第1話 田中、銀座に行く
富裕層が集まる銀座の地下には、広大なダンジョンが広がっている。
黄金でできたその入り口の先には、黄金の肉体を持つモンスターたちが徘徊しており侵入者の命を容赦なく奪う。
銀座黄金都市ダンジョン。
下層ですらBランクのモンスターが出現するこのダンジョンの難度は、世界でもトップクラス。
魔物対策省はこのダンジョンへの立ち入りを厳しく制限しており、熟練の探索者パーティでしか中に入ることはできない。
そんな超高難度のダンジョンの中を、俺は一人で突っ走っていた。
「そろそろ深層に到着します。意外と早かったですね」
"速いのはお前定期"
"このダンジョン眩しすぎる"
"ていうか本当に強いモンスターしかいないなw"
"そうなの?"
"シャチケンが強いから強い気しないよなw"
"ここのダンジョンの配信なんて見られないぞw 深層とか楽しみすぎる"
社畜剣聖、通称「シャチケン」という愛称で呼ばれている俺、田中誠はダンジョン配信者だ。ダンジョンに入り、探索するのがその仕事だ。
なので俺は今日も楽しくダンジョンに潜り、その様子を配信している。
今日の配信タイトルは「黄金都市ダンジョンを最速深層到達RTAしてみた」だ。
最近ダンジョン配信界隈では「中層到達RTA」なるものが流行っているらしい。
RTAとはリアルタイムアタックの略。つまり中層にどれだけ早く着けるか、その時間を競う企画みたいだ。
時間だけ競ってもしょうがないとは思うが、視聴者ウケがよく人気があるらしい。
まあ俺も社畜時代は時間がなくて自然とRTAみたいなダンジョン攻略をしてたからあんまり他の人のことをとやかくは言えないが。
『ゴォーッ!!』
「ん?」
声がしたのでそちらに気を向けると、俺を塞ぐかのように一体のゴーレムが立ちはだかる。
太い足に太い腕。そしてなにより黄金色に輝くボディ。こいつはSランクのモンスター、ゴールデンゴーレムだ。
"でかっ"
"つよそう(小並感)"
"これゴールデンゴーレムじゃん! 初めて見た!"
"深層まだなのにSランク出るとかこのダンジョンヤバいな"
"もっとヤバい奴が配信しているから大丈夫でしょ"
"確かに……w"
ゴールデンゴーレムのボディは堅牢で、生半可な刃では傷ひとつつけることはできない。
打撃も有効的ではなくダメージを与えるのはとても難しい。
なのでゴーレムはその体のどこかに刻まれている文字列に傷をつけるのがもっとも有効的な攻略方法なのだ。
その文字列さえ壊せば、ゴーレムは動きを止め機能停止する。
「もうすぐ深層到着だというのに……面倒くさいな」
だがRTA中に文字列を探すなんて面倒くさいこと、していられない。
俺は腰に差した剣に手をかけ、それを抜く。
「我流剣術、無尽斬」
俺が剣を振るうと、幾千幾万の剣閃がゴールデンゴーレムに降り注ぐ。
その斬撃は刹那の間にゴーレムを切り刻み、金の粉に変えていく。
"うおおおお!"
"ゴーレムくんが細切れになってく……"
"もったいない"
"金粉になっちゃった"
"実家のような安心感"
"面倒くさいで切り刻まれるゴーレムくんに涙を禁じえない"
「ふう。ゴーレムは倒すのが面倒くさいですが、ここまで微塵切りにすれば動かなくなるのでおすすめです」
"なるほど"
"ためになるな"
"言うほどためになるか?"
"実現不可能なことに目をつむればためになる"
"草"
"シャチケンのRTA適性高すぎる"
無事ゴーレムを倒した俺は先を急ぐ。
だいぶ魔素が濃くなってきたそろそろ深層に到着するだろう。
大穴に飛び込み、更にダンジョンの奥へ。
そうしてしばらく落ちると、地面が見えてきて俺は着地する。
着地した衝撃で地面が大きく砕けるが、気にしない。今はRTA中、細かいことを気にしている余裕はない。
「さて、もう深層は目のま……あ」
顔を上げると、そこには俺を囲む大量のモンスターがいた。
さっきも倒したゴールデンゴーレムに金鬼、ゴールデンスライムなど金の体を持つモンスターが勢揃いだ。
そして一番目を引くのが巨大な体を持つ黄金の龍。
Sランクモンスター、金龍だ。
長く太い蛇のような体には黄金の鱗が生え揃っていて、その鱗は物理攻撃だけでなく魔法を『反射』する効果がある。
口からは高温の炎を吐き、生命力は非常に高い。目立った弱点のない、強力なモンスターだ。
"モンスター多すぎる!"
"シャチケン出待ちされてて草"
"ダンジョンでも大人気やね"
"金龍じゃんあれ! Sランクモンスターだぞ!"
"やっぱこのダンジョンおかしいわ"
"これはヤバいぞ(時間が)"
"確かにこれは大変なことになったな(タイムが)"
"誰もシャチケンの心配してなくて草なんだ"
うーむ。これはどうしたものか。
これだけの数を相手にしていたら、せっかくタイムが十分を切れそうなのに失敗してしまう。そう考えていると、
『ゴアアアアアッ!!』
俺の気持ちも知らず金龍が雄叫びを上げながら突っ込んでくる。どうやら俺を食べる気らしく、黄金の牙を剥き噛みついてくる。
はあ……こりゃ逃げても無駄そうだな。面倒くさいがとっとと片付けるとしよう。
『ゴギャア!』
「うるさいな……おすわりっ!」
『ゴギュウッ!?』
俺は金龍の顔面を下方向に殴り飛ばす。
すると金龍の顔面は地面に陥没し、その肉体は上にピン! と伸びる。
"うお"
"おすわりは草w"
"犬かな?"
"体がピンってなってて草"
"ここだけ世界観がカートゥーンみたいだな"
"金龍くんの出オチ感すごw"
地面にぐったりと倒れる金龍。
その姿を見た俺はいいアイディアを思いつく。そうだ、これならすぐに終わるかもしれない。
"田中ァが悪い顔してる"
"こういう時はだいたいとんでもないこと考えてるゾ"
"ワクワク"
"田中の悪い顔でごはん三杯はいける"
"草"
俺は金龍の尻尾をガシッと掴むと、その場でぐるぐると回転し始める。
すると当然金龍の長い体も遠心力の影響を受けてピンと伸びてぐるぐる回り始める。
俺がその場で回るだけなら、周囲に大した影響はない。しかし金龍の長い体が一緒に回れば、それは巨大な台風だ。
俺と金龍が生み出した台風はモンスターたちをなぎ倒し、吹き飛ばしていく。
"おわああああ!?"
"すげえ規模だww"
"もうめちゃくちゃだよw"
"田中ハリケーンと名付けよう"
"【悲報】田中、天災だった"
"確かにこれなら一瞬でモンスター倒せるなw"
"たった一つのさえたやり方"
"ゴリ押しじゃねえかw"
「ふう……こんなものか」
回るのをやめると、台風が消えて視界が開ける。
たくさんいたモンスターたちは全員吹き飛んであちこちで倒れていた。どうやら今の台風で全員倒せたみたいだ。
俺と協力してくれた金龍は完全にぐったりして倒れている。よく頑張ってくれたな。
「じゃあ終わったんで再開します。急いで行きますよ」
邪魔者を排除した俺はRTAを再開する。
金龍のアシストのおかげもあり、俺は開始してから10分以内にゴールすることができた。配信も大変盛り上がり、投げ銭もたくさん貰えた。
うん、今日もいい配信だったな。




