05. 鉄拳制裁案件
隣国の王都に滞在中のディアナとラキルスは、予定されていた国王夫妻との会食をこなし、王都観光やグルメを楽しんだ後、基礎訓練の支援に向けた準備にとりかかっていた。
もちろん支援先は、対魔獣の最前線である辺境伯家になるわけで、隣国辺境伯家側の窓口は、ディアナやラキルスと面識のある『赤髪さん』が務めるものと思われていたのだが。
「お二人もご存じの赤髪の彼は、辺境伯家の三男坊なのだが、実は最近、彼の様子がおかしいのだよ」
神妙な面持ちで語る隣国の王太子に、ディアナとラキルスは顔を見合わせた。
「おかしい、とは?」
「彼は、『辺境伯家の人間』に対して一般的に抱かれがちな印象からすれば控えめな性格をしていて、これまでは横柄な態度を取ることなど一切なかったのだが、最近らしくない言動をするようになったと言うか…」
言葉を選びながら語る隣国の王太子だったが、ぼんやり表現されてもモヤッとするだけのディアナは、ズバリと切り込んだ。
「オラオラしちゃってるわけですね?」
「客人を前にこういう表現もどうかとは思うが、一言で言ってしまうとそういうことだ」
隣国の王太子、一応ディアナたちの立場を慮って、表現上配慮してくれていたらしい。何を今更って気もするが、すぐ「知らん知らーん」となりがちなディアナとは、こういうところがちょっと違うと言うか、体裁を整えることに慣れている感がある。
でも、ディアナとしては「おっ?」ってなるのそこじゃなくていいと思う。
「オラりそうにないカンジでしたけどねぇ…」
「うむ。だからおかしいのだ。今日は機嫌が悪いんだな、などというレベルではなく、本当に人が変わったとしか思えない、また誰かと入れ替わっているのかと疑いたくなるほどの変わり様なのだ」
隣国の王太子がここまで言うのだ。本当に豹変と言っていいレベルなのだろう。
となると、コレもう物語でありがちなアレで決まりでしょう。
「わかりましたあれです!実は双子だった説」
自信満々言い切るディアナだが、隣国王太子は冷静に返した。
「いや、それはない。辺境伯家の長男次男は双子だから、三男が双子だったとして伏せる意味がわからない」
「ありゃ…初手で完全論破されちゃった…」
双子にまつわる迷信が深く根付いている地域もあると聞いたことがあったから、ディアナ的にはなかなかイイ線いってると思えた説だったのだが、まあ所詮は降って湧いた単なる思いつきでしかないので、何ら思い入れはない。論破されたところで痛くも痒くもくすぐったくも…という、いつものヤツである。
というか、他国でまで思い付くまま口にするのは止めとこうやディアナ。
「まあ何と言うか、本人が自分を変えたいと思っていた可能性もあるとは思う。もしそうであったのならば、其方たちとの出会いは大きなきっかけになったことだろう。そのくらい奥方は衝撃的というか…その、なんだ…インパクトが強かったのでな」
「ん?奥方ってわたし?」
「うむ」
(…わたしの影響で、赤髪さんがガラの悪い方向に変わっちゃったって言ってるかのように聞こえる…。わたしって高圧的に見えてるってこと…?)
確かに、前回の隣国ご一行来訪のとき、ディアナは、赤髪さんにも王太子の護衛(※ディアナの国でやらかしたため、現在謹慎処分中)にも怯えられていた。
「なんで?」という釈然としない思いはありつつも、そのこと自体は別にショックでも何でもなかったし、ラキルスは「そんな嫁でも構わない」と言ってくれたしで、正直なところ全く気にしていなかった。
だけど、周囲はどう感じていたのだろうか。
高圧的といえば、その代表的な存在といったら、ディアナの父・辺境伯だろう。
ただ無言で立っているだけのことで、大抵の人は威圧されているように感じるらしいし、ただちらりと横目で見られただけで、睨まれたような気分になるらしい。特に何の意味もなく「あ」って言っただけで、びくっとされたりもする。辺境伯には威嚇の意図はないにも関わらず、だ。
それは、強面で筋肉だるまで、声もデカく、性格も行動もガサツな、見るからに脳筋な父だからこそのことだと、ディアナはついさっきまで思っていたのだが、父に限ったお話ではないのかもしれない。
ということを踏まえて、ディアナを見てみよう。
顔つきはキツくはないが、お転婆が滲み出た溌溂とした表情をしている。父似ではないから考えたこともなかったが、『コワモテじゃない』と言い切ってもいいものかどうかは、ディアナには判断できない。
体つきは、『余計な脂肪が一切なく全身引き締まっている』と表現すると聞こえは良いが、女性なのでさすがにゴリマッチョではないというだけで、実は腹筋はそこいらの王都男子にグーパン入れられても耐えられるだろうなというくらいにはカッチコチである。
そして皆様ご存じのとおり、声はデカい。高く明るいトーンだが、ぱきっとした張りのある声なので、よく通るしよく響く。
性格は疑いようもなくテキトー且つ大雑把であり、自他ともに認める脳筋である。
せめてもの救いは、行動に隙が無いおかげで、所作はピシッときまっていることくらいかもしれない。
………気のせいでなければ、印象としては辺境伯のソレと大して変わらない。
(なるほどね?『いかにも辺境伯の娘』に見えちゃうわけね!?)
