表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【コミカライズ】愛するつもりなぞないんでしょうから  作者: 真朱
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/78

12. 最終ターゲット


実戦経験としては対・魔獣ばかりのディアナだが、対・人間の戦い方を全く知らないわけではない。


眉間とか鳩尾のような、下手したら再起不能にさせるような急所以外にも、『命には係わらないけど、すんげえ痛い』みたいな、やりすぎない狙いどころも心得ている。


代表的なのは『弁慶の泣き所』。

ここが痛いのは一般常識みたいなものだし、赤髪さんが乗っ取られている時にもさんざん攻撃したので、乗っ取り犯にも警戒されていることだろう。まあ、警戒されようが狙うだけのことだが。


ディアナは走りながら腰に巻いていたチェーンベルトを抜き取ると、鞭を振るうかのように構える。


本能がそうさせるのだと思うが、こういうとき咄嗟に庇うのは大概にして頭であり、足元はお留守になりがちなものである。

すかさずディアナは、乗っ取り犯のノーガードの脛にローキックを打ち込んだ。

ちなみにチェーンベルトはただのフェイクで、実際には振るってはいない。あくまで本命のガードを外すための小細工にすぎない。


「くっ…」


脛を押さえて蹲る乗っ取り犯に、ディアナは躊躇せず畳みかける。脛を押さえているために無防備に晒してしまっているが、手の甲も『急所ではないが実は痛い』箇所のひとつだということをご存じだろうか。ディアナのイメージとしては、腕版の『弁慶の泣き所』ってカンジ?


ディアナが、乗っ取り犯の手の甲を手刀で思いっきり打つと、

「ぐぎっっ」

と、悲鳴とも何ともつかない声を上げた。


「―――――ぐぎい…?」


それが耳に届いた瞬間、ディアナは物凄い不快感に襲われた。


悲鳴?は…まあディアナだって上げるし、上げるなって言うのもおかしい気がするが、それでも途轍もなく不快だったのだ。


気を取り直して、ディアナは次なる地味に痛いポイント、足の小指を狙うべく、足払いをするように、乗馬ブーツのぶっとい踵で足の側面を蹴りつける。


「ぎゃっ!!」

「………ぎゃあ………?」


じりじりっと、ディアナの中で湧き上がってくる苛立ちのようなもの。

何がこれほどディアナを苛立たせるのか。その元凶に、ディアナは気づきつつあった。


ディアナは無言のまま、真顔ですっとチェーンベルトを振り上げる。


「ぐぅっ…」


乗っ取り犯は、体を硬直させると、呻き声に近い声をあげながら、また両手で顔を庇うような姿勢をとる。



引き攣ったような歪んだ表情。

ラキルスの顔で、ラキルスの目で、怯えたようにディアナを見上げている、なっさけないその姿。



なんだそれは。



―――――ラキルスは弱いけど、ディアナだって本人に散々「弱っちい」って言ってるけど、でもラキルスは気持ちは決して弱くなどない。

驚いたって、びくっとしたって、悲鳴は呑み込むし、何よりディアナに怯えたりなんかしない。


頭では分かっている。

これはラキルスの皮を被った乗っ取り犯であって、ラキルスなようでいてラキルスではない。


分かっていても、ディアナは辛抱ならなかった。


ラキルスの姿であんな反応を示すことが、何と言うかこう…

―――――堪らないのだ。


そう思った瞬間、ディアナは叫んでいた。



「わたしの旦那さまをナメんなああ!!」



叫びながらディアナは乗っ取り犯の腕を取り、背負い投げでぶん投げた。乗っ取り犯は受け身を取ることもなく、投げられるがままに地面に叩きつけられ、「ぶへっ」みたいな悲鳴もどきを上げているが、ディアナは構うことはなかった。


「ラキはね、どんなにぐだっぐだでも、へろっへろでも、文句も泣き言も言わない、泥臭くも見上げた根性の持ち主なの!打たれ強くてへこたれないの!!あんたも外側だけでもラキなんだったら、そのくらい完璧に擬態してみせなさいってのよ―――――!!」


地面に倒れ伏した乗っ取り犯は、何やらひいひい言ってやがるが、その無様な姿がまた神経を逆なでしてくれる。


「ちが―――う!!ラキは、苦笑を浮かべながら『痛いよディアナ』くらいなリアクションでしょうが!!その程度も装えないクセに人間様に成り代わろうなんざ百万年早いわ!!」


げしげし踏みつけてやりたいところだが、体はラキルスなので、ほどほどで手を打たなければならないというこのジレンマも、ディアナの苛立ちに拍車をかける。


(ああ憎たらしい。なーに如何にも痛そうなリアクションかましてやがる。痛いのはあんたじゃなくてラキだっての!)


