03. カオは語る
「即時婚姻」という王命だったため、軽い顔合わせだけを持って、公爵家嫡男・ラキルスと、辺境伯家二女・ディアナは、手続き上は直ぐに夫婦となった。
式などはこれから話し合って、追々ゆっくり行えばいいとのことだった。
顔合わせの際の、夫となった人の印象はと言えば
(うっわ~。うっすい笑顔~…)
である。
表情だけで言うなら微笑んでいるんだろうが、感情が乗っていない。
笑みの体をなしているだけで、正しい意味では笑ってはいない。
(いや、あんなにわかりやすく作り笑いするくらいなら、怫然としてた方がよっぽど親切ってもんじゃないの?)
歓迎されないのは想定通りなので、ディアナ的にはノーダメージなのだが、あの中途半端なカンジが、なんというか気持ち悪い。
白なら白、黒なら黒、グレーは選択肢にないのがディアナなのだ。
(もっと!思いっきり!気持ちをぶつけようよ!その方がスッキリするって!)
はじめから何も期待していないディアナは、自分がどう扱われるかより、夫となった人のうすら寒い微笑みの方が気になった。
もちろんそれは、好ましい方の意味ではない。
そして、ディアナの気持ちは固まった。
あのうすら笑いが続いていくのは、ディアナの精神衛生上よろしくない。
ラキルスだけに留まらず公爵家の皆々様には、心置きなくイビることでストレスを発散してもらい、ディアナは正面から受けて立つことで、それはそれでスッキリするという、WIN-WINの関係を築こうではないか、と。
これはあれである。
『本気で殴りあって、裸の付き合いしようぜ!』的な、脳筋が考えがちなあれが根底にあるのである。
そして、『妻としてどうこうは期待していない』ってことが十分に伝わってからでいいから、ゆくゆくは『ビジネスパートナー』みたいな関係性が築いていけないものだろうか、とも思っている。
どうせ一生をともに過ごすのなら、落としどころを探さないのは勿体ないと思うから。
新居は、公爵家の別棟を改築工事するとのことだが、なにしろ工事はこれからなので、それなりに時間がかかる。
じゃあしばらくは別居しときゃいいのかと言えば、そんな『籍だけは入れましたが、それだけで~す』みたいな真似はさすがにマズイらしく、「とりあえずは客間にはなるが、すぐに来てくれてオッケー」と公爵家が言うので、ディアナは早々に公爵家に入ることになった。
(まずはイビリとの戦いかあ…。腕が鳴るわぁ)
ディアナのマナーが公爵家で通用するレベルのものなのかも分かっちゃいないが、『野ザルは覚悟の上』というお墨付きをゲットしているので、出たとこ勝負で良いってことだと見做し、ディアナは意気揚々と公爵家に乗り込んだ。
「本日からお世話になります。辺境伯家が二女、ディアナと申します。不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
「………」
出迎えた公爵家の使用人たちからは、何の言葉もない。
(おっと、さっそくシカト攻撃ですか?そうね、はじめが肝心よね!)
ディアナは早速洗礼かと密かに迎撃態勢に入っていたが、実際はそういうことではない。公爵家の使用人たちは、呆気に取られて言葉を失っていただけだった。
何せ、嫡男の嫁らしき人物は、乗馬服だった上、右の小脇に剣・弓矢・木刀などを、反対側の小脇には釣り竿、網、ロープなどを抱えていたのだから。
(…あれ、来たの嫁で合ってる…?それともただのハンター…?)
彼らは、公爵家の名に恥じぬ、教育の行き届いた使用人である。
王命の意味もまごうことなく理解しており、例え心の奥底では歓迎したくはない嫁であろうとも、礼を欠くことなく誠心誠意仕える所存である。
だが、まさか『狩りに来たとしか思えないこの女性は、本当に嫁なのか』という、根本的な部分で躓く羽目になろうとは、想定外の事態であった。
困惑の空気を感じ取ったラキルスが、使用人たちの間を縫って、前に歩み出て来る。ディアナの姿が目に入るなり、ディアナの出で立ちや意図は理解できていないまでも、使用人が固まった原因だけは理解できたようだ。
ラキルスは動揺の気配を見せることなく、いつもどおりの穏やかな微笑みを貼り付けて、己の妻となった女性を快く迎え入れる。
「ようこそ公爵家へ。歓迎しますディアナ嬢。お茶を用意してますので、とりあえず荷物は使用人に預けましょうか」
「ハイ。よろしくお願いいたします」
ディアナは、素直に手荷物を使用人に預けたが、受け取った使用人は、なんとも表現しがたいビミョーな表情を浮かべたままだった。
そして、馬車に積んで来た嫁入り道具を屋敷に運び込もうとしていた他の使用人たちも、何やらざわついていた。
「これはテント?若奥様のお部屋に持ち込むべきなのでしょうか…?」
「この草はナニ…?捨てていいもの…?」
「ドレスや宝石がない…?遅れている馬車があるのか?」
「『開封厳禁』って札が貼ってある割と大きい箱があるんだけど、何が入ってるのかしら…。開けたらどうなるのかしら…」
イビられる気満々のディアナは、寝る場所も食べる物も自力で何とかせにゃならん可能性を考慮して、そんなかんじのものばかり持ってきていた。
漏れ聞こえてくる使用人たちの呟きに、いつも穏やかに笑みを浮かべているラキルスの表情が、一瞬『すんっ』となったことに、気づいた者はいなかった。