06. ニセモノ
ディアナとラキルスは、本題の基礎訓練指導を行うべく、いよいよ辺境伯領へ向かって出立することになった。
すっかり打ち解けた隣国の王太子とは王都でお別れとなったが、入国からずっと担当してくれているコーディネータが引き続き同行してくれるそうなので、これといって心配はしていない。
少しずつ都会感がなくなっていき、広がる風景も長閑なものへと移り変わってはいくが、コーディネータがポイントポイントでお勧めスポットを案内してくれており、飽きることなく異国の旅を楽しむことができていた。
休憩で立ち寄った途中の町で、コーディネータが、
「この先の村で、丁度いま火祭りを開催しているのですが、ご覧になって行かれますか?」
と声をかけてくれた。
「火祭り?」
「ええ。お焚き上げから発展した厄払いのお祭りなのですが、なかなか荘厳で見ごたえがあるんですよ」
「へー…」
ディアナは火も大好きだ。
血が滾ると言うか何と言うか、何故なのかは自分でもよくわからないが無条件にテンションが上がる。燃え盛るほどに上がる。
なのでもちろん興味津々だし、寄り道していきたい気持ちはやまやまなのだが、ディアナの趣味嗜好でラキルスを振り回して、また「寿命が…」って言われたらどうしようって気持ちが沸き起こってしまい、そろ~っとラキルスの顔を窺った。
ただのお祭り見学なので、そもそも命が削られる心配などする必要もないはずなのだが、ディアナにしてみたらバンジージャンプだってただ楽しいだけだったので、ラキルスが何をもってして寿命が縮む思いをするのか、ディアナはあんまりちゃんと分かっていないのだ。ただ、自分の感性が世間一般からは外れているんだろうなってことが認識できているだけなのだ。
ディアナの心境が手に取るように分かってしまったラキルスは、
「厄が落とせるなら、健康長寿に御利益ありそうだな」
と、くすりと笑いながら零した。
「行きましょう!うちの旦那さまが、アタマのてっぺんから足の爪先まで全身隈なく火の粉を浴びてみせます!」
「いや、引火したら大変だし、煙を浴びるくらいで十分だよ」
「火の粉やめます!煙にします!」
大変わかりやすいディアナを掌の上でコロコロ転がしつつ、ディアナが楽しめるように配慮も忘れないラキルス。この辺の匙加減は、もうすっかりお手のものになりつつある。
そして、少し暗くなってきてからの方が火が映えるということで、ディアナとラキルスは、夕刻になってから火祭り見学に出掛けた。
組み上げられた巨大な松明を中心に、小さい松明を手にした人々がその周りを取り囲み、松明の火で何やら模様のようなものを生み出している。魔除けの意味をもつ印の類らしい。
中心の松明の火もなかなか勢いが強く、取り囲む人々の数も多いため迫力もあり、荘厳で清らかな空気が漂う。確かに厄が払えそうな気がする。
ラキルスの厄を徹底的に払いたいディアナは、ぐいぐいとラキルスの腕を引っ張って、風下に陣取った。
そこそこ風があったため煙は浴び放題ではあったが、火力が強めなのでかなり煙たく、熱い上に息苦しさもある。
「ごほっ…えほえほっ…」
咳込みつつも、ラキルスは大人しく煙を浴びている。もともと瞑想を嗜むラキルスは、神事や儀式といった類のものへのリスペクトが強く、煙たいくらいでつべこべ言ったりはしない。
そんなラキルスの振る舞いに心の中で賛辞を贈っていたディアナは、ふと異質な何かを感じて、違和感を覚えた方向に目を向けた。
巨大な松明の向こう側、更にかなり距離が離れた風上の木の陰に、フードを被った男性らしき人物が、ぽつんと一人立っている。
周囲には人がいないわけではないが、ちょっと様子を覗きにきただけなのが丸わかりな室内着に近い格好の地元の人や、人の少ないところで休憩したいんだろうなってかんじの人などしか見当たらず、フードの人も火祭りを見学しているようには見えない…と言うか、纏っている雰囲気からして、巨大な松明を忌々しげに睨みつけているようにしか見えない。
人が多いし距離も離れているので、露骨に観察してもきっとバレないだろうと判断したディアナが、しげしげとその人物の様子を窺っていると、何かを感じたのかパッと顔を上げたフードの人と、思いっきり目が合った。
「―――――あれ、赤髪さん………?」
フードの陰から覗いたその顔は、ディアナも見知った『赤髪さん』こと辺境伯家の三男のものだった。
遠目ではあったが、ディアナは遥か遠くの米粒みたいな獲物を視認できるだけの視力を持つので、多少の距離など物ともしない。
松明の炎に映し出された特徴的な赤い髪色も、目や鼻の大きさや配置なども、赤髪さんそのものに映った。
何とも言い難い違和感を覚えながらも、ディアナは手を振ろうと腕を上げかけたのだが、それよりも早く、赤髪さんはギッとディアナを鋭く睨みつけると、すぐさま踵を返して、足早にその場から離れていく。
「え、あ…」
ディアナは後を追うことを考えてはみたものの、もともとかなり距離が離れている上に、祭りの人出が半端なく多く、この人込みの中では追いつける気がしなかったので、すぐに断念した。
「ディアナ?どうかしたか?」
様子のおかしいディアナに気づき、ラキルスが声をかける。
ディアナは、ゆっくりとラキルスの顔を見つめ、静かに呟いた。
「赤髪さんがいた…けど………身のこなしが赤髪さんのものじゃなかった………」
赤髪さんらしき人物は、フードを被っていて隠されていた部分もあるし、人出の多さで足元などまでは見えなかったので、意外と個体差の現れる耳や、手足の肉付きなどの細部まで確認できたわけではなかった。
でも、少なくとも、踵を返して去って行くときの身のこなしは、ディアナが記憶している赤髪さんのそれとは異なっていた。
距離に加えて、間に人が多かったこともあり、明確に気配を識別するには至らなかったのが悔やまれるところなのだが、ディアナの特技を駆使した『動きのクセ』から判断するならば、今しがた見かけた彼は『赤髪さんではない』ということになる。
…そのはずなのだが、フードから覗いて見えた顔のパーツは、完全に赤髪さんのものとしか思えなかった。
目・鼻・口の大きさ、目尻に寄る皺、目と眉毛の間隔、微妙な配置に至るまで、変装でどうこうできるとは思えないレベルだったのだ。
この世界には、魔獣はいるが魔法といった類のものはなく、ちょちょいと人の外見を変えることなどできないはずである。
整形手術はあることはあるが、別人に成り代われるレベルにまで顔のつくりを変える手術をして、この短時間で痕を残すことなく綺麗さっぱり回復するなんてことは、とてもじゃないが不可能だろう。
そういった諸々から総合的に判断するなら、赤髪さんが身のこなしを変えたと考えるのが一番しっくりくるのだが、身のこなしは、骨格や筋肉の付き方などがモロに影響してくるため、意識的に変えられる程度は知れている。
ディアナの抱いた感覚としては、『別人が精巧な皮をかぶっている』というのが、最もしっくりくるように感じる。
つまり、ディアナ的にはニセモノということになる。
…けれど、何かが釈然としない。
やっぱり何処か引っかかる。
ディアナの感覚的な部分が上手く説明できさえすれば、きっとラキルスが何某かの道を示してくれるはずなのに…という意味でも消化不良感が否めないディアナは、何とも言い難い不快感を抱えたまま、火祭りの夜を過ごすことになったのだった。




