第3話 休むもの
「今日も上手くいったね! 私と凛ちゃんの連携もどんどん良くなってくし、どんなモンスターが来ても楽勝だね!」
「油断はいけませんよ唯。どんな強敵が現れるか分からないのですから。……まあ確かに、私たちであればそこらのモンスターに後れを取ることはないと思いますが」
俺はリビングで休んでいると、星乃と凛が帰って来る。
どうやら今日の仕事は終わったみたいだな。声の明るさから察するに今日も大活躍だったみたいだ。
現在天月は休暇を取り、家で休養している。
そして俺と星乃、そして鋼鉄の牡鹿ギルドのメンバーでその穴埋めをしているというわけだ。
俺もさっきまで政府の仕事を受けていて、ちょうど帰ってきたところなのだ。
「あ、田中さん! 帰ってきてたんですね」
「おかえり二人とも。渋谷ダンジョンは広くて大変だろう、お疲れ様」
二人は今日渋谷地下ダンジョンでネームドモンスターの討伐をしていたはず。
あそこは俺も仕事でよく潜っていた。そもそも最初に配信事故を起こしたのがあのダンジョンだからな……懐かしい。
あの時はまさか自分が社畜を脱出して、今みたいな平穏な生活を送れるだなんて夢にも思わなかった。
そんなことをしみじみ思っていると、俺を挟むようにして星乃と凛が両隣にぼふっと座ってくる。
「先生もお疲れ様です。ですが私も頑張ったのでたくさんなでて下さい。迅速に」
「あー! 凛ちゃんずるい! 私も私も!」
俺は頭をぐりぐり押し付けてくる二人を、満足するまでなでる。
こんなとこ配信したら無限にからかわれるだろうな。どこかに隠しカメラとかないよな?
「田中さんは今日はどんなお仕事をしたんですか?」
「別に普通だ。午前中に新宿のダンジョンでSランクモンスター10体の討伐。その後池袋のダンジョン4箇所でネームドモンスターを討伐したくらいだ」
「ええ!? 一日でそんなにやったんですか!?」
星乃は大きな声で驚く。
「それ絶対一日でやる量じゃないですよ。一週間あっても大変です」
「そうか? 黒犬ギルドにいた時はこれ以上の量をやらされていたからなあ。残業がないだけ全然マシだ」
「先生が仕事をやめられて本当に良かったです……」
凛がしみじみと呟く。
あの時は世のサラリーマンたちはみんな同じくらい仕事をしているもんだと思っていたが、それは違うのだと会社を辞めてから知った。
まあまだ残業100時間超えの同志は社会にいるみたいだが……強く生きてほしい。
「ところで天月さんの体調はどうですか?」
「ああ、それはだな……」
心配そうに尋ねてくる星乃に答えようとすると、リビングの扉がガチャッと開く。
リビングに入ってきたのは天月であった。寝間着に身を包んでいるせいか、いつものキリッとした雰囲気は鳴りを潜めている。
「私はもう……大丈夫よ。心配いらな……っ」
天月が歩き出すと足がもつれて転びそうになる。
俺はすかさず駆け出し、彼女の体を受け止めて支える。
「大丈夫か? 無理するなよ」
「ええ……ごめんなさい」
しゅんとする天月を支えながら移動し、俺がさっきまで座っていたソファに座らせる。
やっぱりまだ本調子にはほど遠いな。ここまで弱っている天月を見るのは初めてかもしれない。
「誠から話は聞いたわ。二人が仕事を手伝ってくれてるのね、ありがとう」
天月は俺と星乃を交互に見て、礼を言う。
俺は気にしなくていいと言うが、天月はとんでもないことを言い出す。
「でももう大丈夫。三日も休んだし、明日から仕事に戻るわ」
「え!? なに言ってんだ天月。まだボロボロじゃないか。ちゃんと疲れが取れるまで休まないと駄目だぞ」
「あなたに言われても説得力がないわ」
「…………」
