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おまけ. 芸術って爆発じゃないの

そういえば最終話で触れてないな~と思い立ってのオマケです。

補足くらいのつもりだったので、山もなければオチもありません。

それなのに何も考えずに書いたら意外と長くなってしまいました…。

公開するに値しないかとボツも検討しましたが、いつでも削除できるからと思うことにして、とりあえず公開してみます。


お暇なときにでも、おつきあい頂けましたら幸いです。


「………これはディアナが刺したのか………?」


机の上に置かれた物をまじまじと見つめながら、ラキルスが呟いた。


「あーうん。確かに刺したは刺したけどね。なんだろねソレ」


軽く笑いながら、ディアナは何の感慨もなさそうに答えた。


机の上には、ディアナがいつぞやノールックでテキトーに刺した刺繍が置かれている。『ラキルスの観察が目的』ってことをカモフラージュするためだけに、図案も何もなく、ただ無の領域を解き放しつつ刺したものなので、もちろんディアナには何の思い入れもないし、『刺繍を刺した』という認識すらない。単なる『どうでもいいモノ』である。


だがラキルスは、何というかこう、心に強く訴えかけて来る何かが込められているように感じ取ったらしい。


情熱?

情熱的な?


「芸術作品な気がする………」


神妙に呟くラキルスに、ディアナは思わず吹き出した。


「あはははっ!そんなわけないよ~。こんなんゴミゴミ!」

「いや、それこそ何を言ってるんだ。これはディアナが結婚後はじめて刺した刺繍なんだろう?なら私へのプレゼントってことでいいよな?」


真剣な表情で、真っ直ぐにディアナを見つめるラキルスに、ディアナの方が少したじろぐ。


「え、こんなゴミを??嫌がらせしてるみたいな気分になるから、他のにしない?あ、ほら、公爵家の家紋とか刺繍するから、色指定つきの図案ない?お義母さまなら持ってるかな?」

「家紋は改めてやってもらうとして、これも欲しい」

「本当にコレ…?………こんなゴミでいいの……?インク拭くくらいの使い道はあるだろうから、まあいいのかな…?」


珍しくグイグイくるラキルスに、ゴミとしか思えないものなんか別にどうでもいいディアナは、掃除に使ってね~くらいのつもりで了承した。

どうせ捨てるつもりだったんだから、どんな使われ方をしようとも、これっぽっちも気になんかしない。


だが、それを手にしたラキルスは、丁寧に他の布に包むと、どこかにすっ飛んで行った。



「…そういえば、ラキに贈り物なんてしたことないかも………」


顔を合わせたその日に婚姻を結んだディアナとラキルスには、そういった普通の交流が極めて乏しい。


ラキルスからは、隣国王太子の歓迎パーティーにあたってドレスや靴などをプレゼントして貰ったが、ディアナからはまだ何も贈ってはいないということに、この時に至ってやっと、ディアナは気が付いた。

ラキルスは細かいことをグチグチ言う性格ではないから、ディアナはその事実を認識することもなく今日まで来てしまったが、これはどう考えてもよろしくない。


「…あんなゴミ欲しがるくらいだし、ラキって刺繍好きなのかな…?それならやっぱ、家紋を刺したハンカチはマストだよね………」


妻としての己の至らなさを反省したディアナは、図案(色指定つき)を入手するべく、義母のもとに向かった。



「公爵家の家紋は、ハンカチには向かないのよ…」


義母は苦笑を浮かべながら、公爵家の家紋を見せてくれた。

公爵家の家紋は、なんかやたらとほっそい線で色々細々書き込まれた複雑怪奇なものだった。


「家格の高さを示したくてこんな形になったんでしょうけど、刺繍で表現するには難易度が高いの。ちゃんと表現しようとすると模様が大きくなりすぎてしまうから、ワンポイントでは収まらなくて、ハンカチとしての機能を損なっちゃうのよね………」


