13. 辺境良いトコ一度はおいで
「体験入軍ということで良いな?」
「……はい?」
「なんだ?正式に入軍するか?」
「滅相もございません」
ディアナとラキルスは、いま、ラキルスたっての希望で、辺境伯領に来ている。
そしてラキルスは、辺境に到着するなり挨拶もそこそこに、ほぼ強制的に辺境伯軍に放り込まれた。
乱暴に見えるだろうが、辺境の全ては辺境伯軍にあると言っても過言ではない。辺境伯軍を知らずに辺境を語ることはできない以上、避けて通れない道というやつである。
ラキルスとしても、体力的な不安は勿論あれど、入軍そのものは願ったり叶ったりではあった。
ラキルスの目的は、『辺境と辺境伯家を知ること』にあったのだから。
ラキルスは、ディアナと話したり交流したりしていく中で、あんなにもディアナと噛み合わなかった大きな要因が、王都と辺境の文化の違いにあろうことを悟るに至った。
単純に、『育った環境が違うから感覚も違うんだろうな』で済むことではない。
何故なら、相手は、この国の武の要であり、国に安寧をもたらしている最大の功労者である、辺境伯家なのだから。
そもそもの話、辺境伯家はこの国の武と防衛を一手に担っている、重要で代わりの利かない家だというのに、王都の人間は、辺境や辺境伯家のことをあまりにも知らなさすぎる。
『公爵家の嫡男』という、国の中枢を担っていく立場にあるラキルスですら、ディアナから教えられるまで『辺境の信頼関係の築き方』を知らなかったということは、ひとえに、『国の中枢が辺境伯家と信頼関係を築けていない』ということに他ならない。
これは、とんでもない懸念事項と言える。
辺境伯家に反乱でも起こされたら為す術がないというのに、この国の…特に王都の人間は、信頼関係を築く努力を怠っているだけでなく、その現実に気づいてすらいない。
あまりの危機意識の欠如に、空恐ろしくすらなる。
中枢の怠慢は追々テコ入れするとして、兎にも角にもラキルスは辺境伯閣下の義理の息子になったのだ。もう知らなかったとか気づかなかったとか言える立場ではない。
どういった家なのか、どんな環境なのかを、他人のフィルターを通すことなく自分の目で実際に見て、肌で感じて知るためにも、できるだけ早々に辺境に赴く必要があると、ラキルスは痛感していた。
先般、学園を卒業したばかりのラキルスは、公爵家の後継者として父の仕事を手伝いを始めて間がなく、今現在、ラキルスでなければ回らない執務はまだない。今なら、ラキルスが長期間にわたって公爵家を空けても、基本的には父親にしか迷惑をかけることはない。
辺境行きを決断するには丁度良い頃合いでもあった。
ディアナとしても、最近のラキルスの表情から、誠実に歩み寄ろうとしてくれている姿勢は本心からのものだろうと感じ取れていたし、ラキルスが辺境を知ろうとしてくれることは純粋に嬉しいので、断る理由はなかった。
かくして、辺境伯家への帰省が決行されることになったのである。
辺境への道すがら、ディアナはラキルスに、辺境の極意を授けた。
「うち、想像を絶する脳筋だから、そこは肝に銘じといてね?辺境伯家の家訓は、『とにかく物理でやり返せ』だから、頭や口で勝っても、物理で仕返しされるだけだから、下手なことはしないことをおススメしとくね」
ラキルスはとてもご立派な頭脳をお持ちだと、ディアナも噂には聞き及んでいるが、『辺境ではラキルスに勝算はない』と断言しておこうと思う。
いくら知力が抜きん出ていても、知略を活かすための手駒がなければ、所詮ひ弱なお一人様。
武闘派集団を相手にしようったって、物理的にねじ伏せられるのみなのだ。
知力で挑むのであれば、全面戦争くらいの規模感で動かなければ太刀打ちできないほどの武力を誇り、常識だろうと正論だろうと力で覆えすことができてしまう。それがこの国の辺境伯家なのである。
傍若無人と言われようとも、この武力のおかげで、王都の人間は魔獣の存在を忘れていられるのだ。辺境伯家に武力を放棄されたら困るのは国の方なのだから、その武を否定することなぞ、誰にできようか。
だから、どんなに理不尽な目に遭わされようとも、オツムの弱い輩どもに命令とかされてムカッ腹立てようとも、武力以外で盾突いても無駄な労力でしかないってことを肝に銘じること。
これが、この国の辺境から無事生還するための基本条件である。
もちろんラキルスは、ディアナのアドバイスをすんなり受け入れた。
そりゃそうである。
ラキルスは、婚姻の顔合わせの際に辺境伯閣下に会っているが、ラキルス如き素人にでもわかるほどに、辺境伯閣下は格が違った。
王や王立騎士団の団長、宰相閣下、自分の父など、王都では威厳溢るるお歴々が束でかかっても、辺境伯閣下ひとりが放つ圧に全く及ばなかった。
そんな人を相手に口先で勝ったところで、自尊心が満たされた気分になれるのはほんの一瞬だけのことで、その後の人生、果てしないまでに、息ができないくらいの圧をかけ続けられる結果が目に見えている。
冷静に状況判断できる人間であればこそ、辺境伯家には盾突かない。
そしてラキルスは、流れるように辺境伯軍に放り込まれるに至ったのであった。




