第13話 星乃、対峙する
今までバモクラフトが人前に現れなかったこと。
そして星乃が一人になったタイミングで姿を現したこと。この二つは決して偶然などではなかった。
かつて自分より格下の人間に手傷を負わされたバモクラフトは、自分の弱さを恥じた。
二度と負けぬため、バモクラフトは下層と深層で強力なモンスターを相手に戦い、倒し、そして食らうことで強くなり続けていた。
通常ダンジョン内でモンスター同士が戦うことは、あまりない。
それはダンジョンの中で生まれたモンスター同士は『緩い仲間意識』を持つという特性があるからだ。
縄張り争いなどで牙を向け合うことが、ないわけではない。しかしそのようなことが起きるのは少なく、基本的に別種のモンスターであってもお互いの領域を奪い合うことなく暮らしている。
しかし異常成長個体はその『緩い仲間意識』を持たないことが多い。彼らはダンジョンの支配、規律から切り離された存在なのだ。
ゆえに通常個体よりも大きく、強くなり。他のモンスターを容赦なく襲う。
バモクラフトはその筋力もさることながら、嗅覚も異常に発達していた。
深層にいたバモクラフトは、中層にやってきた星乃の匂いを嗅ぎ取っていたのだ。
その匂いに己の仇敵と似たものを感じたバモクラフトは、中層近くへとやってきていた。しかし危機察知能力もずば抜けているバモクラフトは、星乃の横にいた謎の存在に恐れを抱き、今まで近づかなかったのだ。
強くなった自分が人間に負けるはずがない。そういう自負があったが、それでも本能の警告に従い今まで息を潜めていたのだ。
しかしその存在は今はいない。
いるのは仇敵と似た匂いの、弱い人間のみ。
今こそ復讐の時。
バモクラフトは全力で地面を蹴り、その巨体に似合わぬ速度で星乃に接近し手にした斧を振るう。
『ブオオオッ!!』
「……っ!?」
一瞬反応が遅れた星乃だったが、なんとか横に跳躍しその一撃を避ける。
地面に命中した斧は、硬い地面をバターのようにやすやすと裂いてしまう。頑丈な体を持つ星乃といえど、食らえば原型をとどめることは不可能であろう。
(……だめ。勝てる気がしない。に、逃げなきゃ)
相手はSSランクのモンスター。
Aランク程度であれば勝てるようになってきた星乃だが、さすがにSSランクはケタが違う。まったく勝てるビジョンが見えなかった。
来た道を引き返そうとする星乃。
するとバモクラフトはすぐさま追いつき、再び斧を振るう。
「きゃ!?」
狙いすまされたその一撃は、星乃の頭上ギリギリを通り彼女の髪を数本切り落とす。あとほんの数センチ下であったら致命傷を負っていただろう。
「は、速すぎる……これじゃ逃げられない……!」
パワーだけじゃなく、スピードまで負けている。
次背を向ければ、確実に背中から真っ二つにだろう。
いったいどうすればこの場を切り抜けられるのか、星乃の表情に焦りが浮かぶ。
『ブ、ブブブッ』
逃げることをやめ、剣を構えながら怯える星乃を見て、バモクラフトはおかしそうに嗤う。そしておもむろに背中に手を回すと、担いでいるたくさんの武器から一つ、剣を掴んで引き抜く。
特別特徴のない、ごく普通の両手剣だ。
使い古されているみたいで刀身には細かい傷がある。
いったいなにをしようとしているんだと困惑する星乃。
しかし次の瞬間、星乃はその剣の正体を思い出す。
「それはまさか……お父さんの……っ!」
その剣は彼女の父親、星乃剛が使っていた物だった。
遺体こそ見つかったが、確かに今まで剣は発見されなかった。戦いの途中で壊れたのだろうと思われていたがそれは違った。
その剣は今までずっとバモクラフトの背中に担がれていたのだ。
ここに至って星乃はバモクラフトが自分と父の関係を把握していることに気がついた。そしてバモクラフトは自分を見逃すつもりがないこともまた、同時に理解した。
『ブ、フフウ』
バモクラフトは醜悪な笑みを浮かべながら、手にした剣の先っぽをつまむ。
そして次の瞬間……星乃の目の前でその剣をバキッ! とへし折って見せた。
突然の出来事に、星乃は呆然とする。
剣とともに父との思い出も砕かれたような気持ち。思わず目から涙が一筋こぼれる。
それを見てバモクラフトは『バハハハハッ!』と楽しげに嗤う。
失意の底に叩き落される星乃。しばらく茫然自失とする彼女であったが、ふつふつと胸の内に熱いものが込み上げてくる。
「……さない」
『ブフ?』
「お前だけは……許さないっ!」
涙を流しながら、星乃は吼える。
父をその手にかけただけに飽き足らず、その死を愚弄したバモクラフトに対し、星乃は今まで芽生えたことのない強い怒りを覚えた。
全身が熱くなり、細胞が活性化する。
両手で大剣を強く握った彼女は、バモクラフトに斬りかかる。
「はあああああッ!!」
全身全霊の力を込め、大剣を振るう。
バモクラフトは彼女の攻撃を手にした斧の柄で受け止める。すると、
『ブオ!?』
斧を手にした手に強い衝撃が走り、なんと自分の巨体が後退したではないか。
想像を超えたその膂力にバモクラフトの顔に焦りの色が浮かぶ。
「私はもう逃げない! お父さんの無念をここで私が晴らす!」
星乃はそう宣言すると、自分より遥かに格上の相手に果敢に挑むのだった。
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