第7話 田中、穴を掘る
「リリ! すぐ上に戻る! 背中に張り付いてくれ!」
「わかったー!」
リリは俺の背中におんぶしてくると、手足を伸ばして俺の体に巻きつける。これなら途中でほどけることはなさそうだ。
"なにする気?"
"あ、また天井切るんじゃね?w"
"前やってた星斬りか。確かにそれならすぐ戻れるな"
"いやそれやったら東京が真っ二つになる件wwww"
"草"
"忘れてたけどここ都内だもんな"
"じゃあどうすんだよ(逆ギレ)"
俺は天井に狙いを定めると、足に力を溜めて跳び上がる。
そして空中で横回転しながら剣を上に突き出す。
「――――そいっ!」
そして俺は回転しながら地面の中にズボッと潜り込む。
我流剣術、螺旋突。回転のパワーで突き進む技だ。これなら硬いダンジョンの壁を掘り進むことができる。
"え!?"
"草草の草"
"ドリルかな?"
"社畜ドリル草"
"うおォ俺は人間掘削機だ"
"ドリルは男のロマンだからな"
"ドリル田中"
数分そうやって掘削作業をしていると、ついに俺は地上に戻る。
ふう、早く着いたけど服が土まみれだ。
「え!? シャチケン!?」
「本物だ!! 私ファンなんです!!」
「あ、どうもどうも」
通行人にパシャパシャと写真を撮られる。
勢いよく地上に飛び出したけど、この人たちにぶつからなくて良かったな。
「あの、なんかダンジョンが落ちて来ているって聞いたんですけど」
「あ、それならアレです」
通行人の一人が、空を指差す。
すると確かに雲の切れ目から巨大な塔のようなものが地面にめがけて生えいてた。おいおい、なんだありゃ。留守中にあんなものが出てきてたとはな。
「シャチケンさん! あれ止めるんですか!? 頑張ってください!」
「わ、私も応援してます!」
「ありがとうございます。それじゃあ行ってきます」
地面を蹴り、俺は塔のもとへ向かう。
行くのはいいけど……どうしたもんか。蹴り返したら雲の中に戻ってくれたりしないだろうか? 壊すのは簡単だけど、瓦礫が落ちたら大変なことになるよなあ。
「うーん……どう止めたもんか」
「たなか、困ってる?」
考えながら走っていると、背中のリリが尋ねてくる。
「そうだな。中に天月たちがいるみたいだし、どうしていいか分からないんだ」
「むむむ……どうすればいいかなー」
そんなことを話しながら、俺たちは塔の落下地点に到達する。
すでに塔は地上近くまで来ている。あんなデカいのが激突したら大変なことになる。
「一回中の様子を見に行きたいが、そんな時間の余裕もなさそうだな」
「たなか、あれが止まればいいの?」
「ん? ああ、そうだけど……」
俺の言葉を聞いたリリは、背中から飛び降りると俺の前に来てジッと俺を見つめてくる。
「分かった。リリにまかせて」
「リリ? なにをする気だ?」
すると突然リリの体がうにょうにょと動き始め、形が変わり始める。
「……リリはずっとみんなが羨ましかった。リリもみんなみたいに、お喋りしたりたなかのお仕事をてつだったりしたかった。だから今日はそれが叶って……すごい嬉しかった」
「リリ? どうしたんだ? なにをしてるんだ?」
「ほんとはもっと一緒にいろいろやりたかった、リリはたなかのことが大好きだから。でも一番はたなかの役に立ちたいだから……もとに戻っちゃっても、だいじょうぶ」
リリは悲しげな、でも決意のこもった目で俺を見る。
「リリの力全部使って、たなかを助けるね」
「リリ!?」
呼び止めようとした瞬間、リリの体に異変が起こり、その皮膚が褐色から黒色に変わる。
それだけじゃない、人間の体から、いつものショゴスの体に戻ってしまっている。形だけは人間らしいけど、いつもの真っ黒な姿に戻っている。
そしてその体をドンドン巨大化させ、数十メートルほどの大きさにまで肥大化する。完全に体の色や質感はショゴスになってしまっているが、その形は人間の時のリリの上半身のような形状をしていた。
『リリがたなかを……たすけるっ!』
まるでビルのように巨大化したリリが、落ちてくる塔を受け止める。
その両手と体でしっかりと抱き抱え、落下を食い止めている。
"リリちゃん!?"
