17. こう見えて夫婦なんです
事後処理は、ラキルスが『自分の仕事』とばかりに当然のようにやってくれた。
そもそも事後処理ってなんぞや?ってディアナなんか思ってしまうのだが、何月何日何時頃に、どこにどんな特徴の魔獣が出現して、現地はどんな状況で、どういう被害が出て、どういう対処をしたか、といったことを纏めた報告書を作成したり、同種または似たような魔獣が再び出現した際に、どう見極めてどんな手を打つと有効かみたいなことを検討したりするんだそうだ。
(あ~…う~ん………?そういえば実家でも、討伐後はお母様に、どんな魔物だったのか、普段と変わりはなかったかみたいなことは、毎回必ず訊かれてたような………?)
家族の日常会話の一部みたいなものだと思って気にも留めていなかったが、ディアナが意識していなかっただけのことで、会話の中から最低限の情報を拾って、簡単な討伐記録くらいは作ってくれていたのかもしれない…なんてことに、今頃になってやっと気づく。
自分の実家のことであっても、何気にまだまだ知らないことはあるんだな~ってことを実感できたのも、辺境伯家を離れたからこそのような気がして、何だか妙に感慨深かったりもする。
赤髪さんも、ラキルスと二人で、ここ数日ヤツはどんな行動をとっていたのか、体を乗っ取られている間、己の体の自由が利かない最中、内部ではどんなことを試みていたのか、その中で成功したことはあるか、火の他にも苦手そうなものはあったのか、みたいなことを話し合っていた。
赤髪さんは、ディアナ達の国に来た時に使節団の一員に名を連ねていたくらいなので、戦える人ではあるけれど単なる脳筋ではないらしく、ラキルスと延々と真面目な話をしている。
ラキルスとディアナは乗っ取られていた時間そのものが短いので、あまり提供できる情報がないのだが、赤髪さんはかなりの時間乗っ取られていたので、結構色々経験していた。
人間の食事をし慣れていないようで、木の実や果物などを好んで食していた(おかげで赤髪さんは、ほぼ常時飢えていた)とか、湯あみの習慣など勿論ないので、洋服ごと川に入って水浴びして、そのまま自然乾燥していた(おかげで寒くて凍え死にそうだった)とか。
ヤツは宿主と感覚を共有していないからか、宿主の体の状態を適切に把握できていないので、ヤバいラインの見極めができるとは思えず、無意識のうちに宿主を殺しかねない。戦々恐々とするような実害はないとは言え、支配が長期に及んでしまうとやはり宿主の命が危険だと、二人は結論づけたようだった。
ディアナは、赤髪さんのお話を『面白おかしい乗っ取られ体験記』みたいなつもりで聞いていたのだが、だんだん重苦しい雰囲気に変わっていくその変容っぷりに、途中で何度かツッコミを入れたくなってしまったのだが、そういう感想を持つこと自体が何だか不謹慎な気がするので、自分の心の中だけに留めておいた。
脳筋は空気読めないと思われがちだが、気配が読めるんだから空気くらい読めますって。まあ、読めてても「知ら~ん」って思っちゃうことはあるから、『読めない』んじゃなくて『読まない』って言われたのなら否定しないでおこうかな。
書類仕事はディアナは全く役に立たないので、そのへんの諸々はラキルスと赤髪さんに丸っとお任せすることにして、ディアナはその間に髪の毛を整えて貰うことにした。
刷毛と化していたポニーテールの残骸を解いてみたら、無残という他に表現のしようがないジャッキジャキなカンジになってしまっていたので、さすがにこのままじゃ如何なものか思っていたのだ。
ポニーテールの状態で、しかも結び目寄りのところですっぱり切り落とされた髪の毛を、見られる形に整えるのは至難の業だっただろうと思うのだが、隣国辺境伯家のスペシャリストな方が懸命に手を尽くしてくれて、耳のあたりから少しずつ段が入っていき、一番長いところで肩くらいという髪型に落ち着いた。
