27. わりきれない
隣国側は、胡散臭い紛らわしい行動は多々あれど、結果だけ見てしまうと、『何もしていない』と主張することが可能な状況にあったという。
隣国王太子の護衛は、
『魔獣対策に成功しているそちらの辺境伯家の人から話を聞きたかった。王太子の護衛が欠けるのは問題があるので、代理に入って貰っていただけ』
と言うことができなくはなかったのだ。
主張に無理があろうが、見え見えの言い逃れだろうが、言い切って貫き通せば、それが公的な主張となる。
まだ実際にイヤミを言ったわけではなかったので、真の目的を正直には明かさずにおくという選択も可能な状況にあったのだ。
一方、ディアナが騒いで暴れたのは一目瞭然なため、言い逃れる術はない。ディアナひとりが悪いことにされかねない状況だった。
なまじっかディアナが、変装を見破れたり、大立ち回りできる腕があったりしたことが、今回についてはイカンかった。深読みしすぎという、よもやの事態を引き起こしてしまった。
まあ、前向きに考えると、暗殺だったとしたら未然に防げていたことになるし、実際、赤髪さんの自殺未遂っぽいものも防いだんだから、そのへん評価してくれたりしないだろうか。
未然防止を目指すなら多少の空振りは許容しなきゃいけないんだって。いや、そういうもんなんだってばホントに。
ディアナはどう力業で押しきるかの一点突破のみを考えていたが、ラキルスが、
「頼むから口を開いてくれるな。一時間でいいからじっとしててくれ」
と、代理交渉を買って出てくれたので、ここは丸投げておくことにした。きっちり一時間、雲隠れしておいた。
その間に、ラキルスがしっかり片を付けてくれたらしい。
「ここでディアナを守らない国に対して、辺境伯閣下が何を思うか想像できないようでどうするんだ」と、「隣国に和睦を決断させるほどの力を持つ辺境伯家に対して、我が国は敬意と理解が足りなすぎる」と、中枢の怠慢にまで切り込み、国を巻き込んでディアナを守ろうと動いてくれたらしい。
隣国側としても、ディアナの家とは水滴ほどの波紋も起こしたくないらしく、護衛の疑わしい行動を平身低頭謝罪し、ねんごろにおさめてくれた。こういうとき、陰の支配者チックな父を持つと得である。
「辺境伯閣下に、私にできる全力で守るって約束したから」
とか、ラキルスが何かくすぐったいことまで言うので、
「どうだ見たか!うちの旦那様、よわっちいけど出来る男なんだぞ!」
なんて、ぽそっと口に出してしまったら、
「恥ずかしいから、そういうのは声に出さないの」
と、ラキルスは堪えきれずに噴き出していた。
うん。まあ、騒ぎは起こしてしまったけど、何というか、これはこれで良かったんじゃないかな、なんて、ディアナは一件落着な気分になっていた。
そんなところに
「ラキルス様」
美しく心地よい、まるで歌声のようにも聞こえる声が、ラキルスに呼びかけた。
ラキルスが臣下の礼をとったので、ディアナも倣う。
声の主は、見るまでもなく末姫さまだろう。
「恐れながら申し上げます。私は既に妻帯しており、姫にも婚約者様がいらっしゃいます。私のことは『公爵令息』とお呼びください」
はっきりと線引きをするラキルスに、姫は苦しそうな、哀しそうな表情を浮かべて、胸のあたりをぎゅっと掴んだ。
「…そう…ね、そうだわ。わかっているのよ。
あなたは随分簡単に割り切れてしまえるのね…?」
婚約が白紙になった段階で、ラキルスはスパッと切り替えている。
もともと、姫との婚約に対する思い入れが薄かったこともあるんだろうが、ディアナでもびっくりするくらい、ちょっと常人には想像が及ばないほどキッパリと、完全に割り切っている。
でも、姫はそうではなさそうだ。
―――――そうだと思う。
人の気持ちって、そんなに簡単なものじゃない。
割り切れてしまえるラキルスの方が特殊なのだ。
そうは思うけれども、甘いな、ともディアナは思ってしまった。
今回の隣国王太子と末姫の婚約は、国と国との今後を見据えてのこと。
つまり姫は、国を代表して、国を背負って嫁ぐのだ。
個人的な感傷を持ち出してる場合ではないはずで、言うなれば、覚悟が全く足りない。厳しいことを言うようだが責任感の欠如が窺えてしまう。
「わたくし達は、何年も婚約者として共に歩んで来たというのに、あなたはどうして、そんなにあっさりと、新しい女性に心を開けるの…?」
切なそうに、秘めたる思いを滲ませて、姫はラキルスを見つめている。
きっと姫は、ディアナが最初に思い込んでいたような気持ちでいることだろう。
国のために泣く泣く別れなければならなかった、悲恋のふたり。
離れていても変わることなく、きっと気持ちはつながっている。
やむを得ず他の人と結婚はするけれど、国際交流の場などで再会した際には、切なく視線を交わし合い思いを確認し合ったりするような、そんな関係になっていく…なんてことを思い描いていたんだろう。
姫だけでなく、世間もそう認識していることだろう。
でも、だ。
心に秘めた本当の気持ちがどうであれ、隣国王太子との婚姻を受け入れた段階で、悲劇のヒロインを気取れる立場じゃなくなったのだということを、肝に銘じなければならないと思うのだ。
隣国の王太子は今回の和睦にあたって、「姫以外との婚姻は受け入れられない」と我儘ぶっこいたんだから、姫だって「どうしてもラキルスとの婚約を解消したくない」と駄々こねる権利はあったはず。
和睦が成らなかったら困るのは隣国の方なのに、それでも向こうは譲れないものをがっつり主張してきたんだから、姫だって主張すればよかったのだ。
それをせずに受け入れてしまったのだから、割り切らなければならない。
ラキルスは割り切ったし、ディアナもそうだ。
『ラキルスが姫のことを密かに思い続けるのもしゃーない』と、『ビジネスパートナーみたいな関係性でいい』と、主に愛あふるる人生的なものを諦める方向に、しかと覚悟を決めていた。
それは、ディアナの強さがあってこそだとも理解している。
鋼鉄のメンタルと、魔獣を蹴散らす武力を持つディアナに、乙女心の何がわかるんだと言われてしまうと、返す言葉もない。
婚約者を持ったことのないディアナには、婚約者というものに対して馳せる思いを、姫とラキルスが婚約者として過ごした時間を、慮ることすら儘ならない。
でも、やっぱりどうしたってダメだと思うのだ。
だって、姫がこれからの人生を共にしていくのは、ラキルスではなく、隣国の王太子なのだから。
ディアナは、そろりとラキルスの顔を窺った。
ラキルスは、落ち着いた様子で、ただ静かに姫の言葉を受け止めていた。




