第4話 田中、下見に行く
「わー! 凄い! こんなところが近くにあったんですね!」
目の前に広がる綺麗な海を見て、星乃は嬉しそうに声を出す。
白く輝く砂浜に、どこまでも続く水平線。空からは光が降り注ぎ皮膚に突き刺さる。
俺たちは今、そんなビーチにやって来ていた。
「わ、冷たい! 凛ちゃんもこっちこっち!」
「ですが……」
星乃に呼ばれた凛は戸惑いながら俺の方をちらっと見る。
どうやら遠慮しているみたいだ。俺のことなんか気にしなくてもいいのにな。
「行ってこい。少しくらいなら羽を伸ばしても大丈夫だ」
「……! はい!」
凛は嬉しそうに返事をすると、星乃のもとに駆けていく。
二人は海の中に足を入れながらパシャパシャと水をかけ合う。平和でいい光景だ。
「……にしてもこんな平和なダンジョンがあるなんてな」
俺はリゾート地にしか見えないビーチを見ながら呟く。
ここは最近新しく発見されたダンジョンだ。名前は「浜松町ビーチダンジョン」。名前の通り大きなビーチが広がる、なんとも緊張感のないダンジョンだ。
「兄貴! パラソルはここらへんでいいですかね?」
「ん? ああ、適当にやってくれ」
「了解です!」
ビシッと敬礼したのは魚人のダゴ助だった。
いつもは事務所の中で悠々自適なニートライフを送ってるダゴ助だが、今回は一緒に来てもらっている。
「……にしてもほんと平和なダンジョンですね。モンスターの一体も出てこないなんて」
「そうだな。俺もこんなダンジョンに潜るのは初めてだ」
ここ浜松町ビーチダンジョンは希少な素材がほとんど出現しない代わりに、出てくるモンスターのランクも低い。間違いなく数あるダンジョンの中でもぶっちぎりで探索難度の低いダンジョンだ。
「その、えーと……コラボカフェ、でしたっけ? ここならそれをするのも安全そうですね」
「そうだな。ダンジョンの中でイベントをするなんて正気かと思ったが、ここを借りれるなら実現も現実的に思えてきた」
このダンジョンは魔物対策省による調査も終了し、間も無く一般開放される予定だ。
だが今回は開放される前にこのダンジョンを借りることができ、コラボカフェをやらせてもらえることになった。
ここが希少な素材が採れるダンジョンだったらそうはいかなかっただろうが、ここは平和なこと以外に特徴はない。初心者が安全に修行できる以上の使い道はないということで開放前にレンタルすることができたのだ。
それでも少なくないレンタル料を払うみたいだが、足立の計算ではそれ以上の収益が見込めているらしい。頼もしいこった。
「それで俺はなにをすればいいんです兄貴? あんまり役に立てることはないと思うんですが」
「今日はただの下見だ。別になにかしなくても大丈夫だ。当日働いてもらえればそれでいい」
コラボカフェでは俺たち白狼ギルドも店員として働くことになっている。ダゴ助やリリシアにもそれを手伝ってもらう予定だ。
俺たちはもちろん、異世界から来た二人に会える機会なんて滅多にない。来る人も喜んでくれるだろう。
「そりゃ当日も働きますが……今日はほんとにやることないんですかい?」
「面倒くさいことはこっちでやっておく。お前が外に出れる機会は少ないんだ、せっかく海があるとこに来たんだ、泳いだりして羽根を伸ばしてこい」
ダゴ助はいつも事務所の外に出ることができない。まだこいつのような異世界の者を受け入れる土壌が地球にはないからだ。
こいつやリリシアはファンも多いが、別の世界の生物を毛嫌いしている人もまだまだいる。
それに彼らを実験動物としか見ていない者もいるだろう。誘拐リスクもあるので外に出すことはできない。
なのでダゴ助たちにはここで羽根を伸ばしてもらおうと思っていた。
ダゴ助はあっちの世界では水場に住んでいたはず。海で泳げるのは嬉しいだろう。
そう思って羽根を伸ばすよう提案したのだが、俺の言葉を聞いたダゴ助はうるうると目を潤ませる。
「あ、兄貴……そこまで俺のことを考えてくれていたなんて! 俺は感動しました、一生ついていきます!」
「な、おい! ひっつくな!」
ダゴ助は感涙しながら抱きついてくる。
鱗がじゃりじゃりと当たって少し痛い。俺はダゴ助の頭をつかみ、体から引き剥がす。
「いいから行って来い! ていうか離れろ!」