ディアナは、自分が世間からどう見られているのかを、かなり正確に把握することに成功した。
ま、ディアナが辺境伯家の娘なのは紛れもない事実なので、世間さまからどう見られようが、ディアナ自身はショックも何も感じはしないのだが、ディアナのせいでラキルスが「おっかない嫁が来ちゃって可哀そう…」みたいな憐憫の目で見られたりするのかもと思うと、何かちょっとちくっとするような…。
「………?」
今まで感じたことのない何かに、ディアナは少しモヤモヤしたものを覚えたが、感じたことがないということは、つまり初めて経験することなんだろうから、アタマで考えたところで答えが出せるとは思えず、ディアナは考えることを放棄した。
どうせ考えたって分からないんだから、無駄なことはしなくていい。
分からないことはラキルスに訊けば、ちゃんとディアナにだって分かるように説明してくれるから、そのうち訊いてみればいい。
―――――とはいえ
「なんかちょっとすっきりしないから、赤髪さんが無駄にオラオラしてるんだったら、鉄拳制裁かまそう。そうしよう」
多少モヤッとしたところで、『ラキルスが憐れまれないように脳筋的思考を放棄しよう』なんてつもりはディアナには更々ない。
だって、ストレスは暴れたり叫んだりして解消するものなのだ。ラキルスみたいに瞑想したって、ディアナの場合はスッキリなんてしないのだから、これはもうしょーがないのだ。
「いきなり制裁も何だから、まずは訓練メニューをハードモードにするくらいで手を打ってみるのはどうだろう?」
「よしそれで行こ。ゴリゴリしごいたる…。それで改心しないときは鉄拳じゃ…」
「うん。そうならないことを陰ながら祈ってるよ」
妻の尻に敷かれているようにも見えつつ、その実やんわりと手綱を握っているラキルスに、感心したような目を向けながら、隣国の王太子は常々不思議に思っていたことを問いかけてみた。
「ラキルス殿と奥方は、良い関係を築けていることが意外に思えるほどタイプが異なるように感じるのだが、考え方や行動パターンの違いが気になったりはしないものなのだろうか?」
ラキルスは特に気に障った様子もなく、ふむと顎に手をあてる。
尚、しごきイメトレに入ったディアナは、もう隣国の王太子のハナシはさっぱり聞いていないし、王太子もディアナの答えは期待していない。
「私の場合は、になりますが」
ラキルスは少し考えながら、口を開いた。
「価値観が近かったとしたら、ちょっとした違いが目についていたのかもしれませんが、私と妻はあまりにも違いすぎて、反対に全く気になりません。私達くらいかけ離れてしまうと、もう『違って当たり前』という感覚しか覚えようがないので、むしろすんなり受け入れられるのかもしれません」
口にすることで、ラキルス自身も気づいた部分があるのだろう。僅かに頷くような仕草をした。
「初めからベクトルの向きが完全に異なっているので、比べようがないと言いましょうか、優劣がつけられるものでもないので、精神的にも非常に楽ですね」
言葉にしながら、ラキルス自身も得心が行った。
ラキルスはディアナから、さんざん弱っちい弱っちい言われているが、それを悔しいとか情けないとか思うことがなかったのは、そもそもラキルスとディアナでは主戦場が異なるという認識に、疑いの余地などなかったからだ。
灼熱の地に暮らす人間が暑さに強く、極寒の地に暮らす人間が寒さに強いことに対して違和感を覚えることがないのと同じことで、辺境で育ったディアナが戦いは強いが腹芸には弱く、王都で育ったラキルスが戦いは弱いが腹芸には強いのは、ベースが違うんだからそんなもんだろうと、構えることなく受け止めることができている。すんなり割り切ることができている。
無理矢理自分を納得させているわけではないので、『弱い』というネガティブともとれる表現も、自分を卑下することなく許容することができる。
ディアナがちょいちょい口にする『弱っちい』という表現も、そこに蔑もうといった意図はなく、『そういう個性』みたいな扱いなのだと捉えることができている。
ディアナとの婚姻がなければ、ラキルスがそんな心境に至ることは生涯なかったに違いない。
『姫に恥をかかせてはいけない』という一心で武装しすぎていたラキルスに対して、ディアナが『表面上だけ取り繕われたって気持ち悪い』『正直な気持ちを見せてくれなきゃ信頼できない』と一刀両断したことは、ラキルスにしてみれば目から鱗だった。
『爽やかな好青年』という触れ込みばかり取り沙汰されていたラキルスに、『信頼できることが何より重要で、表面はどーでもええ』と断じる女性になど、出会ったことがなかったのだ。
『姫の婚約者』という肩書に、必要以上に気負って生きてきたラキルスには、魔獣の剥製にビビって取り乱すような決してカッコいいとは言えない姿を晒しても、「素を見せてくれた」とむしろ喜んで受け入れてくれた事実は思いのほか大きく、カッコ悪いことをマイナスに捉えずに済むようになった。
弱っちいけど、カッコ悪いけど、「でもこういうトコロはウチの旦那さま凄いでしょ!」と、ディアナは目いっぱい胸を張ってくれる。
遠慮なくこき下ろされる代わりに、褒め言葉にはお世辞も社交辞令もない。
そんなディアナの隣は、今となっては心地良い。
「普通に出会っていたら、相容れることはなかったと思います。思いがけないご縁に感謝していますよ王太子殿下」
そしてラキルスは、晴れ晴れと笑いながら付け加えた。
「もちろん、イヤミではありませんからね?」
<作者より一言>
隣国王太子の護衛は、謹慎処分中のため第2章出番なしです。
赤髪さんは、厳重注意くらいで済んでいます。
謹慎してグダグダするよりも魔獣と戦えってことだと思ってください。




