01. やりたくないことは出来ないフリ
大変ご無沙汰しております。
遅筆なため今頃なカンジになってしまいましたが、第2章をはじめさせていただきます。
まだ直したい部分があるため、更新は毎日ではない予定ですが、
またしばらくおつきあい頂けましたら幸いです。
よろしくお願いいたします。
「面倒くせえな」
「でしょうね」
渋面の辺境伯を前に、ラキルスは静かに頷いた。
只今、ディアナとラキルスは辺境伯領に来ている。
今回はなんとディアナはオマケで、ラキルスの任務遂行のため、辺境伯の許へと馳せ参じていた。
本来ならこれは、学園を卒業して間もない、公爵家の執務を手伝いはじめたばかりのラキルスが負うような任務ではないのだが、真に任を負うべき王太子殿下(※隣国のではなく、自国の)がビビり倒して自室に立てこもってしまったため、ラキルスが代理で遣わされて来た次第である。
もちろん最初は上層部とて、王太子を説得する方向で動いていた。
だが、王太子からよくよく話を聞いてみたカンジ、ラキルスくらいしかこの任務が務まりそうな人物がいないと判断され、こんなことになっている。
というのも、事は例の王命に端を発していたからだ。
辺境伯とディアナに、『ラキルスとの婚姻』という王命を言い渡すために王都への招集命令を出した際、かの辺境伯閣下だったら伝令を受けただけでは堂々とブッチする可能性が否めなかったため、王太子殿下が遥々わざわざ辺境伯領までお迎えにあがっていた。
その際、ほんの一時であろうと辺境を離れる気がなかった辺境伯は不機嫌極まれり、黙って立ってるだけだというのに「押し拉がれるとは、こういうことか」と感じるほどの圧を放っていたという。
(これ、『そちらの娘さん、王命で結婚させるから』なんて告げようものなら、きっと殺されるだろうな…)
そう感じ取った王太子殿下は、王命に関しては一切匂わせることなく、騙し騙し王宮に連れて来るだけで精一杯だったそうだ。
そして、案の定ぶちキレた辺境伯を目の当たりにし、その矛先が己に向かうことに怯えた。
結果、王太子殿下は、「辺境伯閣下のところに、おつかいに…」という言葉が飛び出した瞬間に、自室に立て籠るようになってしまったらしい。
その点、何と言ってもラキルスは辺境伯の義理の息子になった身である。
更に何と、嫁と共に、ちょいちょい辺境にも帰っているというお話である。
つまり、かの辺境伯に対する耐性がある。
こんな適任者が他にいようか。
という経緯を経て、国の上層部の中には、『辺境伯家との橋渡しはラキルスの務め』という暗黙の了解が出来上がったとか何とか。
ちなみに、ディアナに託すという選択肢は、さくっと消されている。
『ゴリゴリに戦えるディアナに命令なんかして、キレられたりしたらコワイ』とかいうことでは全くなく、『あまり深いことを考えていなさそうなディアナが、辺境伯閣下に下手なことを吹き込んだりしたら堪らない』という判断によるものなのだそうだ。妙に納得できてしまうあたり、ちょっと何とも残念な子である。
ということで辺境伯家へおつかいにやって来たラキルスだが、託された任務は、辺境伯閣下の説得だった。
隣国は、『今回の和睦を契機に、ディアナの家から技術トランスファーを受けられないか』とお伺いを立ててきたそうだ。
やっと和睦への道を歩き始めたばかりの両国だというのに、いきなりそんな重要な領域をオープンに出来るわけがない。
まあ、ディアナん家のことだから、一子相伝の秘技が隠されていたりなんてことはなく、ただ単に尋常ならざるブートキャンプでゴリゴリ鍛え上げているだけのお話であろうことは、上層部のお歴々にも容易に想像がついていたが、辺境伯家に関することは、おいそれと口にすることも憚られる。
だが、隣国にとって最も重要なのは魔獣対策であり、そのエキスパートたるディアナの家から何らかの協力を得られずには目的が達成されない。
要するに、辺境伯家の人間が話し合いの場にいないと、どうにもこうにも埒が明かないのだ。
だからラキルスに、『辺境伯家の人間(出来れば辺境伯本人)を交渉のテーブルに引っ張り出せ』というミッションが課されたのである。
何も聞かされず、ただ付いて来ただけ状態だったディアナは、このとき初めて任務の中身を知った。
そしてディアナが何を思うかと言えば、