小さく溜息をつきながら、義母は困ったように微笑んだ。


ハンカチへの家紋の刺繍は、代々密かに嫁に語り継がれてきたタブーなんだそうで、義母はトライしてみようと思うことすらなく諦めたそうだ。

義父に渡すハンカチには花などを刺繍することにして、家紋はベッドカバーなどの大物に刺繍していると教えてくれた。


「ほほう………」


ベッドカバー用だという図案(色指定つき)をゲットしたディアナは、ちょっと思案する。


ディアナは未だに客室で生活しているご身分なので、プライベート感あふれるベッドカバーなんて渡すのは、ちょっと何というか、やりすぎな気がする。

やっぱ最初は無難にハンカチでいくべきではなかろうか。


柄は花でも何でも良いとは思うのだが、ディアナのセンスで刺したらゴミにしかならない。是が非でも花の図案と色指定が欲しい。

刺繍の本を借りてくればいいのかもしれないが、本の図案そのまんまって、それはそれで「わたしはセンスがございません」って自白しているようなもの。


いや、ディアナに美的センスがないことはラキルスも知っているはずだし、もし知らないのであれば、知っとかないと追々恥ずかしい思いをするのはラキルスだから、ちゃんと知っておけと言いたい。

問題なのは、ディアナが恥ずかしいとかそういうことではなく、そのセンスのなさを全力アピールしているハンカチを使う羽目になるのはラキルスだということ。

それが「何かゴメン」ってカンジなことなのだ。


でも、家紋であれば丸コピーが許される。

むしろ、家紋を精巧に再現することは評価される。


「ベッドカバー用の図案と色指定はあるわけだし、とりあえずは家紋をハンカチサイズにちんまり縮小してみることを目標として、まずはやってみよう」


センスはないがスキルはあるディアナは、図案と色指定をゲットした今、あとは手を動かすだけのことだと、深いことは何も考えずに感覚の赴くままザクザクと刺してみた。

図案の再現をするにはそれなりに手数は必要なので、さくっと仕上がったわけではなかったが、それでも集中力が途切れる前には刺し終えることができた。

縮小した関係上、完全に図案どおりに刺すには布の織り目の数に限界があり、自己流で無理矢理どうにかしたりもしているので、何というか妙ちくりんな仕上がりになってる気もするが、ディアナ的には、まあこんなもんじゃろって出来だと思っている。センスの都合上、良し悪しについてのコメントができかねる点はご了承いただきたい。


そして今、ディアナには新たなる難題が降り注いでいた。


「………人に贈るときって、どうすればいいんだろ…。このまま渡したら、あのゴミと同じような扱いになっちゃうよね…?」


魔獣と戦ってばっかりだったディアナは、父に獲物を差し出した経験くらいしかなく、異性にプレゼントを贈るのは初めてのことだった。

それ故に、このハンカチを贈り物という形にするにはどうすればいいのかが分からない。ハンカチに糊つけてアイロンかけた経験もなければ、ラッピングなんてもってのほかである。


ちなみに、父に獲物を進呈した際は、魔獣の足首を掴んでの直渡しである。まあ、これは単なる受け渡しであってプレゼントとは言えないので、もちろん経験のうちとしてカウントする方がどうかしている。


わからないことは、考え続けたところでわかるようにはならないので、ディアナは公爵家の使用人に訊いてみることにしたのだが。


「ひゃあああああぁぁぁっ!!!!!」


声をかけた使用人は、奇妙な悲鳴をあげた。


「いかがなさいましたか!?」

「なんだどうした!?」

「何かあったの!?」


気づけば、大勢が駆けつける事態に発展してしまっていた。


「えーと、わたし手作りの品をプレゼントした経験がなくて、コレをどう贈り物の形にすればいいのか教えて貰いたかっただけなんだけど…つまんないことで騒がせてごめんなさい。…というか、わたしってそんなに怖いかな…?」


誠に遺憾ながら、ディアナは顔を見ただけで絶望された経験がある。

それも、一人ではなく複数人にである。参ったねこりゃ。

おかげさまでショックでも何でもないのだが、ディアナという人間に対して他者が抱く感情のひとつとしてありがちなものらしい、ということを学習するには十分な経験と言えた。