"そんな!!"
"危ないよ!"
"シャチケン助けてあげて!"
「リリ、お前……」
まさかリリがここまで俺のことを想ってくれているなんて。
リリは溜め込んでいた力を全て消費して巨大化した。おそらく全ての力を使い果たしたら、元の姿に戻ってしまうだろう。リリはそれを承知で俺を助けてくれたんだ。
その想いに目頭が熱くなるが、ここで泣いている暇はない。今無駄な時間を過ごしてしまえば、リリの決意を無駄にすることになる。
「ありがとう。リリの気持ち……無駄にはしない」
俺は足に力を込め、思い切り跳躍する。
そして数度空中をジャンプし、一気に塔の先端部にある入口らしきところに入り込む。
「ここから入れそうだな」
俺は廊下を爆速で駆け抜け、一際魔素の反応が強い広間に駆け込む。
するとそこには氷漬けになっている政府の職員らしき人たちと、なんか青白い肌をしたキモい奴と、天月の姿があった。
「天月、無事だったか!」
「来てくれてありがとう誠。助かったわ」
天月は嬉しそうに微笑む。
間に合って本当に良かった。
「ふふ……流石ね田中ちゃん。いいタイミングで来てくれたわね」
「え、雪さん!? なんでここに!?」
なんと天月の隣には雪さんがいた。ここにいるなんて思いもしなかったのでびっくりだ。
「私のことは後。今は天月ちゃんから話を聞いて」
「気になりますが……分かりました。天月、状況はどんな感じだ?」
「その青いのが今回の黒幕よ。でもそいつを倒してもこの塔は止まらない」
「なるほど、だいたい分かった」
"超速理解"
"さすが夫婦、通じ合ってるな"
"なにあの青いの。こわ"
"あれが原因か"
"てか唐突な雪さんで草"
「それと……そいつにしつこく求婚されたけど、ちゃんと断っておいたわ。安心して」
「な、なんだって? あの野郎、よくも天月に……」
"求婚草"
"天月さん美人やからね"
"シャチケンそこに一番キレてそうで草"
"そんな奴ぶっとばせ!"
ひとまずあの青いのを倒した方が良さそうだ。天月にしつこくしたなんて許せない。
俺は剣を握り、青い奴に向かって走る。
「なんだ貴様は……不敬だぞ!」
「突然こんなデカいの落としておいてなにが不敬だ! この変態青白野郎が!」
剣を横に振るうと、地面から氷柱が生えてきて刃を止めようとしてくる。
魔法で作った氷なのか、この氷柱からは魔素を感じる。
まあ……だが関係ない。
「邪魔っ!」
氷柱をサクッと切断し、そのまま青白野郎に斬りかかる。
すると青白野郎は驚いたような顔をしながら腕でガードするが、生まれ変わった俺の剣はその頑丈そうな腕も容易く両断してしまう。
「な……っ!! 馬鹿なァ!?」
青白野郎は距離を取ると痛そうに切断された左腕を押さえる。
腕からは青い血がボタボタと流れ落ちている。見た目だけじゃなく中身も人間とは違うみたいだな。
「私の腕を斬るとは……貴様何者だ!? 私は魔王ガングラティだぞ!? いかなる刃も弾く我が肉体を切断するなど……ありえぬっ!!」
ガングラティと名乗った相手の体から、魔素が噴き上がる。
なるほど、これは強いな。天月と雪さんが苦戦するはずだ。
ていうかさっき魔王って名乗ってなかったか? この前戦ったルシフも確か魔王だったよな。あいつと言い、最近の魔王はこっちの世界に来るブームでもあんのか?