俺はそう言ってダゴ助の体を強く押す。
するとダゴ助の体がもの凄い勢いで吹っ飛び、そのまま海の沖の方にボシャン! と落下する。結構高い位置から落ちたけど、あいつは頑丈だしまあ大丈夫だろう。
「はは、楽しそうだな」
一連のやり取りを少し離れたところで見ていた足立が話しかけてくる。
コラボカフェの総指揮を取っているのは足立だ。ここ最近はその準備で忙しくしており、目の下にクマができている。
ちゃんと寝るよう言ってるんだが、率先して働いてしまうので中々休んでくれない。このままじゃうちまでブラックギルドになってしまう
「足立、お前ちゃんと休めよ? いざとなったら気絶させてでも休ませるからな」
「分かってるって。下見が終われば少し落ち着く。明日は休ませてもらうさ」
「本当だな? 有給も溜まってるんだからちゃんと使えよ」
有給は労働者の権利だ。ちゃんと使ってほしい。
一人が使い渋ると周りも休みづらくなるからな。無理してでも休んでもらわないといけない。
「ちゃんと休むから安心しろ。白狼ギルドがブラックなんて笑い話にもならないからな。それよりほら、お前も少しは遊んできたらどうだ? 唯ちゃんと凛ちゃんもお前と遊びたいだろ」
「え? 二人で楽しくやってんだから俺がいっても邪魔だろ」
「はあ……いつまで鈍感くんをやってんだ。必要になったら呼ぶからとっとと行ってこい!」
足立に無理やり背中を押され、俺はビーチの方に行く。
鈍感くんとは失礼な奴だ。最近は俺だって少しは人の気持ちが分かるようになったというのに。
「田中さーん! こっち来てください!」
「先生。楽しいですよ」
海に近づくと星乃と凛が砂浜に上がって出迎えてくれる。
いつもは強くて頼もしい二人だが、こうしていると普通の女の子って感じだ。楽しんでくれているようで良かった。
「あ、そうだ。ねえ凛ちゃん、あれを田中さんに見てもらおうよ」
「え……ここでですか? ですが……」
星乃の提案を受けた凛は頬を赤らめなにかを躊躇する。
いったいどうしたんだ? あれってなんなんだろうか。
「ほら、恥ずかしがってないで! 田中さんも絶対喜んでくれるから!」
「うう……分かりました。唯がそこまで言うなら……」
「やった♪」
強引に凛を説得する星乃。
いったいなにを見せてくれるんだろうと思っていると、突然二人がその場で服を脱ぎだす。
「な……っ!? おい! 足立もいるんだぞ!?」
二人の行動に驚き焦る俺。
彼女たちの服の下からは下着が現れ……るかと思ったが、そうはならなかった。
「じゃーん! どうですか?」
「に、似合いますか……?」
服の下から出てきたのは、可愛らしい水着だった。
星乃は明るい柄の水着、凛は黒くてセクシーな水着を着ていた。
二人ともとても似合っていて、俺は思わず見惚れてしまう。
「先生? どうしました? もしかして好みじゃありませんでしたか?」
「いや、そんなことないぞ。凄く似合ってて可愛い。見惚れちゃって上手く反応できなくてごめんな」
「……っ!」
そう言うと凛は耳まで赤くして照れてしまう。
なんだこの可愛い生き物。思わずいじわるしたくなってしまうほど可愛い。
「良かったですね凛ちゃん。水着選びに行った甲斐がありましたね♪」
「星乃もとっても可愛いぞ。よく似合ってる」
「はうっ」
星乃を褒めると彼女まで赤面してしまう。
なんだかこっちまで恥ずかしくなってきたな……大人として情けないかもしれないが、学生時代まともに恋愛してないからこういったことに免疫がない。
だが俺にも年長者としての意地がある。このまま無言なのも申し訳ないし、なにか話を進めるとしよう。
「まだ時間には余裕あるけど、どうする? 二人はなにかやりたいこととかあるか?」
「えっと泳いだり貝殻集めたりビーチバレーしたり……田中さんと一緒ならなんでもしたいです!」
「そうですね、唯の言う通り先生とならなんでも楽しめます」
俺は少し悩み「じゃあビーチバレーでもするか」と提案する。
すると二人は嬉しそうに「はい!」と言ってそれを承諾してくれる。
こんなところで遊ぶなんてリア充みたいだな。
業務時間中ではあるが、いつも命がけの戦いをしているんだ。これくらい許されるだろう。




