21. 特技は役に立つもので
歓迎パーティーは、大々的なものではないが、式典ほどこぢんまりしているわけでもなく、それなりの賑わいを見せている。
使節団ご一行も、若干硬さはあるものの、交流を楽しんでくれているようだ。
例の『赤髪さん』は、パーティーでも派手な民族衣装を身にまとっている。あれは、その民族にとって正装なんだろう。
あまり人づきあいが得意ではないのか、壁際に張り付いて下を向き、空気になろうとしている雰囲気がある。
それでいて、ときどきチラチラと嫌なカンジの視線を向けてくる。
目立つ髪色と格好をしておきながら人目を避けたいなんて、無茶にもほどがある。
それに、気配の消し方が全くなっとらん。
あんな不快なオーラをビシバシ放っておいて、気配が消せているとでも思っているんだろうか。正気だろうか。
こんな低レベルな気配の消し方をするような力量には感じなかったし、式典のときは好意的なオーラが感じられたというのに、今はまあ何じゃこりゃ。まるで別人のようではないか。
この嫌なカンジは、言うなれば王太子の護衛のものにそっくりで―――――
(…あれ…?)
そこでディアナは気づいたのだ。
あの俯き方は、王太子の護衛のものと全く同じだと。
赤髪さんは、目立つ髪色と派手な衣装のインパクトが強すぎて、顔の造作は全く記憶に残っていない。
護衛も、顔にかかった長めの前髪と眼鏡で絶妙に顔が隠されていたし、俯きがちだったため、はっきりと造作が見えていたわけではない。
ぱっと見の印象で言うなら、はっきりとは判別がつかない。
つまり、それが目的なのだろう。
髪の毛や服装、眼鏡などを強く印象付けることで、顔そのものの印象をぼかし、顔の造作を正しく記憶させないようにしたに違いない。
今回の和平に関する細かい話などは、パーティーのようなオープンな場ではしないはずだから、話の内容から違和感を覚えられる可能性も低い。
このパーティーの間であれば、別人が入れ替わっていても恐らくバレない。
だが、ディアナをナメないでいただきたい。
当のディアナ自身、まさかここに来て、今まで何の役にも立ってこなかった特技が日の目を見ることになろうとは、思ってもみなかった。
記憶に留めてくださっている方がいらっしゃるか分からないが、ディアナの特技は、人の動きのクセや体の使い方などの特徴を、ほんの僅かなレベルまでも捉え、しっかり記憶できることである。
顔や、わかりやすい身体的特徴ではない部分から個体を識別できるので、変装していても見破ることができるのだ。
特技を駆使してしっかりと見直してみれば、そこにいるのは『赤髪さん』ではなく、どっからどう見ても『王太子の護衛』その人である。
赤い髪色をしていようが、民族衣装を身に纏っていようが、式典のときディアナが『赤髪さん』と名付けた彼と、今ここにいる赤髪さん風に装った人は、間違いなく別人。
ドリンクコーナーで隣国王太子と出くわした際には、間違いなく王太子の側に控えていた王太子の護衛が、今はここで、別人を装っていることになる。
(―――――なにかあるということね?)
せっかく両国が歩み寄ろうとしているというのに、それに水を差そうとは、なんて ふてえ野郎だ。
隣国は端から和平を望んでおらず、何某かの陰謀を巻き起こすための餌として和平を持ち出したダケ、とかいう可能性もなくはないんだろうが、そうでないなら許しちゃおけん。とっちめてやる。
ディアナは慎重に警戒しつつ、ゆるりと辺りを見回す。
何か企てているのなら、向こう様も力量を偽っている可能性がある。ディアナが『まあまあ』と認定した赤髪さん(王太子の護衛が入れ替わる前の本物の方)にしても、だいぶ抑えていただけで、実はかなりの手練れという可能性もある。ディアナに実力を気取らせないほどの曲者が、他にも潜んでいる可能性だってある。
ディアナは鍛えに鍛えているが、それでもどうしても腕力は男性には及ばない。
暴れる男性を取り押さえ続けることは、持久力的な問題から言っても正直難しく、昏倒させるなりしなければ取り逃がす可能性が高い。
何とかしさえすればいいのであればできるが、手段を選べないというか、ズバリ言えば無傷で済ませられる保証がない。
隣国の人間に怪我させたら、問題になったりしないだろうか。
いや、間違いなくなる。
しかも、まだ目的もはっきりせず、何かをするという確証があるわけでもない以上、ディアナが一方的に暴力ふるったことにされるだけに思える。
この致命的な課題をなんとかせんことには、下手に動けない。
今そこにニセモノがいるって時点で、リアルタイムで何かが起きてる、若しくは起こそうとしてるってことな気がするのに。
例えばそれが王の暗殺だったとしたら、悠長に構えている場合ではないのに。
(あかん…。わたし魔獣しか相手にして来なかったから、殺傷あたりまえの、とにかく武力でゴリ押す戦法しか思いつかない…)
魔獣は、キホン仕留める前提だから、傷つけないように配慮する必要がない。傷つけたって問題になんかならない。討つか逃すかの二択でしかない。
辺境伯家は力だけで世の中渡って行こうとしがちだが、それでは解決しない問題もあるのだと、ディアナが項垂れかかったとき
「ディアナ」
ふと。真横からラキルスの落ち着いた声が沁みてきた。
ぼんやり見上げたそこには、微笑みの仮面を装着したラキルスのカオがあった。
「どうした?緊急事態か?周りに気取られたらマズイようなことか?」
ラキルスは、ディアナの様子がおかしいことに気づいたらしく、声には心配そうな色が滲んでいる。
だが、そこは腹芸練者。顔にはそういった感情は何も乗せてこない。
何かヤバい状況にあったとして、不要な混乱を避けるためにも、他人にそれを悟られるべきではない。そのことを察したラキルスは、ディアナに言われるまでもなく即時対応してのけたのだ。
うすら笑いだとか作り笑いだとか、散々こき下ろしていたあの微笑みを、こんなにも頼もしく感じるとは。
筋肉へなちょこなラキルスのことは、ちょっとナメてたような気がするけれど、王都で評価されているだけのことはあるのだと、ディアナは認識を新たにした。
「ラキ、協力して」
頭脳労働はディアナの領分ではない。でもそこはラキルスが補ってくれる。
ディアナの旦那様は、よわっちいけど出来る男なのだ。
ディアナはこの時はじめて、
『旦那様になった人がラキルスで良かった』、なんて、思えていたのだった。
<作者の独り言>
どれが誰だかわかりにくくてスミマセン…
変装とか入ってくると尚のことわかりにくいですよね…




