08. 遭遇
 
到着早々ひと騒動あったものの、速やかに魔獣を討伐してみせたことで腕に間違いがないことを証明した形になり、無事に隣国の辺境騎士たちからの信頼を勝ち取ったディアナとラキルスは、隣国辺境伯家の長男・次男から大歓迎を受けていた。
長男・次男は双子だと聞いていたが、二卵性だったようで、どことなく似てるなという程度にしか似ておらず、見間違えることなどまずない。…何かちょっと残念。
「三男さんは今どちらに?」
辺境伯領に到着してから、ディアナも簡単には探してみたのだが、赤髪さんらしき人物は見当たらなかった。
火祭りで見かけたのが赤髪さん本人だったとして、辺境伯領へ戻ったわけではないということになりそうだ。
「ああ、うちの三番目と面識があるそうですね。三番目は先日ふらっとどこかへ行ったっきり音信不通になってまして…」
「じゃあ、三男さんには、そっくりさんがいらっしゃったりはしませんか?」
「いや、覚えがないな。兄弟も皆それなりにしか似ていないし、あそこまで赤い髪は、うちの家系でも三番目だけだ」
確かに、三男はどっからどう見ても赤髪だったのだが、双子の髪の毛は、赤みがかってはいるが赤よりも茶が強い。その色も長男と次男では若干異なり、次男の方が赤みが強い。
どうでもいいことではあるが、長男・次男は話し方も似ていない。ちなみに、丁寧口調なのが長男、ざっくばらんなのが次男だ。
こうなったらもう、長男は右利きで次男は左利きとか、とことん違ってて欲しいというのが、ディアナの密かなる野望である。
「王太子殿下から、最近の三男さんは人が変わったかのようだとお聞きしたのですが、お兄様方の目から見ていかがでしょうか?」
ラキルスが変に警戒されないように言葉を選びながら訊いてみると、双子は頷きながら答えてくれた。
「そっちの国から帰ってきた当初は、発奮したのか、訓練にも討伐にも励んでて、いいカンジだったんだけどな…」
「ある魔獣と戦った際に、怪我を負って発熱し、数日間寝込んだことがありまして…。その後からでしょうか。三番目の言動がガラリと変わってしまったのです」
なんと、きっかけらしきものがあるらしい。
ということは、別人が成り代わってるのではなく、皆さんが感じている通り、赤髪さん本人が変わってしまった、ということになるだろうか。
だけどディアナは、火祭りで目にした身のこなしの違いを、軽く受け流すことができずにいる。
基本的な体の使い方は、もう身に沁みついているものなので、どれだけ意識しても必ずどこかにクセが残るものだという考えがぬぐい切れないのだ。
こういう言い方もどうかとは思うが、そもそも赤髪さんの力量では、ディアナの目を晦ますこと自体がまず難しいと思ってしまうのだ。
「動きのクセなどにも変化はありましたか?」
真剣な表情で問うディアナに、何か感じ取ったらしい長男は、慎重に考えてから顔を上げた。
「三番目には、動き出すときに進行方向に足先が向くというクセがあるのですが、そのクセがなくなっていますね。寝込んだことで筋肉量が減って、動きにも影響が出ているのかと思っていましたが…」
やはり、動きのクセそのものが変わっている。
もし、そっくりさんが赤髪さんと入れ替わっているのだとしたら、この怪我のタイミングだったってことになると思うが、寝込むほどの怪我の治療に医者なりの第三者が介在しないとは思えないので、ただの偽装ではなく、少なくとも傷は本当にあったはず。
入れ替わるという目的があったにせよ、わざわざそんな大怪我まで負う必要はないと思うし、やはりそっくりさん説はあまり信憑性がないように思える。
火祭りの彼が『赤髪さん本人』なのだと、ディアナが納得できるだけの材料が足りないので引っかかり続けてはいるが、『本人ではない』と否定する要素も全然足りない。
ディアナはそれなりに医学的知識はあるが、学者ばりに人体のメカニズムを熟知しているわけではないので、テキトー感は否めないが、高熱によって脳細胞の何某かがやられちゃって、命令伝達機能の一部に影響が出ているとか、なんちゃら神経に不具合が生じているとか、そういう類のことなのかもしれない。
きっと自分の与り知らない領域のお話に違いないと、ディアナは無理矢理自分を納得させて、気持ちを切り替えるしかなかった。
とりあえず仕事にとりかかることにしたディアナは、まずは隣国の辺境騎士たちのレベルを確認することから着手した。
でも、そこは腐っても辺境騎士。赤髪さんにまあまあの実力があったことからも予想できる通り、皆さん基礎はちゃんとしているし、それなりに技術もある。