「ひとまずあいつを倒さないことには進まなそうだな。二人は氷漬けになっている人たちを逃がしてもらえるか?」
「ええ、任せて。一分で終わらせて加勢するわ」
「頼んだ」
天月の返事を聞いた俺は、ガングラティとかいう奴に向かって駆け出す。
すると俺とガングラティの間に、無数の氷のバケモンが出現する。こいつ、こんなことまでできたのか。
俺はそいつらに近づきながら、ガングラティに尋ねる。
「お前……いったいなにが目的だ。こんなデカいもの落として、なにをしようとしているんだ?」
「知れたこと、私は征服王ガングラティ。この地を支配しに来てやったのだ」
「支配? そんなことしてなにになるんだ」
「貴様こそなにを言っているのだ? 『支配』こそ生物の根源的欲求ッ! 全ての生き物は他の物を支配するために生きている! 食も、愛も、土地も、全てだ! 奪い、侵し、蹂躙し、踏み躙ることで、初めて生物としての真のカタルシスが得られる! 貴様もそうだろう!」
ガングラティは俺を指差し、叫ぶ。
なるほど、確かにそういう考えもあるかもしれない。だが、残念なことに俺には当てはまらない。
「ちっとも共感できないな。俺は支配したり奪ったりしなくても幸せだ。そんなことしなくても、俺のことを想ってくれている人がいるしな」
俺の脳裏にリリの顔が浮かぶ。
支配なんて必要ない。互いに大切に想いあえば、十分人は幸せに生きていける。
「それにガングラティ、俺にはお前が幸せな様には見えないぞ。支配してもお前のようにしかなれないんじゃ意味ないな」
「き、貴様……っ!」
"これは火の玉ストレートw"
"青い顔が真っ赤になっちゃったねえ"
"シャチケンレスバ強すぎて草"
"うーん。これは田中の勝ちw"
「我が肉体を傷つけただけでなく、私を嘲笑するとは……許さん! そいつを潰せ!」
主人の命令に従い、襲いかかってくる氷のバケモノたち。
どれも硬そうではあるが、新しくなった俺の剣の敵ではない。一振りするだけで氷のバケモノたちは両断され、倒れていく。
「馬鹿な!? ありえない!!」
驚愕した様子のガングラティは、氷の盾を展開し俺から逃れようとする。
中々に硬そうではあるが……これくらいならいけそうだ。剣を振り上げ、その中心部に刃を滑り込ませる。
すると俺の剣は音もなくそれを両断し、その後ろに隠れていたガングラティを露出させる。
「な……!?」
「留守中に好き勝手にやってくれたな。それと……人の嫁に手を出してんじゃねえ!」
「ぶぼっ!?」
俺はガングラティの顔面に拳を打ち込む。
そのむかつく顔面が陥没し、ガングラティは痛そうに呻くが、俺は気にせず殴り続ける。
「お前、いい加減に……ぶっ、なにをして、がっ、づっ、やめ……ぶっ」
"うわあ"
"魔王くんボコボコで草"
"見てるこっちが痛い"
"どっちが侵略者なんすかね"
"えげつねえ"
俺は最後に思い切り振りかぶり、殴り飛ばす。
するとガングラティは地面を転がった後、ゆっくり立ち上がる。あれだけ殴ってまだ動けるなんて、頑丈な奴だ。
「あ、ありえない。私が人間に……しかも素手で押されるなど……!」
"まあ相手がシャチケンだからしゃあない"
"なんで魔王くんは毎回運が悪いのか"
"田中が呼び寄せてる説"
"不憫だ"
"日本には田中がいるから来ない方がいいですよ"
「許さぬぞ貴様……ッ! 我が最強の秘技で氷漬けにしてやろう!」
ガングラティが指で印のようなものを結ぶと、纏う魔素の量が爆増する。
どうやらまだ奥の手があったみたいだ。
「顕現せよ! 冷たく暗い霧の国、時をも凍てつく我が故郷! 創世結界魔法『凍てつく死の大地』!」
瞬間、俺とガングラティのいる周辺の空気が変わる。
まるで転移したかのように、空気が、魔素が、気温が様変わりする。そして一瞬にして地面が凍りつき、俺の体も凍結する。
「これは……」
「どうだ人間ッ! この技は我が領土を一時的にこの地に召喚する最強の絶技! ニヴルヘイムの冷気は時をも凍りつかせる。その力は『時間凍結』の比ではない……貴様はもうなにもできんぞ!」
"え、なにが起きてるのこれ"
"シャチケンが凍っちゃった"
"ドローンくんが離れてて助かったな"
"やばくないこれ?"
