第8話 田中、砕く
"やっば。ガチでテロじゃん"
"あれって迷宮解放教団でしょ? マジでこんなことすんのかよ"
"一線越えてるな……"
"元からヤバい定期。お前らネタにしてるけど本当にヤバい組織だからな?"
"てかなんかダンジョンできてない? スカイツリー跡地にダンジョンなんて無かっただろ?"
"新しく生まれたから教団が来たとか?"
"でもなんでダンジョンができたのを予測できたんだ?"
"あのダンジョンを教団が作った、とかw"
"流石にそれはないだろw"
"それがマジだったら世界がヤバい"
"なんにせよ田中が間に合って良かった、視聴者の情報のおかげだな"
現場の様子をステルスモードでドローンが配信する。
凄惨な現場を配信することに田中は少し躊躇ったが、配信すれば政府に現場の状況を届けることができる。
仮に自分がしくじったとしても、天月や堂島が現場を知ってくれれば対処してくれる。そう思ったのだ。
「……」
田中は黙ったまま教団員たちを見据える。
殺気が充満し、辺り一面に肌を突き刺すような冷たい空気が流れる。
そんな中、教団員のリーダーは努めて平静を装い、軽い口調で田中に話しかける。
「君は……どなただろうか? どうやらそこの犬の知り合いのようだが」
覚醒者であれば銃弾を斬りながら刀身を捻ることで先ほどのようなことはできる。この殺気は気になるが、リーダーはまだ田中をそれほど危険視していなかった。
そんな彼の問いに田中が答えないでいると、彼の部下の教団員がリーダーに進言する。
「リーダー。あいつは最近話題のDチューバーです。名前は確か田中とかいいました」
「Dチューバー? 迷宮の内部をいたずらに晒す愚か者じゃないか。なんでそんな奴がここに?」
ここしばらくは計画のことに集中していたリーダーは田中のことを知らなかった。
「それが……奴はあの堂島と組んでいるらしいのです。しかも帰還者の一人だとか」
「ほう。それは素晴らしい。我らの聖地から帰還したとは」
帰還者と聞き、リーダーは初めて田中に興味を持つ。
皇居直下ダンジョンは彼ら教団からしても特別なダンジョン、聖地だった。しかし名前が明かされている帰還者はほぼ全員が政府の味方であった。
だがここで帰還者が自分たちの仲間になれば、教団の士気も上がる。リーダーはそう考えた。
「田中とやら! どうだい、我らとともに来るというのは!? さすればその女は見逃してやろう! 帰還者であれば幹部待遇だぞ!」
自信満々にそう呼びかけるリーダーだったが、田中はその言葉に更に怒りを募らせる。
「ふざけるな。どんな条件を積まれてもお前たちの仲間になどなるものか」
「そうか……残念だよ」
リーダーはそう言うと、手に隠し持っている機械で部下に指令を出す。
すると田中の背後の瓦礫に隠れていた教団員が、鋭い剣を片手に動き出す。暗殺部隊の一員である彼は、音もなく飛び上がると田中の後頭部めがけて剣を突き出そうとする。
"田中! 後ろ、後ろー!"
"気づいてくれ!"
"田中ァ! 後ろだ!"
視聴者たちはコメントでそう呼びかけるが、田中はコメント画面を切っているため気づかない。
「残念だよ」
勝ちを確信し、布の裏でほくそ笑むリーダー。
しかし田中は背後から忍び寄る男の存在に気がついていた。どんなに足音を隠しても衣擦れの音や呼吸音を完全に消すことはできない。
だが全てを分かった上で、回避しなかった。
(終わりだ!)
勝利を確信しながら、教団員は剣を突き出す。
風を切りながら襲い来る凶刃。その剣はまっすぐ田中の後頭部に突き刺さり……音を立てて砕けた。
「……へ?」
間の抜けた声を出す教団員。
彼の手にしていた剣は、それほど上等なものではないが、それでもダンジョンで取れた鉱物から作られたもの。地上の岩や鉄などバターのように切り裂いてしまう。
そんな剣が人の体で砕けるなど、とても信じられなかった。
(馬鹿な……ありえない!)
手に残るまるで巨大な巌に剣を突き立てたような感覚に戸惑う教団員。
すると田中は後ろを振り返り、右手の指を立てて『貫手』の形を作ると、目にも止まらぬ速さでそれを教団員の腹に打ち込んだ。
「が……っ!?」
まるで本物の槍を突き立てられたかのような感覚。
その衝撃に内臓が捻じれ、背骨が悲鳴を上げる。痛みの許容量を大幅に超えた教団員はあっさりと意識を手放し、その場に崩れる。
"つっっっよ"
"田中しか勝たん"
"剣くんバラバラで草"
"なんで剣のほうが砕けるんですか(呆れ)"
"シャチケンカチカチで草"
"ツヨツヨの実を食べた全身強強人間"
"サファイアドラゴンの鱗を拳で砕いてたから、それより強い武器じゃないと無理でしょ"
"確かに"
"教団の奴ら今の見て慌ててて草"
「なんだ、あいつは……!?」
教団員たちのリーダーは、田中の動きを見て戦慄する。
彼ら教団員たちも、自らの野望実現のため肉体を鍛えている。独自に隠し持っているダンジョンに長時間潜ったり、怪しげな薬に手を出したりなど、自分の肉体を極限までいじめ抜いているという自負があった。
しかし田中の強さはそんな彼らを大きく上回っていた。
いったいどれだけ苦難を乗り越えればたどり着ける境地なのか。リーダーは絶句する。
しかしここで負けを認める訳にはいかなかった。せめて自分たちは逃げ切らなくてはいけない、まだ崇高な目的は果たしきれていないのだから。
「う、動くな! こっちにはガキがいるんだぞ!」
リーダーがそう言うと、部下の教団員が女の子の人質を田中に見せつける。
教団員は左手で女の子の体を押さえ込み、右手に持った銃をこめかみに押し当てている。それを見た田中は眉をひそめる。
「人質か。道理で凛が後れを取るはずだ」
しかし田中は人質の出現に取り乱すことなく、ゆっくりと腰に差した剣に手をかけた。
するとそれを見た教団員が大きな声を上げる。
「な、なにしてやがる! 状況が分かってねえのか!」
銃を更に女の子に押し付ける教団員。
女の子は怯え、目に大粒の涙を浮かべる。
しかしそれでも田中は落ち着いていた。取り乱せば付け込まれることを彼はよく理解していた。
「お前こそ状況を理解しているのか? そこは俺の間合だ。つまり俺とお前の状況は五分」
田中と教団員の距離は二十メートルは離れている。とてもじゃないが剣が届く範囲ではない。
しかし教団員は田中の言葉がとても嘘には聞こえなかった。まるで首筋に剣を押し当てられているような感じすら覚えた。
「試してみるか? お前が引き金を引くのと、俺の剣が届くのと、どちらが速いか」
田中は腰を低くし、居合の構えを取りそう言うのだった。
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