あとはまあ、感度の鋭さや精度の高さがもうちょいってところだが、これはもう経験でカバーするしかない気がする。
『気配の読み方』などは感覚的なものが強く、説明してアタマで理解するものでもない。ディアナ自身、父から「肌で感じろ」とか「細胞の声を聞け」とか言われて育っているし、ディアナの領地の騎士たちも概ねそれで通じるので、そういうものということで納得してもらうしかない。
「感度や精度は一昼夜でどうこうできるものじゃないので、そこはじっくり磨いてもらうとして、とりあえずは環境を整えましょうか。まず、あの草原は燃やしちゃいましょう。手前に水田があるおかげで、民家に飛び火する可能性も低いし、さくっと火ぃつけちゃえばいいと思います」
「いや待てディアナ。ディアナの領地は、魔獣の森の近くにはほとんど草が生えていないから、野焼きしたところで大した火にもならずに程なく消えるんだろうけど、ここは完全なる大草原だ。これだけの面積、更にあの丈の草に火なんてつけたら見渡す限りの火の海になる」
浅い考えで、思い立ったら吉日的な動きをしようとするディアナを、ラキルスは冷静に制止する。
「すぐ近くから激しい火の手が上がって、大量の煙が魔獣の森に流れ込んだりしたら、命の危険を感じた魔獣が、一斉に森の外に逃げ出してくる可能性が高い。火元に向かってくるわけはないから、ディアナの領地や他国の領土に押し寄せてしまう事態を招きかねないのに、事前通知もせずにいきなりそんなことしたら、国際問題に発展する」
「えぇ~………。たかが野焼きなのに………?」
ディアナの家では時々、魔獣の森付近の草にフツーに火をつけていた。他国に通知とかしてた覚えは一切なく、討伐の帰りなどに辺境伯が「そろそろ燃やしとくか」くらいのカンジで、突如として火打石をカツカツ打っていた印象しかない。
ただ、実際は、辺境伯は季節や風向きなどを何気にちゃんと見極めた上で行っていた。そういうところは肌感覚に近いし、討伐にあたっては、ディアナは父とはポジショニングが異なるため、そういう部分が思いのほか伝わっていなかったダケのお話である。
「ディアナは何かする前に、頼むから私に相談してくれ」
「そうする…。なんかもう分かんないから、頭脳は全部ラキが担当して?その代わり筋肉は、ラキの分もわたしが担当するから……」
ディアナは、脳筋の自覚を持って生きてきた。
だけど、重要局面以外の部分は、さすがにフツーに行動しても大丈夫だと思っていたのだが、『フツー』って難しいのだということを痛感してしまった。
フツーのつもりでやったことがフツーじゃないかもしれないなんて、じゃあ、何ならオッケーで何はアウトなのか。もうフツーが分からない。
だからディアナは、「うちは分業制」だと割り切ることにした。
ディアナだったら、考えても考えなくてもどっちにしろ物騒な方向性にしかならないのだから、そこらへんはもう王都でも名高い頭脳を誇るラキルスに託してしまえばいいのだ。
そしてディアナは、生家を見回したら別に誇れるほどではない気がするけどラキルスよりはあると自負している筋肉に専念する。今まではあまりパワーは重視してこなかったが、必要とあらば、筋肉だるまな父か兄にバッキバキになる方法を伝授してもらって来ましょうぞ。
「じゃあ、あの草の始末はラキに任せ―――――」
言いかけたディアナが、勢いよく振り返った。
その際ディアナは、振り返る動作に付随させるようにして、すかさず足元にあった石を拾い上げ、いつでも投げられるように両手に握り込んでいる。
つられてラキルスも振り返るが、ディアナが何に反応したのかは、正直なところ分からなかった。
視線が向けられている方向を、目を凝らしてよく見てみると、少し先の茂みの陰に、フードを被った人物が身を潜めるように立っていて、じっとこちらの様子を窺っているように見受けられた。
「三男さんか…?」
ラキルスの言葉に反応した隣国辺境伯家の長男が、茂みをしげしげと見つめながら呟いた。
「…ああ、あんなところに…?三番目…のように見えますね」
「ちがう」
ディアナは即座に否定した。
ディアナは既に結論づけていた。彼は赤髪さんではない。
少なくとも、ディアナ達が自国のパーティーで会ったときの赤髪さんの気配とは、確実に何かが違っている。レベル感の操作どころではない。質そのものが違う。
気配の質が違うって、どういうことだろう。何がどうなればそうなるのか、ディアナにもさっぱりわからない。
つまり
「どうにもこうにも得体が知れない…!!」
 




