01. 王命
おつきあい頂けましたら幸いです。よろしくお願いいたします。
その日、国は衝撃のニュースにどよめいていた。
末の姫君の輿入れが発表されたのだ。
お相手は、確執が噂されてきた隣国の王太子。
長年のいざこざに終止符を打ち、お互いに歩み寄るためにと決まった、政略的なものである。
『戦争に発展するような決定的な何かがあるわけではないが、何となく相容れない』といったような、イマイチはっきりとはしない理由で、長年まともに国交をもっていなかった両国だが、ここに来て何やら潮目が変わったらしい。
隣国の王家には王子しかいない。
婚姻という結びつきを選ぶのであれば、我が国の姫が嫁ぐしかない。
我が国には未婚の姫は一人しかいないため、末の姫君が輿入れすることになったのだが、国民がどよめいた理由は、姫には既に婚約者がいたことにあった。
公爵家のご嫡男、ラキルス。
家柄はもちろんのこと、頭脳明晰で物腰穏やかな爽やかイケメンで、国民からの好感度も非常に高い青年だった。
隣国との和睦のための婚姻である。
既に婚約者がいるとかいないとか、つべこべ言ってる場合ではない。
姫とラキルスの婚約は、さくっと迅速に白紙撤回となったのだった。
国中が姫の輿入れのニュースに沸く中、辺境伯家の二女・ディアナは、父である辺境伯とともに王城に呼び出されていた。
王への謁見があることは聞いていたが、何故自分が同席するのか深く考えることもなく、父のオマケくらいの軽~い気持ちで乗り込んだところに、
「公爵家嫡男・ラキルスと、辺境伯家二女・ディアナの婚姻を命じる。婚約ではない。即刻婚姻せよ」
という、王命が言い渡される。
ディアナが、何もピンとこずに「ほえ?」と小さく呟いた横で、辺境伯は盛大にブチ切れた。
「ふざけんなよこの無能が!!お前の都合にウチの娘を巻き込んでんじゃねえぞ!!辺境伯家をナメやがるなら、捕獲した魔獣を王城に放つぞ!!」
王や大臣は戦慄した。
辺境伯は、ただの脅しではなくガチでやる人種だからだ。
この国の辺境伯家と言えば、辺境で魔獣を封じ込め国に安寧をもたらしている最大の功労者であり、辺境伯が束ねる辺境伯軍は、王立騎士団など足元にも及ばない、最強常勝軍である。
その武力は、隣国もが震えあがるほどのもの。
決して怒らせてはいけない相手、それが辺境伯家なのだ。
そして、それほどの家のご令嬢だからこそ、隣国の王太子をも黙らせることができ、今回の話が浮上したとも言えた。
隣国の王太子はプライドが鬼ほど高いらしく、自分の妻に迎える女性が『姫』以外などということは断じて受け入れられないと言う。王家の血を引く公爵家の令嬢であっても却下だそうだ。
なので、姫の婚約を白紙にしてでも、正真正銘の『姫』を嫁がせることにしたのだが、『姫に婚約者がいた』という変えようのない過去に不満があるらしい。
身も蓋もない言い方をしてしまうと、おさがりを貰い受けなければならない感覚のようなのだ。
つーたかて他に未婚の姫はいない。
『おさがりの姫』か『姫じゃない令嬢』かなら姫を選ぶそうなので、姫が嫁ぐことは確定した。
だが、裏でまだ愚痴愚痴言っているらしいと漏れ伝わってきた。
と言うのも、元婚約者の公爵令息の評判が、すこぶる良すぎるのだ。
穏やかで爽やかなイケメンで、頭もスタイルもセンスも良い。
常に紳士的に振る舞い、婚約者との距離感も適切で、エスコート以外でむやみに触れることもない。
どんなに婦女子に騒がれ取り囲まれようと、穏やかな微笑みでするっと躱し、盛大に叩いて叩いて叩きまくろうとも埃ひとつでない清廉潔白っぷり。
顔面だけで言うなら、彼を上回るイケメンは他にもいるが、トータルで彼を上回るのは相当にハードルが高い。
清楚で可憐、お淑やかな愛され美人である末の姫君と、幸せそうに微笑みあう姿は、さながら一枚の絵画のようだと賞賛され長年国民から支持されてきた、まさにお似合いの二人。
そんな元婚約者の存在が、隣国の王太子には疎ましいらしい。
もう殆どインネン付けられてると言っていい類のものである。
せっかくの和睦に水を差すわけにはいかない。
国の上層部は、新たな確執を生じさせないためにも、ラキルスはさっさと妻帯するべきだという結論に達する。
あの王太子、とにかくラキルスに難癖つけたいようなので、『元婚約者の公爵令息が、未練たらしく姫の離縁を待ち望んでいる』とかガチで言いだしかねない。
ラキルスに新たな婚約者を…とか呑気に構えている場合ではない。速やかに婚姻させてしまわなければ、何と言うか、とにかくもう煩わしい。
だが、簡単に離縁できると思わせるようなご令嬢を迎えては意味がない。
例え即席であっても、急ごしらえであっても、決して離縁はないと納得させられる相手でなければならない。
そして白羽の矢が立ったのが、辺境伯家だったというわけである。
隣国の王族といえども、我らが辺境伯家のご令嬢が相手であれば文句のひとつも言えないし、婚約を白紙撤回されるという憂き目に遭った公爵家としても、絶対的覇者と言っていい辺境伯家と縁が結べるのであれば、溜飲も下がるというものである。
最大の難関は、どうやって辺境伯に首を縦に振らせるかだったわけだが、
「どうせ簡単には納得しないだろうし、王命くだすか」という安直な手に出た結果、虎の尾を踏むに至っている。
まあ、辺境伯家を巻き込む以上は、どう足掻いたって穏便には済まないので、このくらいは覚悟の上ということのようである。