02. お姫様の後釜が脳筋って…
激高する父の横で、ディアナは案外冷静だった。
(…公爵家の嫡男のところに…?私が…? …いや無理じゃね…?)
別にディアナは王命に抗う気はない。婚約者も思い人もいないことだし、嫁に行けと言うのなら、さっくり行く。
ただ、『どういう経緯での人選なのか』という部分が引っかかる程度だ。
だって、ディアナの家は、ただ辺境に領地があるというダケの辺境伯家ではない。『力こそ全て』という、完全なる脳筋一族である。
そんな家で受けた教育が、公爵家で通用するわけがない。
辺境の地で、兄たち脳筋に囲まれて育ったディアナは、お茶会で「ほほほ」と作り笑いするより体を動かす方が好きで、兄たちに交じって魔獣の討伐に出たりもしており、社交や腹芸などは嗜んできていなかった。
一応、貴族の子女としてのマナーは身に付けているが、社交も領地経営も正直お手上げである。
辺境騎士の妻ならまだしも貴族の妻なんて、男爵家だとしてもマトモに務まる気がしないのに、公爵家の…それも嫡男の嫁なんて、無謀にも程がある。
公爵家にだって歓迎されるわけがない。
公爵家は、王命だから受けるしかなかっただけのことであって、こんな社交もままならない野ザルなんて、本音では迷惑極まりないに決まっている。
王家には何かしらの旨味があるとして、他の誰も得はしない気がする。
特に辺境伯家は武力にしか用がないので、公爵家との繋がりとかどうでもいいし、得るものがない。辺境伯がブチ切れるのも頷けるってもんである。
「ディアナは、有望な辺境騎士のもとへ嫁がせるつもりでいたから、そういった教育しか受けさせていない!そのくらいのことは当然織り込んだ上で言ってるんだろうな!?」
ディアナが正に考えていたとおりのことを、辺境伯が怒鳴る。
辺境伯の放つ圧に押しつぶされかけながらも、辛うじて威厳を保ちつつ、王は口を開く。
「ああ、うむ。公爵は、代替わりはまだ先のことだから、社交や領地経営については、ご子息とともにゆっくり学んでいってくれれば良いと言っている。我が国の武の要である辺境伯家と縁が結べることを、甚く歓迎しておるぞ」
ほくほくとした笑顔で語る王に、辺境伯は圧を緩めることなく続ける。
「ディアナは、その『武』の辺境伯家の娘だ。それしか知らないのだから、当然、辺境伯家流の対処法を取ることもある。それを許容する覚悟があるということだな?」
「ああ、もちろんだとも」
王の口調は洋々たるものである。
(野ザルは覚悟の上ってことね。期待されてなさそう!助かった~!)
脳筋の自覚があるディアナは、いくら下に見られようとも、そんなところにプライドはない。
嫁として使えないことを馬鹿にするのは一向に構わないが、後から『聞いてない』とか、『話が違う』とかグチグチ言われたって、そんなん知ったこっちゃねーんである。
『面倒事は力で解決せよ』というのが辺境伯家の流儀なので、あんまごちゃごちゃ言ってこられたら、うっかり(いや、たぶん確実に)手か足が出る気がするけど、そこらへんちゃんと承知の上なのであれば、「王命でしょ?いいよ、嫁ぐよ?」くらいのノリで、ディアナは受け止めていた。
「言質はとったぞ?万が一にも娘が不条理な扱いを受けるようなら、辺境伯家の総力をもって報復に出るから、そのつもりで丁重に扱え」
「も、もちろんだとも…」
あまり深く考えず気軽に返答してたくさい王が、ちょっと青白い顔になってた気がしなくもないが、なあに、そんなのは何ら心配いらない。辺境伯家を怒らせなければいいだけのことだ。
脳筋の怒るツボなんて、簡単カンタン。
なんせ脳筋は苛立ちを隠したりしない。イラッとしてきたなと察知した瞬間に逃げを打てばいいのだ。
加えて、脳筋は殴りあって本音をぶつければ大抵満足するから、それで万事解決さぁ!
それに、ディアナはわかっている。
一番の被害者は、公爵令息なのだということを。
辺境から殆ど出たことのないディアナは、他家のことは碌に知らない。
そんなディアナでも、末の姫君と公爵令息の噂は耳にしたことがある。
『公爵令息は、それはそれは姫を大切にしている』、と。
『ほんの僅かな傷すらもつけないように、丁寧に丁寧に接してらっしゃる』、と。
それほどまでに大切にしていた姫との婚約を、お国のため泣く泣く解消したというのに、それだけに留まらず、その後釜として有無を言わせてももらえず据えられたのが、辺境伯家の娘だなんて…
(―――――公爵令息、あまりにも可哀そうが過ぎるのでは…?)
だって、婚約していたのは、可憐で清楚な生粋のお姫様。
そこから一転して、現実に嫁にとらされるのは、野蛮で脳筋な辺境伯んところの野ザル。
自虐のつもりはないし、ディアナ自身は好き好んでこう生きているので別にどう思われようが一向に構わないのだが、客観的事実としてそうなんだから仕方がない。
…いやもうこれ、本当にあんまりだと思うのだ。
『可憐で清楚な女性』とか、辺境では希少生物よりお目にかかる機会がなく、ディアナなんか伝説の生き物と同義だと思っていたほどだ。他家から迎えられたはずの母や兄嫁ですら、強面で筋肉だるまな父や兄を尻に敷く豪傑なのだ。どうやって可憐な女性とやらの存在を信じろと言うのだ。
そんな、本当に実在していた奇跡の生き物の隣で生きて来た人捕まえて、『性別が女ってだけの野生動物で手ぇうっとけ』って、前世でどんだけものごっつい悪行に手を染めたらここまで転落できるんだろうって、押し付けられる野生動物本体であるはずのディアナですら哀れに感じてしまうくらい、惨たらしい事態としか思えないのだ。
しかも、少しくらい公爵令息に気持ちの整理をする時間を与えてあげればいいものを、『白紙撤回→王命→即時婚姻』というスピード感である。
こんなん、やりきれなさも残るってもんだろう。
ディアナの目には、「コイツさえいなければ…」みたいな逆恨みを買う未来が、色鮮やかに描きだされて見えてしまっている。
うん。そりゃそうだ。
「せめて辺境伯家に娘がいなかったり既に嫁いでいたりすれば、少なくとも婚姻は回避できていたはずなのに…」とか、思いたくもなるってもんである。
わかるわかる。わかるから、逆恨みもしゃーない。
(これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』とか言われるやつでしょ?イビリもワンセットでついてくると思っとけばいいのかな…)
辺境伯家で育ってきた甲斐あって、ディアナは、女子としては有り得ないレベルに体は頑丈にできているし、心臓も鋼鉄でコーティングされている。
孤立無援だったとしても、イビリくらいはヨユーで迎え撃てる。
いや、むしろ燃える。
(父は牽制してたけど、私で憂さ晴らししてもらった方が、いっそのこと建設的な気がする…)
ディアナは、さくっと割り切った。
『下手な期待はしないに限る』 と。