"領土を召喚とか意味が分からなすぎる"
"田中ァ! 頑張れェ!"
"時間を凍らせるとか氷系能力の最上位のやつじゃん"
"さすが魔王だな"
試しに腕を動かそうとしてみるが、ピクリとも動かない。
これはただ凍っているだけじゃないな。本当に時間も止まっているみたいだ。
「くく、この空間で動けるのは氷の魔族である私のみ。今息の根を止めてやろう」
ガングラティは氷の剣を生成すると、俺に近づいてくる。
トドメを刺す気らしいが……黙ってそれを受け入れるわけにはいかない。
"シャチケン逃げてぇ!"
"やばいやばい"
"田中ァ!"
"くそ、犬がいればなんとかなったのに……"
"犬は時間停止効かないからなw"
"え、こんなんで終わるの!?"
"ん? なんかシャチケン赤くない?"
"ほんとだ"
"燃えてる?"
俺の体を覆っていた氷が、徐々に溶けていく。
それを見たガングラティは驚き足を止める。
「ば、馬鹿な。なにが起きている……!?」
完全に氷が溶けたことで、俺は再び動けるようになる。
「ふう、寒かった。こんな風に凍ったのは久しぶりだ」
「な、なぜ動けている!? 体の芯まで凍ったはずだ!」
「細胞を振動させて体温を上げただけだ。寒さの対策はできている」
「いやそんなので氷が溶けるわけないだろう!」
"それはそう"
"魔王くんに同意やね"
"髪の毛とかちょっと燃えてるけどどんだけ体温上げたんだよw"
"凄い魔法を体を振動しただけで対処する男"
「それにこの領域では時も止まるはず。なぜ動いている!?」
「なぜって……俺が速く動いているだけだぞ。確かに時間の流れは遅くなったけど、完全に停止しているわけじゃなかったからな」
「あ、ありえない……!」
ガングラティは目を見開き愕然とする。
どうやら時が完全に止まってないことは自分も知らなかったみたいだな。確かにこの空間はかなり動きづらい、普通の人なら指を動かすことも困難だろう。
だが頑張れば動けないこともない。俺は足にグッと力を入れ駆け出すと、呆然としているガングラティの頬をぶん殴る。
「ふんっ!」
殴られたガングラティは「ぶおっ?」と情けない声を出しながら地面を転がる。するとその衝撃で遅くなっていた時間が元通りに動き出す。どうやら魔法が維持できなくなったみたいだな。
「終わりだガングラティ。とっととこの塔を消すんだ」
「ふざけるな……っ! 私は屈さぬ! この塔さえ地面に達すれば、私の勝ちなのだから!」
ガングラティは背中を向け、俺から逃げようとする。
「あ、おい!」
逃したら面倒なことになる。俺は逃げるその背中を斬ろうとするが……途中でやめる。なぜなら逃げた先には、俺よりおっかない人がいたからだ。
「ここから先は……通しはしない」
そう言ってガングラティの前に立ちはだかったのは、天月であった。どうやら無事仲間を逃し終えたみたいだな。
雪さんの姿がないから、きっと雪さんが天月の部下に付き添ってくれているのだろう。それなら安心だ。
「くくっ、ははは! 私に手も足も出なかったのを忘れたのか女ァ! 貴様なぞ片手でも問題ない! 捻り潰してくれる!」
ガングラティは残った手に氷の剣を出現させると、天月に襲いかかる。
天月はそんな奴を真っ直ぐに見据えながら、腰に差した刀に手を添える。
「ええ、確かに私はあなたに刃が立たなかった」
天月の視線がちらと俺の方を向く。
