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09. 弱いけど強いひと


ディアナの直感でしかないが、今の赤髪さんはヤバい。

たぶん、この赤髪さんに対処できそうなのは、この国、この場においては、ディアナくらいしかいない。

そのくらい、不気味な気配を漂わせている。


「ラキはしっかり距離とってね。絶対に近づいちゃダメだよ。向こうが近づいてきたら、とにかく全力で逃げて」

「え」


ディアナは基本的に、危機的状況には動じない。

ちゃんとした武器がなくても投げられるものがあれば戦えるという揺るぎないベースがあるからか、いつでも飄々と、その場で使えるものを即座に判断して、投げるだけでなく、絞めたり殴ったり臨機応変に対応してきた。


そんなディアナが、いつになく明らかに警戒感を強めている。

自国でのパーティーの際には何の警戒もすることなくヨユーで対処していた、赤髪の三男さんを相手に。


「そんなに強くなっているのか…?」

「強さを警戒してると言うより、正体が分かんないから、どう対処すべきなのかが見えてこないんだよね…」


ディアナは、まずはジャブとばかりに、利き手に持っていた石を放ち、すぐさま反対の手に持っていた石も放った。

そこそこ距離はあったが、石は赤髪さんもどきの左肩に命中し、続いて放った石も全く同じ場所に命中した。当たりはしたが威力は大したことはなく、ダメージは全く与えていない。


ディアナが本気でダメージを与えるつもりなら、容赦なく目や眉間を狙っているところだが、今はまだ様子見なので、『こっちは一寸の狂いもなく、狙った場所に当てることができるんだぞ』ということを示唆しておくくらいでいい。


赤髪さんもどきは、ギンッと鋭い目つきで睨みつけながら、僅かに唇を動かしたように見えた。若干距離があるため音は拾えていないが、ライフルのスコープばりに優秀な視覚に物をいわせて、ディアナは唇の動きを読んでいた。


『ナントウノタミガナゼココニ』


ナントウと言ったら、普通に考えたら方角だが、『普通』に自信がなくなっているディアナは、もう、こんなショボいことすらも迷わずにラキルスに丸投げする。


「ラキ、ナントウって何を指すと思う?」

「南東?ここから見たらディアナの領地の方向にあたりそうだが…。ディアナの領地のことなら、シンプルに『南』でいいような気はするな」

「じゃあ『南東の民』って言ったら、ウチの領地の人のことかな」

「そうなるだろうな…」


では、ヤツの言葉は、『何故ディアナがここにいるのか』という意味になるだろうか。

それならそう言えばいいだけのことなのに、何やら遠回しな、もったいぶった表現を使いおって…。

要するにヤツには『ディアナ』という個体が識別できていないのだろう。


つまり、やっぱりヤツは赤髪さんじゃないってことなのだ。


身長から顔面内の配置まで、クローンかと言いたくなるほどの精巧な再現っぷりだが、一体どんな技術なんだ。魔法も存在しないこのアナログな世界で、そんなの何かズルいではないか。


「わたし、あの皮の仕組み暴いてくる!」

「絶対に無理はするなよ。少しでも違和感を覚えたらすぐに退くんだぞ」

「うん!」


一人で走り出すディアナを止めもせずに送り出すラキルスに、隣国辺境伯家の長男次男は驚きを隠さない。


「さきほどの魔獣襲撃のときといい、なぜ貴殿は、危険な目に合うかもしれない場所に、奥方をひとりで行かせるのです?心配ではないのですか?」

「心配に決まってるじゃないですか」

「なら何で一緒に行かないんだよ?」


責めるような口調に晒されても、ラキルスは怯むことなく、きっぱりと言い放った。


「私が弱いからです」


平然と弱さを口にするラキルスに、次男は苛立ちを隠さない。


「弱いなりに出来ることがあるだろうが!嫁がピンチに陥ったときに楯になってやるくらいの男気を見せろよ!」


責め立てられようがラキルスは動じなかった。ただ淡々と、静かに語った。


「私は弱すぎるので、こういうとき妻の近くにいてはいけないんです」


言っている内容は情けないものとしか思えないのに、毅然とした態度で(しか)と言い切るラキルスに、隣国辺境伯家の双子は、畳みかけようとしていた言葉を詰まらせた。


「妻は、弱き者を助けることは強き者の務めだと思っています。弱い私は、妻にとっては守るべき者になってしまうんです。私が楯になろうと前に出れば、妻は更に前に出ようとする。私の存在が、妻を不要な危険に晒してしまうんです」


平然としているように見えたラキルスが、ぐっと拳を握りしめ、僅かに唇の端を噛み締めていることに、長男は気がついた。


ラキルスは平気なわけでも、ましてや心配していないわけでもなく、行かないで済むなら行かないで欲しいけれども、他の人では対処できないだろうことが分かるから、そして、止めて止まるディアナではないから、自分の気持ちを押し殺して、苦渋を呑み込んで行かせているのだ。


「弱い人間が側にいるだけで、妻は守備範囲を広げなければならなくなる。近くにいるだけで、協力するどころかむしろ邪魔になるんです。だから、私だけでなく皆さんも、妻には近寄らないで頂きます。戦いの場で妻のためにできるサポートなど、私にはそのくらいしかないんです」