貴族のご婦人としては、どう見てもショートすぎるのだが、ディアナには似合っている気がするし、事後処理とやらを一通り終えて合流したラキルスにお披露目したところ、「何かディアナっぽさが増したな…」と感心したように呟きながら笑っていたので、これはこれでアリってことでいいだろう。
こういうときラキルスは、血迷っても「公爵家の嫁として、そんな髪型みっともない」みたいなことは言わない。切ったのはラキルスだからとかは関係なく、どうあっても絶対に言わない。
その精神性が、ディアナも何だか鼻が高い。
「わたしの旦那様、いいでしょ~!」って、言って回りたくなってしまう。
棚ボタでゲットするにはオイシすぎる旦那さまだが、昼も夜も魔獣を仕留めまくってきた、ディアナの実績と貢献に対する、神様からのご褒美に違いないと思うことに決めているので、ディアナはもう遠慮なんかしない。
正当な権利として、堂々と貰っちゃうのだ。
誰にもあげないんだもんね~だ。
うん。
こんな独占欲丸出しみたいなことを思いっきりぶちかましてるのだ。さすがにディアナだって、これがどんな気持ちから生まれてくるものなのか、「経験がないから分からない」なんて、もう言っていられないことくらい気づいている。
ディアナは、ラキルスのこと好きみたい。
大好きみたい。
ラキルスが、この先の人生をディアナと共に歩んで行くつもりでいてくれているのは、ディアナだってちゃんと分かっている。
そのつもりさえあるのなら、夫婦としてはそれなりにやっていけるはずなのだから、ラキルスが抱いている気持ちがどういう種類のものなのかまで突き詰める必要はないかな、なんて、ディアナ自身そう思おうとしていたような気がする。
でも
ラキルスにとってディアナは、同志みたいな、ビジネスパートナーみたいな妻のままなのかもしれないけれど、ディアナにとってラキルスは、弱っちくても懐が深くて頼もしい、自慢の旦那さまだ。
ディアナも、いつか、ラキルスに誇らしく思って貰えるような妻になりたい。
…おじいちゃんおばあちゃんになったときに、でいいから。
そう思って貰えるようになれるまで、ずっと一緒に、泣いたり笑ったり喧嘩したりしたいな~なんて思う。
まあ、きっとラキルスはそうそう滅多なことでは怒らないだろうから、喧嘩といってもディアナが一人でキイキイ言うだけなんだろうが、飄々と躱すラキルスに食らいついていくのも、難攻不落の要塞に挑むみたいで何気に燃えるので、そういうのも含めてディアナは楽しみだったりする。
―――――でも、ちょびっとだけ。
ほんのちょっとくらいなら、ビジネスパートナーから踏み出してみても、許してもらえたりしないだろうか。
「あの…ラキ…?」
「ん?」
恐る恐る、ディアナはラキルスに声をかけてみる。
ラキルスは、そんなディアナの様子に少し不思議そうな表情を浮かべつつも、柔らかく聞き返してくれる。
「えと…その………て………」
「て?」
もにょもにょしていたディアナだが、腹を括ったのか、突如がばっと顔を上げると、ほんのり頬を赤らめながらもラキルスから目を逸らすことなく、叫ぶようにお願いしてみる。
「手とか…っ繋いでみてもよろしかったりしないでしょうかっっ!?」
ラキルスは一瞬瞠目したが、性格そのままに真っ直ぐに意思表示するディアナに、すぐにほんわりと目許を緩めて、穏やかに微笑みながら「もちろん喜んで」と、手を差し出した。
ディアナが、そろ~っと、ラキルスの手に自分の手をのせてみると、ラキルスは、はにかんだように少し顔を伏せながらも、きゅっと力を込めてくれる。
…嫌々ってことはなさそうに見える。
「えへへ、嫌がられちゃうかと思っちゃった」
照れくささもあって、おどけるように言ったディアナに、ラキルスは苦笑を浮かべながら返す。
「本当は私も、さりげなく繋いでみようかなとか考えなかったわけじゃないんだけど…」
「え…、あ、そうなの…?」
少しの驚きと、それを上回る嬉しさに、ディアナがにへらっと顔をほころばせると、ラキルスは少し真顔になって続けた。