(辺境伯家の人間は、お父様を筆頭に、揃いも揃って笑えるくらい脳筋なんだから、言っていいこと悪いことのラインを見極めつつ交渉を…なんて無茶なお話だってことに、さっさと気づけばいいのに…)
なんてことだった。
だって、辺境伯家ではキホン、腹は割るものであって探るものではないのだ。
今までずっと辺境伯家はそれでやってきていて、国だって放置だったくせに、ここにきて「いやいやそこは…」みたいなこと言い出すなんて、辺境伯家にしてみたら反則でしかない。
暴れていいですか。いけない理由があるなら三十文字以内で説明していただけますか。誰もが長文を理解できると思ってんじゃねえですよ。一文字でもオーバーした時点で思考を放棄してやりますぜ。
「ラキ。そういう繊細な交渉の場に辺境伯家を引き摺り出すなんて、どんな結果を招くことになるか、お前ならわかるな?」
穏やかな笑みを浮かべながら、言い聞かせるかのようにラキルスをじっと見る辺境伯。
「まあ、はい。仰りたいことは一応」
わかっていようがいまいが、ここにおいては関係ない。ラキルスにはそう答える以外の道は用意されていないし、ラキルスもそれは重々承知している。
「ということでラキ。おまえに任せる。おまえだったら辺境伯家のことも何となく分かるだろうし、国として妥当なラインとやらも見極められるだろう。判断に迷うときは『ディアナに出来るか』を基準にしていい」
若干表現を取り繕ってはいるが、要するに丸投げである。
「正直言えば、こうなるだろうと思ってました。…ですが義父上、ディアナは兎も角として、義父上にはその見極めはできますよね?」
覚悟はしていたので静かに受け入れたラキルスだったが、ここで軽くジャブを打ってみる。ディアナは素直だし嘘が顔に出るタイプなので、どこまで行ってもこのまんまなのだろうが、辺境伯はそうではないはずだ、と。
そこに反応したのは、辺境伯ではなくディアナだった。
「え、なに『ディアナは兎も角』って。ええ出来ませんけど。どれだけ気が大きくなろうとも調子に乗っちゃっていようとも出来るとか言いませんけど。…じゃなくて、まるでお父様は出来るみたいな言いっぷりはどういうこと?出来るのお父様?本当は出来ちゃうの?」
「知ら~ん。俺しら~ん。俺の仕事は魔獣倒すことだから他は知ら~ん」
この白々しいすっとぼけっぷりは、ラキルスの言う通りということだろう。
やはり辺境伯は、脳筋の皮を被ったとんだタヌキということのようだ。
まあ、そうであって貰わないと困る。一国の将たらんとする人物が単なる脳筋では、何と言うか、かなりイタイ。
「承知しました。私を信頼してお任せくださったと思うことにします」
「うむ。うちの義息は優秀で助かる」
ラキルスとしては、何がなんでも辺境伯の化けの皮を剥がす必要はないので、そこはしつこく食らいつくことなく引き下がった。
ただ、ラキルスは辺境伯の力量を過小評価などしていない、本当の適任者はラキルスではないことを理解している、ということを、知っておいて欲しかっただけだ。
そんな中、ひとり動揺しているのはディアナである。
「待ってお父様、わたしだけ置いていかないで?じゃあ、わたしの脳筋は誰の血なの?わたし、もしかしてお兄様の子なの?」
ディアナの発言からもお察しいただけたことだろうが、長男は最もディアナに近い思考回路の持ち主である。早い話がTHE・脳筋である。
「何をとち狂ってるんだディアナ。あいつとお前の年齢差は五歳しかないだろうが。安心しろ。父と母の脳筋な部分だけで純粋培養したのが、辺境伯家の子供たちだ」
ごもっともなことと、うん?ってことを織り交ぜて来る、なんとも絶妙にコメントしにくい辺境伯の返しに、釈然としないような表情をしているものの、そこはディアナ。気持ちの切り替えは得意である。
「…喜んでいいのか分かんない…。でも特に困らないからいいや…」
「そうだぞディアナ。最後に勝つのはポジティブなヤツだ。だからディアナはいつも勝つ!」
「うしっ!勝つ!」
有耶無耶なままに懐柔されていく、ど単純なディアナを目にしながら、
(ディアナは褒められて育ったんだな…)
などと、妙な方向に悟るに至るラキルスがいたのだった。
<作者より一言>
第1章から、時間はほとんど経過していません。
なので、夫婦の関係もほとんど進んでいません。
ディアナはまだ客間暮らしです。




