子抜けというものだ。
「お義父さまもお義母さまも、父の手前、まずは様子見してるのかしら。カチコチのパンくらい出るものだと思ってたのに、全部美味しいなんて…。油断させておいて湯あみが冷水とか、そういう作戦かな…?」
ディアナの呟きを聞き逃さなかったらしいラキルスが、慌ててディアナを捕まえる。
「ディアナ、この後いいか?」
「ハイ?あ、一緒に薪割りします?」
「いや、湯はちゃんと用意するから。本当に大丈夫だから」
ラキルスに引きずられるようにして応接室へと連れて行かれ、食後のお茶…というよりは、何かの説得のような時間が始まる。
「言葉のとおり受け取って欲しいのだが、公爵家は本当に君を歓迎している。嫁として必要なことは、これから学んでくれればいい。足りないからといって、イビったりは決してしないから、警戒しないで欲しい」
「いえいえ、警戒してるわけじゃないんです。鬱憤たまるだけだから、我慢しないで欲しいって言ってるだけです」
ラキルスは、真摯に誠実に向き合おうとしてくれているんだろうとは思う。
少なくとも、口調と態度はそう振る舞っている。
でも、如何せん顔面が。
今だって、『歓迎している』と言いながら、嫌々感出すぎなんである。
「いや、だから我慢などしていない。本当にしていない」
「と言われても、初対面からずっと無理して笑ってるじゃないですか」
「私は決して無理などしていないが……」
なにが『いや』だ。
せめてもう少しマシなレベルに仕上げてくれていれば、ディアナとてこんなに言い続けたりしない。お互いにわだかまりなく過ごせるのなら、それに越したことはないってことくらい、ディアナにだってわかっている。
でも、実際にラキルスの顔面は、雄弁に無理を訴えている。
親から「まずは謝りなさい!」と叱られて、納得できてないけど仕方ないから口先だけ「ごぉめーん~」って言ってる子供のレベルにしかディアナには見えない。
なのに、何故こうも頑なに『無理していない』などと言い張るものやら。
あまりにも腑に落ちないので、ラキルスの顔をしげしげと窺ってみると、その目には悲しみや苦しみよりも困惑が浮かんでいるように感じられた。
このときに至って、ディアナはやっと理解した。
(無自覚ってこと…!?)
たぶんラキルスは、自分がどんな顔をしているのか、気づいていないのだ。
高位貴族のことだから、きっと幼いころから『感情を顔に出すな』といった教育を受けてきたことだろう。
目じりを下げて口角を上げるだけの笑顔を貼り付けることで、本心を読ませないようにしてきたに違いない。
その感情のない笑顔のせいで、反対に読み取れる気持ちがあるってことに気づいてないなんて、なんっっって哀れな……!
「悲しみも、悔しさも、やりきれなさも、私にぶつけていいんですよ?大丈夫です。私、全然これっぱかしも堪えないんで、遠慮なんていりません」
感情が昂るままに、ディアナはラキルスに言い募った。
だが、自分の薄ら笑いにナゾの自信があるらしいラキルスは、己の顔面が思ってるほど感情を殺せていないことを、依然として認めようとはしない。
「別に悲しくないんだが…」
「強がるクセ駄目!いい?辺境の人間にとって、暴言は方言みたいなもんだから。いくら浴びせかけても、私だったら愚痴くらいにしか思わないから、遠慮なくこき下ろしてスッキリしちゃいなよ!」
「いや、だから私は…」
今までのスタンスを貫き通そうとするラキルスに、ディアナは笑顔で爽やかに促した。
「さ、声高らかに叫ぼう? 『おまえを愛するつもりはない!』 はい!」
はい!の部分では、言葉を促すかのように、さっと掌が添えられている。
「はあ…?そんなことは思っていない」
きっぱり否定するラキルスだが、紳士的に振る舞おうと努める姿すらもう痛々しくて、ディアナは見ていられない。見ていられないのだ。
ムリして耐え忍ぶなんて考え方、脳筋には備わっていない。
思いの丈を叫び、力尽きるまで殴り合い、最後は転がって笑い合う。
脳筋的にはテッパンなそのプロセスが、ここにはない。
だからまずは叫ぶところから始めなければならないと思うのだ。
「とりあえずは心を空っぽにして叫ぼう?ホラ、さん・はい!『おまえなんか愛するわけねえだろ』!」
「さっきより表現が酷くなってないか…?」
「つべこべうるさいな!男らしくせんかい!辺境伯家の人間は、イラッとさせたら手が出るんだからね!」
「いや、だが、思ってもいないことを叫ばされる意味が…」
「だ―――――っっっ!このわからずや―――――っっっ!!」
イライラを抑えきれなくなったディアナは、割り当てられた客間で夜遅くまでひたすら木刀を振り回して、ストレス発散に励むしかなかった。
新婚がどうとかいう以前の問題なので、この夫婦に色っぽい何ぞやを期待してはいけない。
<作者の独り言>
作品タイトルの「なぞ」はわざとですか?というご質問をいただいたのですが、
「など」の誤植ではなく、敢えてそうしています。
普通につけるなら「愛するつもりなどないでしょ?」でしょうが、
「どうせ愛さないんでしょ」的な圧がやたら強い気がしたので、
印象を和らげたくて、末尾も「でしょうから」にしてみました。