11. まずは一歩
「眠れそうもないし、話につきあって欲しい」というラキルスの要望に、ディアナは快く応えることにする。
とりあえず、すぐにでも腹芸はやめて貰わないと、近いうちに暴れる自信がディアナにはある。この部分だけでも、さくっと解決しておくに限るんである。
「上手く伝えられていなかったかもしれないが、私たちは君を歓迎している。あまりにも急な話だったから、今は何も気負わないで構わない。家のことも嫁としてみたいなことも、少しずつ覚えていってくれればいいと、本当に思っている」
といったことを、ラキルスは滔滔と述べているが、似たような話は既に何度か聞いている。多少表現を変えたところで、言ってる内容が変わらないのであれば、そのハナシを続ける意味自体がないのではなかろうか。
ディアナは、自分のメンタルが鋼鉄コーティングされている自覚がある。
だから、肉弾戦はもちろんのこと神経戦でもラキルスに負ける気はしない。
強者たるもの懐の深さを見せるのは当然のことだと思うので、今までは寛容に構えていたつもりなのだが、どうせ話はいつまでたっても平行線なんだし、『そこらへんの手加減はもうしないでいいかな』と、ディアナは思い切りよくぶった切った。
「口先だけいい子ちゃん発言されたって気持ち悪いし」
「っ!?きもっ…!?」
腹芸にぶちキレたタイミングで、既にラキルスへの情けを捨てているディアナに、容赦はなかった。当たり障りない言葉を選ぶこともなく、もう明け透けに直球をぶつけに行った。狙ってデッドボールを放ったとも言える。
「歓迎してるなら、歓迎してるカオしないと駄目なんじゃない?歓迎してるカオしてないんだから、歓迎されてないんだなって思うのはフツーのことだと思うんだけど」
「歓迎してる顔をしていない…?私が…?」
少しぽかんとしたような表情を浮かべたラキルスだったが、全力で殴りにかかってるディアナが手を緩めることはない。
「笑ってさえいれば誰でも好意的に捉えるとでも思ってる?どっからどう見ても完全な作り笑いされたら、本当は歓迎してないのに無理して笑おうとしてるんだなって、私は思うよ?」
ディアナの言葉に、ラキルスは衝撃を受けているように見える。
『いつも柔和な微笑みを浮かべている好青年』と評されてきたラキルスは、作り笑いだなどと、ましてや気持ち悪いなどと言われたことは、今日まで一度たりともなかったことだろう。
まあ、公爵令息にそんな暴言吐けるのは、王家以外なら辺境伯家の人間くらいなもんだとは思うが。
王家の清楚で可憐でお上品なお姫様は、暴言なんて縁がないんだろうから、結局のところ、ラキルスにそんな暴言吐くのはディアナくらいなもんなんだろう。でも、それがどうした。しらんしらん。
「高位貴族は、気持ちを表情には出さないものなんだろうけど、それって家族に対してまでそうなの?妻は対象外なの?夫婦の間でさえも気持ちを出さないなら、いつ本当の気持ちを出すの?それとも、誰にも見せないのが正解なの?高位貴族は全員?一生?」
ディアナの遠慮ない口撃に、ラキルスは返す言葉がないようだった。
反応を見たカンジでは悪意はなさそうに思える。
―――――反応が窺えるなんて凄い進歩だ。
ラキルスはショックを隠しきれないようではあったが、それでも逃げることなくきちんと受け止めようとしているように見える。それだけでも、悪いヤツじゃないんだろうなって感じられる。
「いやその…すまない。考えが足りなかった。夫婦になったばかりなのだから、いきなり、昔から家族だったかのような距離感で接するのは難しいだろうと、勝手に思ってしまっていた」
トラウマ作戦というショック療法により、微笑みの仮面を剥ぎ取られたラキルスは、ちゃんと表情があるというか、後悔を滲ませた表情を見せてくれている。
そう、ディアナが望んでいたのはこういうことなのだ。
口先だけじゃなくて、こういう風に気持ちを見せて欲しかったのだ。
「辺境では、信用できない人間に背中は預けられないから、良いも悪いも全部ぶちまけて、お互いわだかまりを無くして、信頼関係を築いていくものなんだよね。だから、辺境の人間からしたら、気持ちを隠されるっていうことは、信頼関係を築く気がないんだなって気持ちになっちゃうんだ」
表面上のつきあいに過ぎないのであれば、いい顔しか見せずにいればいい。
でも、長いつきあいをしていくのであれば、深くつきあわないのも難しい。それなら、不満を抱え込むべきではないと思う。
だからディアナは、初っ端から気持ちを示して見せた。
表情を晒すことで伝わる『信頼』も、きっとあると思うから。
「敷地を案内すると言ったとき、嬉しそうに首を縦に振るディアナを見て、『心を開いてくれているのかな』と、確かに私は感じていた。せっかくディアナが示してくれて、私もそれを感じ取っていたのに、自分も返そうという発想に至らない自分が情けない」
ラキルスは、自分の至らなさを認め、真摯に反省する。
無意識にいつもの微笑みを浮かべかけたことに気づいたのか、慌ててきゅっと口を引き結ぶ。
その表情は、『ディアナに、適当にやり過ごそうとしているなどと受け取らせるような行動は、間違ってもしてはならない』という、決意のようなものを滲ませていた。
「ふふっ。まだ意識的なカンジはするけど、変えていこうとしてくれることが嬉しい。わたしも精進するから、これからよろしくね?」
ディアナは遺恨を感じさせることなく、カラッと笑った。
それから、使用人が魔獣を見たらパニックに陥ること必至なため、取り急ぎ二人で魔獣の剥製を片付けることにした。
片づけながらも、「私達はイビるつもりは本当にないし、不便があったとしても、それは嫌がらせではなく文化の違いの可能性があるから、まずは遠慮せず教えて欲しい」といったお願いや、
「叫びもしないで、どうやってストレス解消してるの?」といった素朴な疑問など、話は明け方まで尽きなかった。
全く以て余談だが、ラキルスのストレス解消法は『瞑想』とのことだった。
何でそれでストレスが解消されるのか、ディアナにはさっぱり理解できなかったという。