顔を上げたラキルスの表情には迷いがなく、ラキルスなりに向き合って辿り着いた境地なのだということが察せられた。



心配すればこそ、力になりたいと思っていればこそ、居ても立っても居られないものだ。

足手纏いにしかならないと分かっていたって、駆け寄らずにはいられなかったりもする。


でも、そんな自分のエゴは何が何でも抑え込んで、例え微々たるものであろうとも危険や負担を減らせると思える道があるのなら、ラキルスはそちらに徹してのける。



闇雲に体を張るのではなく、自分の弱さを自覚して、何が最善なのかを熟考し、その結論が本意とは言えないものだとしたら、己の心の方こそを律する。


それが、ラキルスの持つ強さなのだ。


そういう強さもあるのだ。



「―――――貴殿の覚悟に敬意を表する」


畏まりながら言葉にした隣国辺境伯家の長男に、ラキルスは苦笑を浮かべるしかない。


「覚悟せざるを得ないだけですけどね。私の妻は…計り知れないものですから」



そんな男性陣のやりとりはつゆ知らず、ディアナは道すがら拾えるものを拾っては投げつけながら、赤髪さんもどきとの距離を詰めていた。


他国に入国するにあたって武器を持ち込むわけにもいかなかったため、さっきは丸腰で対応する羽目になったが、今は先ほどの魔獣襲撃を受けて、折り畳みのナイフを数本貸して貰ってポケットに入れていた。

茂みにさしかかったあたりで、ディアナは手近なところに這っていた蔓を折り畳みナイフで適当な長さに切り取ると、鞭のようにしならせて、赤髪さんに打ち付ける。


力か勢いか固さか鋭さか、とにかく何かが強ければ、それが当たれば痛いものだ。石だろうが蔦だろうがモノは何だっていい。相手が痛ければ、それだけで攻撃としては用をなす。そしてディアナには確実に当てる腕がある。


ディアナの中では、『ヤツは赤髪さんではない』で確定だが、洗脳されているとか遠隔操作されてるとか、器だけは赤髪さんである可能性が拭い去れない以上は、息の根を止めてしまうわけにはいかない。

目的を探るためにも、まず優先すべきは、身柄の確保だろう。


でも、得体の知れない相手に必要以上に近づくのは危険だ。

もともと力勝負になったら勝てない可能性のあるディアナは、適度に距離を保ちながら戦うことが推奨される。距離が保てる上に、石のように投げちゃったらオワリではない『なんちゃって鞭』は、現状に適した武器と言えた。

蔦は強度としては十分とは言えないが、その辺にいくらでも生えている。ちぎれても次々調達可能なので、惜しみなく使い捨てに出来るところも大変都合が良かった。


ディアナは、赤髪さんもどきが動こうとする気配を察知しては、その手だの足だのを一早くビシャンと打ち、的確に抵抗を封じる。赤髪さんもどきは、反撃に出ようとしていると言うより、どうにかして逃げようとしている気配が濃厚なので、狙いどころは足だろう。


利き手ではない左も、素人目には遜色ないレベルで使えるディアナは、右手で蔦を振るいながら、隙あらば左手で石を打ち込んでいた。

攻撃としてはとても地味なのだが、赤髪さんもどきの右足の『弁慶の泣き所』の毎回同じ一点のみを、ねちっこくねちっこくひたすら狙っている。


よけたり庇ったりしようにも、蔦での攻撃により身構えざるを得ないタイミングで、すかさず弁慶に攻撃をかますという、えげつなさだ。

地味なダメージであっても、同じ場所を重点的に狙われ続けたら、その蓄積は舐めていられないものになる。当たる度に痛みはじわじわと増していき、最終的には相当堪えるものになるという、イラッと感満載のやり口である。しかも狙いはしっかり弁慶だ。あそこは痛い。かの辺境伯閣下(ディアナのパパ)だって普通にすんごい痛い。


姑息と言われようが、ディアナが体得しているのは魔獣と戦う術である。

ケモノ相手に騎士道とか武士道とかいった気高いマインドを発揮したところで、ケモノが正々堂々戦ってくれるわけでもあるまいし、無傷で帰ることの方が余程価値がある。

そもそもディアナは騎士じゃないので、騎士道とかどうでもええがな。


「くっ…!これだから南東の民は嫌なんだ!血を流さないどころか、近寄ることもままならない……!!」

「!!」


赤髪さんもどきが呻くように絞り出した声を、初めてちゃんと耳にしたディアナは、はっと息をのんで攻撃の手を止めた。


声が、完全に赤髪さんのものだったのだ。


地声は、声帯や体格で決まるもので、似せることはできても、骨格やら肉付きやらまでも同じでないと全く同じ声にはならないはずだ。

それなのに、赤髪さんの声を発した。


…ということは、少なくとも体だけは、赤髪さんのものの可能性が高いってことになるのでは―――――


「ええ~…?どうしたらいい………?」


ディアナが困惑している隙に、赤髪さんもどき?本人?は、若干足を引き摺りながらも茂みに身を隠し、気配を消した。

気配を消したとはいえ、激しく動いたら茂みが揺れるので、そろりそろりとしか動けないはずであり、確実にまだあのへんにいる。今ならまだ取り逃がしたわけではない。


取っ捕まえるべきなのは分かっているのだが、あまりの胡散臭さに迂闊に近づいてはいけない気がして、ディアナは一旦追わないでおくことを選択した。



だって、頭の中で警鐘が鳴り響いているのだ。



あれは、今までに対峙したことのない何かなのだと―――――。




<作者より一言>

作者が第2章で書きたかったこと。「弱さを恥じないラキルス」


ラキルスはヒーローでありながら戦闘力皆無ですが、

ただじっと待つことができるのも、ひとつの強さだと思うのです。

不安だと、人間いらんことしがちですからね…。

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