俺は言い返すことができず口をつぐむ。
毎月の残業が300時間を超えていた俺が休めと言っても説得力に欠けてしまう。
くそ、恨むぞ須田。
俺がしょんぼりしていると、天月の隣に座っている凛が彼女の説得を試みる。
「姉さん、あまり困ったことを言わないで下さい。仕事は私たちで回しますから、しっかり休んで下さい。一課のみんなもそれを望んでいます」
「……そうね、ごめんなさい。少し意地になっていたわ」
妹のような存在である凛に諭され、天月は落ち着きを取り戻す。
すると星乃が俺の横にやって来て不思議そうに尋ねてくる。
「田中さん。天月さんってなんでまだ体調が悪いんでしょうか? 覚醒者なら三日もあれば疲労は取れると思うんですけど」
「そうだな……少し診てみるか」
俺は天月に承諾を取り、彼女の体を診始める。
こう見えて人体のことは詳しい。触診すれば大体のことは分かる自信がある。俺は天月の体を触ったり押したりしながら探っていく。
「筋肉は……正常か。臓器も問題ないな」
「ん……っ、あっ……んんっ……!」
触診していると天月が色っぽい声を出す。
すると星乃と凛が刺すような視線をこちらに向けてくる。俺は真面目にやってるだけなのに……。
「なんかの病気でもなさそうだが……体の魔素が過剰に溜まってしまっているな。どうやら『魔素詰まり』を起こしているみたいだ」
「魔素詰まり、ですか?」
その言葉を聞いた星乃は首を傾げる。
まあ知らなくても無理はないか。よくある症状じゃないからな。
「『魔素詰まり』はその名の通り、魔素が体に蓄積してしまう症状です」
星乃の疑問にすかさず凛が回答する。
どうやら俺が説明する必要はなさそうだ。
「覚醒者は魔素を生み出したり、取り込んだりすることができます。しかし体に魔素が溜まりすぎると、魔素中毒を起こしてしまいます。だから覚醒者の体は余分な魔素を無意識に『排出』しているんです」
魔素は人体にとって有害な物質だ。
許容量を超えれば体に不調が起こり、その状態が続くと死に至る。
「しかしなにかしらの要因で、魔素を排出できない状態になることがあります。そのような状態を『魔素詰まり』と言うのです」
「なるほど。つまり天月さんは今、魔素を上手く排出できない状態ってことだね。だから体に魔素が溜まって体調が悪く……って、それかなりマズい状態なんじゃない!?」
星乃はあたふたしながら天月を心配する。
すると天月はそんな彼女をなだめて落ち着かせようとする。
「心配いらないわ。私の魔素許容量は普通の人より多い。疲労は抜けないけど、魔素中毒を起こすほど症状は進行していないわ」
「そ、そうですか? でも早く治した方がいいですよね。田中さん、なにかいい方法はないんですか?」
星乃にそう聞かれ、俺は考える。
魔素詰まりは個人によって治し方が異なり、それを起こした原因を取り除くというのが一般的だ。
天月は激務の中で体調を崩し、それが原因で魔素詰まりになった。つまり疲労を回復させるのが魔素詰まりを治す方法になる。
しかしその魔素詰まりのせいで疲労が抜けない状態になってしまっている。
これじゃ堂々巡りだ。なにかいい方法はないかと考え……俺はあることを思い出す。
「そうだ、いい方法があった」
「え、本当ですか!?」
「ああ。俺も前に魔素詰まりを起こしたことがあってな。その時に師匠の橘さんに良い治し方を教えてもらったんだ」
「田中さんの師匠さんが!? いったいそれってどんな方法なんですか?」
星乃だけでなく、天月と凛も期待の視線を俺に向けてくる。
俺はみんなの注目を浴びながら、それを口にする。
「温泉だ。ダンジョンの温泉に入れば、きっと良くなるぞ!」