「………って、んん…?」


冷静さを欠いてるとしか思えないディアナだが、こう見えても百戦錬磨。崖っぷちに辛うじて小指の先が引っかかってるレベルの際の際にあっても、俯瞰な自分を手放さずにいられているため、ふと違和感に気づくことができた。


(痛みを感じるのって、脳じゃなかったっけ…?記憶や感情に介入できない、つまりは脳には干渉できていないはずのヤツが、どうして痛みを感じてるの…?)


ヤツがスピリチュアル的なよくわからん存在で、ラキルスに憑依して体を操っているとかっていう見えない世界のお話な可能性もあるのかもしれんが、そういうのはどうせ考えても分からないから、今は考えない。


そういう路線を排してストレートに考えてしまえば、ラキルスの痛覚を通してではなく、ヤツ本人が直に痛みを感じているっていうことになるのではないだろうか。


例えば馬車が事故ったとき、直接的なダメージは当然馬車が受けるわけだが、中に乗っている人だってノーダメージで済むことはあまりない。不意な衝撃によりムチ打ちになったり、激しい揺れでどこかに打ち付けられて打撲を負ったりするのは、結果として相応ってもんである。


ヤツもそれと同じようなことで、ラキルスの体が受けた衝撃が伝わることや、痛みを感じたラキルスの体が強張ったりすることによる締め付けを受けることで、ヤツ本体が直にダメージを負っているとしたら―――――。


つまり、ヤツはラキルスの体の中に『居る』のだ。

実体を持って。


そもそもヤツがスピリチュアル君なら、接触するまでもなく体を乗っ取ることだってできそうなものだ。

でもヤツは、ラキルスが近づくまで息を潜めて隠れ続けていた。

しかも、ただ接触するだけではなく、わざわざラキルスに傷を負わせた後に体を乗っ取った。


血を介して…というより、傷口から体内に侵入していると考えるべきなのではないだろうか。


『傷口から人体に入り込む』なんて、細菌かウイルスとしか思えないが、ウイルス系なら増殖・感染していくものであり、『体を移る』っていう部分がしっくりこない。人格に影響が出ているとあれば脳が破壊されていることになるはずだが、それだとヤツが体から離れた後の赤髪さんが、記憶も人格もすっかり元に戻っていることの説明がつかないから、細菌やウイルスといったものではないのだろう。


体内に居れば筋組織になら介入できるとか、そういうカンジだろうか。

人間の体は、顔の表情を動かすにも、言葉を発するにも、筋肉が作用する。全身の筋肉に操り人形のように糸を張っていて、乗っ取り犯の感情とリンクして強制的に動かす、みたいなことがもしできるのであれば…。

メカニズムは全くもって理解不能だが、事象としてはそれが一番しっくりくる。


「…宿主を渡り歩くタイプの寄生虫とか………?」


ディアナの呟きに、乗っ取り犯がびくっと体を震わせた。


(なるほど。そういう類のもので合っているらしい)


間違いなく知性があることと、痛覚があることから、一般的な虫や細菌類の定義には当てはまらないので、寄生虫に似たカンジの生物…魔獣の一種だと考えた方がよさそうだ。


ヤツが魔獣だろうが昆虫だろうがそこは大した問題ではなく、重要なのは『寄生虫に近い存在』という部分。その線が固いのであれば、話はむしろ単純と言っていい。


寄生虫には、『種の保存』以外に目的など有り得ない。

国を乗っ取ろうとか富を得ようとかいう邪念はなく、ただ生き延びられればそれでいいはず。

宿主が死んでしまえば己も朽ち果てるしかないため、生存確率を上げるために、より強い宿主を求めているだけのこと。


そう考えたら、自ずとヤツの真意も見えてくるってものだ。


ヤツは、ディアナを最も警戒しているからこそ、ディアナには手が出せないと踏んだラキルスの体を選んでいる。当面の難敵であるディアナから身を守るために選んだだけのことであって、終の宿主としてラキルスを選んだわけではない。


普通に考えたら、一番生き残れる確率が高いのは、一番強い人間のはず。

つまり、この場で最も確率が高そうなのはディアナだと思うのだ。


(―――――となると、ヤツが本当に欲している宿主は、わたしってことになるんじゃない…?)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