その目は幼い時の天月の様に、優しい目だった。
「だけど今はあの時とは違う。誠が来てくれたから……今の私の剣に、一切の迷いはない」
そう言って構える天月の姿は、確かにいい意味で肩の力が抜けていた。その表情は穏やかで、焦りや迷いは感じられない。
深く、とても深く集中した天月は、トッ、とその場で軽く跳ぶ。
そして足が地面に着いたその刹那、まるで吹き荒ぶ風のように、速く、そして鋭い居合を放った。
「橘流剣術秘剣、虎落笛」
目にも留まらぬ鋭い剣閃が走り、ガングラティの首を両断する。
凄い速さだ。あれは刀身から冷気を発して、摩擦を極限まで減らしているのか? それだけじゃなくて冷気を放出して居合い速度を速めているのかもしれない。
いずれにしろ、凄い技術だ。
気になるところがあるとすれば、あんな技、俺は教わってないところだ。まあ師匠は俺に向いてないと思ったから天月にだけ教えたんだろうけど、それでも少し悲しい。
「馬鹿、な……!」
地面に落下したガングラティの頭部が、驚愕した顔で呟く。
こいつ頭だけになっても生きてるのか? 異世界の奴らは生命力が高すぎる。
「大丈夫か天月?」
「ええ……平気よ。それよりもこの塔をどうにかしないと」
「そうだな。おい頭、どうすればいいんだ」
俺は落ちているガングラティの頭部を持ちあげ、尋ねる。
なんで生きてられるのかは気になるが、この際それはどうでもいい。情報を聞き出す方が大事だ。
「はは……無理だ。女にも言った通り、この塔は止めることはできない。この塔の根元は次元の裂け目を通して別の世界に繋がっている。次元の裂け目を閉じない限り、この塔はこちらに落ち続ける」
首だけなのに勝ち誇った様に言うガングラティ。
しかしなるほど、そう言う仕組みだったのか。原理が分かれば対処のしようもあるというもんだ。ペラペラ喋ったのは悪手だったな。
「天月、俺は次元の裂け目を閉じた後、この塔をどうにかしてみる。先に地上に戻っててくれ」
「……本当に一人で大丈夫なの?」
「もちろんだ。遅れた分、働かせてくれ」
俺の言葉に天月は迷った素振りを見せるが、やがて「分かった」と納得してくれる。
別れ際、天月は俺の胸の中に飛び込んで来る。
「私、待ってるから。必ず帰って来てね」
「ああ、必ず帰る」
俺は天月を一回抱きしめてから離れる。
そして頭部となったガングラティを貰うと、その髪の毛を腰のベルトに巻きつけてぶら下げる。
「お前は危なそうだからこっちだ」
「貴様、私をどれだけ愚弄すれば……!」
"ww"
"魔王くんストラップになってて草"
"可愛くなっちゃって"
"奏ちゃんを口説こうとした罰やね"
俺は天月と別れると、塔の側面を高速で駆け上がる。
多少ツルツルしているが、これくらいなら足の裏でつかんで走ることができる。時に引っかかりに足をかけて跳躍したりしながら、俺は塔の『根元』を目指す。
「……ルシフは、お前にやられたのか?」
「ん?」
塔を登っていると、突然ガングラティに話しかけられる。
ルシフって前に俺が倒した魔王のことだよな。同じ魔王という肩書を持った者同士だ、顔見知りでもおかしくない。
「ああ、ルシフは俺が倒したけど、それがどうかしたか?」
「……ルシフは突然行方不明になり、そして死んだと聞かされた。私はあいつを認めていた、いつか奴を倒し、支配し、我が配下にするという野望を持っていた」