「いえ、とんでもないことでございますっ!そうではなく、ここここの刺繍…っ」

「ここここ?」


ぶるぶると小刻みに震えながら、ディアナの刺したハンカチを指さす使用人。

集まった皆さんの視線がハンカチに集中し、そして全員固まった。


「えっ、どしたの?あ、間違ってた?ゴメンゴメンどこ?」

「ぎゃ―――――っっっっっ!!!」


糸をひっこ抜こうとしたディアナの手から、刺繍のハンカチが奪い取られる。

そのときの使用人の迫力と言ったら、鬼気迫ると言っていいレベルだった。


「ダメですディアナ様!触らないでください!!」

「そんな雑に触ったら糸が切れちゃうじゃないですかっっっ」

「旦那様っ!奥様~っ!!」


使用人はそのまま、ディアナが刺繍したハンカチを持って走り去って行った。


「………うそ…。わたしが反応できないって、公爵家の使用人さん、凄すぎじゃない………?」


あっさりとハンカチを奪いとられたディアナは、何となく、己の油断を恥じるより使用人さんの気迫を褒めるべきだと感じてしまったという。



その後ハンカチは、公爵夫人の手に渡っていったそうだ。


義母曰く、

「このハンカチの価値は、女性にしかわからないわ。ラキルスには百年早い」

とのことなので、まあ義母にも何もプレゼントしていないことだし、嫁姑問題に発展しても何なのでと、変に抵抗することなく進呈しておいた。

色彩感覚も含めて美的センス全般に難のあるディアナは、本当にもう図案が命なので、「図案を提供してくれたお義母さまのおかげ」だと申し添えたら、「うちの嫁はかわいい~♪」と、義母が大変喜んでくれていたので、結果オーライということにしておこうと思う。


嫁に貞淑さだけを求めない偉大なる公爵家のおかげもあり、何のかんのディアナは、義母とも上手くやれている。

辺境で魔獣と対峙するという、切った張ったなだけの世界に生きていたはずのディアナなのに、いまやすっかり公爵家に受け入れられている。つくづく、人生って、どう転ぶかわからないものである。



ラキルスは家を空けていたのでハンカチ云々のくだりそのものを知らず、帰宅後、のんきに刺繍の話題を繰り出してきた。


「刺繍の権威という方に、ディアナの刺繍を見てもらったんだけど、『ほとばしるパッションを感じるものの、刺繍としては、なかなか評価が難しい』と言われてしまったよ。『これが絵だったら芸術作品だったことでしょう』って仰ってたから、絵を描いてみるのもいいと思う」


何のことだかピンとこなかったディアナは、しばらくぼけ~っとしていたが、ふと思い当たることがあり、我に返った。


「……ラキ、ひょっとして、あのゴミのこと言ってる…?」

「ゴミじゃないよ。ディアナが頑張って刺したものなんだから、芸術的価値があろうとなかろうとそんなことは関係なく、大切にするよ」


ごめんなさい。

ちっとも頑張ってません。

歌ってるとき無意識のうちに体を揺らしてリズムを取っちゃうのと同じようなもんで、考えてやったことでもなければ、そこを評価する必要なんか何処にもないのです。


本当はもうさくっと、『あのときは、ラキルスの観察をしてただけです』って言っちゃったほうが、色々ややこしくはないのかもしれない。


―――――でもラキルスだったら、ディアナにはゴミとしか思えないようなあんなものでも、本当に大切にしてくれちゃうんだろうなぁってことも、もう分かるようになってしまったのだ。


だから


「ありがとねラキ」


そんな、器用なんだか不器用なんだかよく分からない旦那様に一番言いたいのは、謝罪の言葉じゃないな、とか、ディアナは思うのだ。


「芸術はともかく、次は堂々と人に見せられるようなもの刺すからちょっとだけ待ってね。家紋はお義母さまに持ってかれちゃったから、次はお花にしようかな!」


ちょっとした照れくささもあって、今は軽い調子でしか言えなかったけど

心からの感謝も、そのうちするっと口から出て来るようになるような、そんな気がしている。


だって、この旦那サマだから。


「うちの家紋は、私はペンで描くことすら儘ならないよ。あれはもう変更した方がいいと思う………ん?母上に持って行かれたって何?」


普通に会話していたラキルスが、ふと違和感に気が付いた。

ラキルスに渡すつもりだったものを義母に進呈してしまっているので、ディアナとしてはちょっと申し訳ないような気はしつつ、隠し立てすることでもないとも思うので、ここはひとつ、さくっとカミングアウトである。