「でも、ディアナだったら絶対にその気配を察知するし、繋ごうと伸ばした手を、条件反射的に叩き落とされる姿がくっきりと目に浮かんでしまうものだから、なかなかどうしてハードルが高かったと言うかね…」
「…お、ぉおぅ………」
それについては、絶妙に核心を突いてるような気がするので、ディアナには乾いた笑いを零すことしかできない。
だけど、ラキルスはディアナの生態を相当しっかり理解してくれているだけでなく、ディアナのことを単なるビジネスパートナーとしてじゃなくて、ちゃんと『妻』として扱ってくれようとしてるのかなってことが感じ取れる言葉だったから、ディアナは何だか浮かれ散らかしたくなってしまう。
(そっか。嫌とかじゃなかったんだ…。厚かましいかなってちょっと思ったりもしたけど、お願いしてみてよかった…)
二人並んで歩きながら、ディアナは浮かれた気持ちのままに、繋いだ手をぶんぶん振っていた。
そんなディアナの様子にくすりと笑みを零しながら、ラキルスの目にはいつも以上に優しい色が宿っている。
武闘派すぎる妻には、素人の『さりげなく』なんて演出は通用しない。
となるとストレートに臨むしかないのだが、『貴族の妻の責務』なんてことも当該辺境伯家には通用するかどうか非常に怪しく、拒否られるというまさかの事態も起こり得てしまう。
正面から「え。やだ」とか「気持ちわるっ」とか一刀両断されたら、さすがにラキルスも傷つくので、
「もう結婚してるんだから変に焦る必要はないし、下手なことして拗らせる方が厄介だから、そういうことはディアナの気持ちが自分に向いてくれてから、ゆっくり考えていこう」
と、己の精神性の高さに物を言わせて余裕をかましつつ、まずは信頼関係の構築に努めていたわけだ。
ラキルスとしては、ディアナの方から一歩を踏み出してくれるなんて想定外で、そこは夫として情けなくはあるのだが、カッコ良さと物理的な強さは清々しいまでに求められていないので、気にしないことにする。
…まあ、さりげなくいこうとすると叩き落されそうなことに変わりはないのだが、正面からであれば拒否られないことは実証されているので(※魔獣を即席ナックルで殴り飛ばした後のあれ)ムードもへったくれもなくいけばいい。もうそれでいい。
いかに武闘派な妻であろうとも、ラキルスはちゃんと、ディアナを『女の子』だと思っている。
手を繋いだだけで嬉しそうにしている妻を「かわいいな」と、さらっと思えるラキルスは、武闘派を妻に持つために生まれたような男と言っても過言ではないと思う。
こういう人がいてくれるから、ディアナみたいな女の子だって、ありのままの自分で生きていける。
世の中なるようになっているのだ。
並んで歩く二人の歩幅は、明らかに異なっている。
だけど、ディアナは歩幅が狭い分、いくらか回転数を上げているし、ラキルスは歩幅を狭めていない分、一歩一歩を踏み出すペースを落としている。
こんな風に、お互いに何気なく、少しずつ歩み寄って、同じペースで歩いている。
ペースを作っていくのは、自分たちなのだ。
二人の間にあるものが愛と呼べるほど深いものなのかは、今はまだ分からない。
だけど、ディアナはラキルスのことが大好きだし、ラキルスはディアナのことを、この先も慈しんで生きていこうと思っている。
夫婦って、それで充分なのではないだろうか。
だって
愛するつもりは、ちゃんと『ある』んですから。
第2章、完結です。
おつきあいくださった皆様、ありがとうございました。
なんともプラトニックな夫婦ですが、
第1章では筋肉痛への手刀くらいしかスキンシップのなかった二人なので
作者にはこのレベルしか想像できませんでした…。
まあ挙式もまだなので。このくらいのペースで良いと作者は思ってます。
いったん完結表記にさせていただきますが、
おまけを書くつもりではおります。
遅筆なので、少し時間が空いてしまうかもしれませんが、
その際もおつきあい頂けたら嬉しいです。
それでは、きっとまた。
真朱