そんな野望を持っていたのか。
あんなおっかない奴を支配するとか、こいつも無茶な奴だな。
「ゆえに信じられなかった。奴が負けるなど。こっちの世界に来たのは、ルシフを倒したという人物に会うためでもあった」
「……そうだったのか」
「お前のような強者にやられたのであれば、あいつも本望だっただろう。奴は支配よりも強者との戦いを求めていたからな」
「そうか。俺が言えたことじゃないが、満足そうではあったよ」
そんなことを話していると、塔の根元にたどり着く。
そこは空間が歪んでおり、空間の切れ目のようなものがあった。そしてそこから塔がゆっくりとこちらの世界に侵入して来ていた。
「ここか。これを消せば塔は止まるわけだ」
「本気で言っているのか? そんなことできるわけ……」
俺は剣を抜き、次元の切れ目に狙いを定める。
そして両手で剣を強く握り、思い切り剣を振るう。
「我流剣術……次元斬!」
刃が通った箇所が空間を切り裂き、次元に切れ目を入れる。
空間ごと断ち切るその斬撃は、次元の切れ目に命中し、互いが互いを打ち消し合っていく。
「ば、馬鹿な……」
"魔王くんお口あんぐりで草"
"すげえ、空間の歪みが無くなってく"
"同じもの同士をぶつけて相殺したってことか"
"シャチケン頭いいな"
"いや野生の勘でやっただけだぞ"
"そんなわけ"
"まあ終わりよければ全てよしってことで"
空間の切れ目が閉じ、塔の根元がバッキリと折れる。
これでこれ以上塔が伸びることはない。後は残っている部分をどうにかするだけだ。
"でもこっからどうすんの"
"斬れば良くない?"
"瓦礫の雨が降るぞw"
"魔王くんなんとかせえや"
"田中ァ! ほんま頼む!"
「まずは……こうだ!」
俺は落下する塔をつかみ、背筋に力を込める。
流石に重いが、持ち上げられないレベルじゃない。えいっと力を込め、塔を上空に放り投げる。
"は?"
"草"
"投げちゃった"
"背筋やばすぎるw"
"魔王くんも口開けて驚いとる"
"で、これからどうすんの?"
"塔落ちてくるぞこのままじゃ!"
もちろんこれで終わりにはしない。俺は落下する塔に剣先を向ける。
復活して早々で悪いが、頑張ってもらうぞ。
「斬業モード、オン」
ネクタイを外し、俺は力を解放する。時刻は十八時を過ぎている。今なら封印している全ての力を使うことができる。
「六割程度使えば大丈夫か」
全身に力を漲らせ、集中する。
そして生まれ変わった剣を強く握り、上空から落ちてくる塔めがけ、剣を振るう。
「我流剣術、真式――――那由多斬り」
それは複数の斬撃を束ね、一度に放つ技。大きな斬撃の中に小さな斬撃が、更にその中にもっと小さな斬撃が存在し、それらは一気に対象を分子レベルで斬り刻む。
小さな斬撃まで含めると、その数は放った俺でも測りきれない。それほどの膨大な斬撃が、塔に命中する。
するとその塔は一瞬にして細切れになり、霧散する。これだけ小さく斬り刻めば下に影響はないだろう。
"ええええええ!?"
"塔ないなった"
"は?"
"いい!?"
"塔バッバイ"
"怖すぎ"
"シャチケン最強! シャチケン最強!"
"なにこれ……なに?"
「ふう……なんとかなった」
あっという間に散らばり、消えてなくなる塔を見て俺は安心する。
地上のことは天月が上手くやってくれているだろう。俺は安心しながら地上に落下していくのだった。