「一応ハンカチに刺繍してみたんだけどね。お義母さまが気に入ってくれた…のかな?持ってっちゃった」

「母は、刺繍はかなりの腕前なんだ。その母が認めたってことは、相当な出来だったんだろうな」

「ちょっとトリッキーに刺しちゃったからかも」

「ははっ芸術は爆発だって言うしな。それもいいんじゃないか?」


最初に爆発系の刺繍を見ていたラキルスは、ディアナの『トリッキー』という表現を、そっち方面として受け取った。


だが、ディアナの刺した家紋は、実際は爆発系などではなかったのだ。



布地の経糸と緯糸の交差する目の数の限界上、ワンポイントのサイズ感に収めるにはどう頑張っても表現しきれない公爵家の家紋。

ディアナは、一針刺した目に、レース編みのように複数針通すことで、立体的に目数を増やすという力業を用いることで、目数の限界を突破してみせた。

そこに使用した刺繍糸は、糸の撚りをほぐして極細の一本にしたもの。

強度の弱まったその糸を、繊細な力加減で絶妙に絡めながら、家紋を表現していったのだった。


ディアナの、米粒に絵が描けるほどの視力と指先をもってして、初めて可能になった御業と言える。



後日、立派な額縁に収められた上で、応接室の一番目立つところに飾られた(※ただし、至近距離でまじまじと見ないことには、この扱いの意味がわからない)ディアナの家紋ハンカチを目にしたラキルスは、爆発ではない方向性の芸術に絶句した後、破顔した。


「相変わらず、私の奥さんは想像の遥か上を行ってくれるな…」


ディアナと出会う前は、淡々とした人生しか思い描けなかった未来。

でも今は、想像も及ばない何かが待ち構えているんだろうな、という、期待のようなもので溢れている。


冷や冷やハラハラさせられたりすることすら楽しみなのだから、なかなかどうしてラキルスもギャンブラーらしい。


「次はどんな姿を見せてくれるのかな」


意外と可愛い一面を発見できたりすることを、何気にラキルスが楽しみにしている、なんてことは、ディアナには秘密でいいと思っているらしいのだけれども


ま、とりあえずそれでいいってことにしておきましょうか。


なんのかんの上手くやっていけるんでしょうから。ね。




ご感想、評価、ブックマーク、いいね、誤字脱字報告など、

たくさん頂き、本当にありがとうございます!

こんなに沢山の方に読んでいただけるなんて、とても幸せです。

心より感謝申し上げます。


ディアナとラキルスで書きたいエピソードが実はまだあるのですが、

そこに至るまでの道筋がさっぱり思いつきません…。

作者は相当ポンコツなので、このまま闇に葬られる気配が漂ってますが、

奇跡が起きた暁には、お付き合いいただけたら嬉しいです。


その日が訪れることを祈って、水面下で必死に励むことにします…。

それでは、きっとまた!


真朱

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― 新着の感想 ―
ディアナのフォークの投擲は正確無比でした 根来流手裏剣術の皆伝レベルですねww ミリ単位の微妙な投擲コントロールの持ち主ですから、家紋の刺繍にあっても、名人を超えるデキでした
[一言] だんだん、公爵家の皆様がレベルアップしていく未来が(笑) 侍女さんも、ディアナに仕えているうちに体力的に鍛えられるし、芸術においても、ディアナは自身の感覚で教えるから(旦那さん経験済)、判る…
[一言] 番外編までとても楽しく読ませていただきました。 隣国との和解は立場的にこちらが上だったはず。 ならば「王太子妃の座を」っと言ったのはこっちの国王だろう。 で、隣国側は「王太子妃ならば姫のみ…
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