22. やっちまったなぁ
ディアナは、パーティー会場の外の廊下を、ひとり歩いていた。
賑やかな会場内からは一線を画すかのように、廊下はひっそりと静まり返っている。さほど大規模なパーティーではないためか、扉の前に警備兵はいるものの、歩いている人間はディアナしかいない。
この建物は、廊下の先の突き当りを左に曲がると女性のご不浄があり、男性のご不浄は右に曲がった先にある。
ディアナは、背後に人の気配がしないことを確認すると、右に曲がった。男性のご不浄がある方向である。
もちろん、男性のご不浄に潜入しようとしているわけではない。これは作戦の一環である。
さきほど、ディアナとラキルスは、隣国王太子への挨拶を行った。
その際、王太子の護衛を確認したところ、式典でディアナが『赤髪さん』と命名した彼が、今は護衛の制服を着てそこにいた。
眼鏡に長い前髪、俯きがちにして顔を隠していたって、ディアナの特技を駆使して確認したので間違いはない。
隣国王太子の護衛と赤髪さんは、ともに変装して入れ替わっていることが確定した。
ラキルスは、こう推理した。
ニセ赤髪さん(護衛が変装して赤髪さんのフリをしている姿を指す)は、チラチラとディアナの様子を窺っている節がある。ディアナの動きを警戒しているのか、ディアナ自身を狙っているのかの、どちらかである。
つまり、ディアナが席を外したら、動きを見せる可能性が高い。
ディアナが一人になったとき、後を追いかけてくるなら、ターゲットはディアナ。
追いかけてこないなら、ターゲットは別の人。後者の場合、ディアナがいると行動を起こしにくいものと推測できる。ディアナの実力を知っているのかもしれない。
ニセ護衛(赤髪さんが変装して、護衛のフリをしている姿を指す)は、職務上、王太子の側を離れることができない。
何か行動を起こすなら、ニセ赤髪さんが動くしかない。
入れ替わっている二人は、髪を染める時間はなかったので、ともにカツラを被っているはず。何で二人してカツラを持ち歩いているのかということも含めて、それをネタに何らかの疑惑をぶつけることは可能かもしれない。
(なるほど。つまり、わたしが会場外におびき出せれば、話は早いということね?)
この会場は、男女のご不浄はわかりやすく左右に分かれている。案内掲示も明確で、間違いようがない。男性が、女性のご不浄がある左側に曲がって来た時点で、もう不審者と言っていい。
カツラ被って変装している不審者が、「道を間違えた」などと言い訳しても見逃せるはずがない。「なぜ変装する必要があったのか」という切り口からつるし上げたって許されるに違いない。うん。絶対そうに決まっている。
ということで、「もう少しちゃんと考えさせてくれ」とか何とか言っていたラキルスを置き去りにして、ディアナはひとりご不浄で待ち構えることにしたのだ。
尚、ディアナがターゲットじゃなかった場合のことは既に抜け落ちている。まことに残念ながら、やはり脳筋なディアナであった。
気配を消して張り込むこと暫く。
会場から一人、廊下に出て来た者がいた。
ご不浄のある方向に、真っ直ぐに廊下を進んでくる。気配から言って、ニセ赤髪さんである。まんまと釣れた。
ニセ赤髪さんは、周囲を見回して人が見ていないことを確認すると、さっと左の角を曲がった。不審者確定である。
となれば、もうヤツは遠慮なく吊るし上げていい。
気配を消したまま右の角から出たディアナは、ニセ赤髪さんの背後に回ると、自らの首にかけていたパールの三連ネックレスを手にとった。
留め具部分をいじると、三連だったはずのネックレスは、長い一連のネックレスへと形を変える。
これは初めからそういう作りなのだ。普通のネックレスは短すぎるが、三連分の長さがあれば用途は広がる。
ディアナは、ネックレスをニセ赤髪さんの首に無音でするっとかけると、一瞬にして後ろに引き倒した。
「うっぐ…!?」
倒れる途中で素早く二重に巻かれたネックレスは、簡単には外れない。
辺境伯家製のネックレスは、ワイヤーには鋼が練り込まれており、素手で引きちぎれるような柔な造りもしていない。
床に倒れたニセ赤髪さんの体をうつ伏せに転がし、どかっと背に乗ったディアナは、片手で首を絞め続けながら、もう片手でカツラを引っ剥がした。赤髪のカツラの下は、式典で見たとおりの色ではあったが、顔にかかるような長い前髪ではなく、全体的に短くこざっぱりとしていた。
「変装して女性のご不浄に向かうなんて、何を企んでおいでで?」
「…ぐ…」
首を絞められているニセ赤髪さんは、うめき声をあげるだけで、言葉を発することはできない。
だが、パールのネックレスは凸凹した形状なので食い込みの浅い部分があり、がっつりは絞まらないため、息の根を止めてしまうことはない。…たぶん。
脂汗を滲ませながら僅かに後方に顔を向けたニセ赤髪さんの目が、驚愕に見開かれる。誰が背後を取ったのか、いま理解したのだろう。
化け物でも見るかのような目でディアナを見るのは止めてほしい。
「どうされました!?」
引き倒したときの音が聞こえたのだろう。扉のところに立っていた警備兵らしき人の足音が近づいてくる。
ディアナは、ニセ赤髪さんの両肘をヒールの踵で蹴りつけてファニーボーン状態にして(※要するに痺れさせて)激しい抵抗を封じておき、首を絞めていたネックレスはしれっと外して、そしらぬ顔をしておく。
「女性のご不浄に入ろうとする不審者がいたので、取り押さえました!」
「ちっ…ちがっ…」
「ちがくないです!変質者です!」
「自分は貴女に、ひとこと言いたかっただけで…っ」
「カツラで変装までしておいて、やましいところがないとでも―――――」
このとき、ディアナは初めて、ニセ赤髪さんの顔をちゃんと見た。
眉毛の上方、生え際から少し上の部分に、円形の脱毛が見受けられる。
それを見た途端、ディアナは、さあっと目の前の霧が晴れていくような感覚を覚えた。
赤いカツラを取った今の髪の毛が短いことから、式典で見た、護衛の、カオにかかる長い前髪のアレは、実はカツラだったのだろうということが導き出せる。
赤髪さんは、色を強く印象付けるために敢えて目立つ赤いカツラを選択したと解釈できるとしても、護衛は、色あいとしてはインパクトに欠ける茶色のカツラを、しかも何でパーティ中も持ち歩いてたんだろうってことは、何となく引っかかってはいたのだが。
これはつまり持ち歩いていたわけではなく、普通にいつも装着していたってことなのでは…?
「あれ…?」
(もしかして、円形脱毛症を隠したかったからカツラ被ってる、とかいう言い訳が通用しちゃう…?)
鬼の首をとった気になっていたディアナは、一転、ビミョーな事態に陥っていた。
ディアナ専属ブレーン・ラキルスの策を待ちきれなかった、ディアナのやらかしである。
<作者の独り言>
作者の過去作も読んでくださった方には、
「真朱ハゲ好きだな!」と思われてそうですが、
作者としてもナゾな事態です…。
…いえ、きっと好きなんでしょうね…。




