23. 動かないでもらおう
ちょっと如何ともしがたくなったディアナは、この場はいったん警備兵に託して、ラキルスを呼んでくることにした。
会場に入るためにディアナが扉を開けた瞬間、なんともまあタイミング悪く、
「話を聞いてくれ!自分は何もしていないんだ!」
と、ニセ赤髪さんが、切羽詰まったような叫び声をあげた。
ディアナはがっつり首を絞めて声を出せなくしていたが、警備兵は取り押さえているだけだったので、声が出せる状態になっていたのだ。
まさに扉を開けた瞬間のことだったため、その声は会場内にも響き渡ってしまう。
一斉に視線が扉の方に向けられ、そこに立っていたディアナに注目が集まる。
(…いやこれ、どうしたもんかな…)
苦笑いを浮かべるしかないディアナの目の端に、ニセ護衛の姿が映る。
ニセ護衛は、絶望を滲ませた、呆然としたような視線をディアナに向けていたが、はっと我に返ったかと思うと、踵を返すような動きを見せた。
(逃げられる…!?)
咄嗟に、ディアナはパールのネックレスを手に取る。
このネックレスは、留め具をいじると三連から一連に形状を変えられるだけでなく、パールの粒が簡単に取り外せる仕組みにもなっている。
辺境伯が、『ディアナに最も適している』と持たせてくれた、正式な場でも身に着けることができるアクセサリーであり、ディアナにとっては立派な武器でもあった。
ディアナはパールを数粒取り外すと、パールを弾丸にしてニセ護衛を射とうとしたが、会場内の人の多さに、思いがけず躊躇した。
ディアナのコントロールなら外しはしない。逃げる敵の動きを読んで、確実に射ち抜くことができる。
ただ、間にいる人が動くことが問題だった。軌道内に入り込んできてしまったら、関係のない人を巻き添えにしてしまう可能性があるのだ。
(他の人に当たっちゃったら、さすがにマズイよね?どうしよう…)
魔物と対峙するときとは勝手が違うがために、ディアナの判断にも迷いが生まれる。ただ自分の力だけでもって突っ走るわけにもいかない状況に、ディアナは珍しく即断即行できずにいた。
「ディアナ!」
そんなとき、ラキルスの声がふと耳に届き、ディアナはハッと顔を上げた。
いつの間にか姿を消していたディアナを探してくれていたんだろう。焦ったように駆け寄って来るラキルスの姿を目にした瞬間、思い出したのだ。
ディアナは知っているではないか。王都の人間の動きを止める方法を。
ラキルスから学んだあの手段を使って、無関係な人たちの動きを止めればいいではないか。
瞬間、ディアナは体全体を楽器のように使って、全力で叫んだ。
「わっっ!!!」
「っっ」
空気の揺れを伴う、周辺一帯に響き渡るような渾身の大声に、会場内の大多数の人がびくっと体を震わせ、硬直したかのように固まった。
会場が動きを止めた一瞬に、ディアナは握っていたパールを弾き飛ばす。
正確無比なコントロールは、人と人の間を綺麗に縫い、外れることなくニセ護衛の両足と頭部に命中する。逃げかけていたニセ護衛は、低く呻いて、崩れ落ちるように足を押さえた。
そのはずみに、パールに弾かれてズレていたカツラが外れ落ち、真っ赤な髪の毛が露見する。
「えっ…辺境伯家の……?なぜ護衛の格好でここに…?」
隣国の王太子が、驚きの声を上げている。
言葉の通り受け取っていいかは改めて検証するとして、とりあえず護衛と赤髪さんの入れ替わりは、隣国王太子の与り知らないことだったようだ。
そして、赤髪さんは、隣国の辺境伯家の人間らしい。
どうでもいいことではあるが、国境を挟んで隣りあっているというのに、隣国の辺境伯家があんな正装だったなんて初めて知った。
自国の王太子に、変装して護衛に成り代わっていることがバレでしまった赤髪さんは、ざーっと顔色を失いながら、痛む足を引き摺るようにして後ずさる。
「あのっ…私は護衛不在の間の代理を任されているだけでっ…決して!決してこちらの辺境伯家に牙を剥こうなどという愚かなことは考えてはおりませんっっ」
「そんなことは当たり前だろう?この和睦は、辺境伯家に歩み寄っていただくためのものといっても過言ではないのだから」
隣国の王太子の言葉に、ディアナは少しぽかんとしてしまった。
(ウチに、歩み寄ってもらうための、和睦…?)
ディアナの家は、辺境で魔獣の相手をしているだけで、隣国とのいざこざには何ら関与していない。そもそも、なんで我が国と隣国の仲がイマイチ良くなかったのかという根本的な部分すらディアナは知らない。
隣国の辺境伯家とは、国境を介して隣接してはいるが、交流は一切ない。
魔獣の行き来だけは盛んだが、人の往来はないし、隣国側は国境付近には全く近寄ってこないので、人影すら見かけない。だからディアナは、隣国辺境伯家の正装らしき民族衣装すら今日はじめて知ったのだ。
「なんでっ…こんなに苦労してやっとっ!やっとこちらの辺境伯家との縁が結べそうな局面まで来たというのに…なんでこんなことに…っ!もう死にたい!!」
悲愴感を隠しきれない叫び声をあげた赤髪さんは、突如、バルコニーに向かって走り出した。きっと、足の痛みも気にならなくなっているのだろう。
というか、死にたいって…バルコニーって…
(え…っ 飛び降りるつもり…!?)




