第2話 天月、バベルに向かう
「本当にリリ……なんだよな?」
「そう。かわいくてつよい、あのリリ」
黒いワンピースに身を包んだ少女は、控えめな胸を張ってそう言う。
大きな目玉がついているとこ以外は、本当に普通の人間だ。ショゴスがその姿を変えられるのは知っていたが、ここまで人間を忠実に再現できるなんて……驚いた。
"りりちゃんこっち見てー!"
"うそ!!!!!"
"やばすぎる"
"え、めっちゃ可愛いんだけど"
"たそたそたそたそ"
"可愛すぎて頭おかしなるで"
"いあ!?(新たな性癖に目覚める悍ましい文字列)"
"人間化アンチな俺でも叩けない可愛さ"
リリは人間化した後ももしゃもしゃクリスタルキャンサーを食べている。
その体はやっぱりエネルギーをたくさん使うんだろうか?
見た目は人間だけどその中身はどれだけ再現できているんだろうか?
俺でも気になるんだから牧さんなんかは溢れ出る好奇心でおかしくなってそうだ。
気になることはたくさんあるけど、ひとまずはなんでその姿になったのか聞いてみるか。
「えーと、リリはなんで人間の姿になったんだ?」
「むしゃむしゃ……ごくん。えっと、リリもたなかを助けたかった。でもリリはちっちゃいし、いつもポケットにいるからあんまり役に立てなかった」
リリは目を伏せながら答える。
「それに喋るのもにがてだし、あんまりたなかと喋れなかった。だから、ずっと、みんなみたいな姿になりたいなーって思ってた。だから頑張った」
「そうだったのか……」
"りりたそ健気すぎでは?"
"少し泣く"
"映 画 化 決 定"
"いい子すぎるでほんま"
"田中ァ! ちゃんと責任取れよ?"
"おかしいな、スマホの画面が滲んできた"
"全俺が泣いた"
"雨が降ってきたな"
「でもこれでリリも戦える! たなかをいじめる奴が出てきたらリリがたおすからあんしん!」
「そうか……ありがとうなリリ。頼りにしてるよ」
「むふー」
リリは満足げな顔をする。
ここまで俺のことを考えてくれていたのは、素直に嬉しい。
変身までしてくれたリリの厚意を無碍にすることはできない。ここは大人しく頼るとしよう。
……実際、リリから感じる魔素はかなり高いしな。
前に戦ったデカいショゴスよりも強いんじゃないか? いつの間にこんな強くなったんだ。
「よし、じゃあ一休みしたら出発するとするか」
「うんー、リリが石みつけるからまかして」
"ほのぼのする光景"
"りりたそ最推しです"
"こりゃ凄え仲間ができたな"
"ていうかりりちゃん今までも強かったのに更に強くなったの?"
"最強スレがまた盛り上がるな"
"ん? なんか空から生えてね?"
"え?"
"ほんとだ"
"なにあれ塔?"
"マジじゃんニュースやってる"
"シャチケン! こっちヤバいって!"
"いや、シャチケンは電波障害でコメント見えないんだよ"
"え? それやばくね?"
"詰んだわこれ"
"ひいっ"
◇ ◇ ◇
「待っておったぞ天月。準備は済ませておる」
天月が大急ぎで魔物対策省に戻ると、大臣の堂島が彼女を出迎える。
彼と並んで天月は魔物対策省に入る。
「『バベル』と名付けられたあの謎のダンジョンは、現在も地上に伸びて来ておる。あれが地表に達した時、どれだけの被害が出るか分からん。じゃが到達した周辺の地区が壊滅するのは必然、それだけは防がねばならん」
堂島は深刻そうな顔で言葉を続ける。
「バベルへの移動手段は確保できたが……戦力は十分とは言い難い。せめて凛だけでも戻せれば良かったんじゃが」
「構いません。ダンジョンは他にもたくさんあるのですから。移動手段を確保していただいただけでも感謝します」
「すまんな、大変な役割を担ってくれて。これが片付いたらゆっくり休んでくれ」
二人は話しながら魔対省の敷地内にある滑走路に到着する。
そこには招集された討伐一課の職員と、立派な軍用輸送機があった。
「対モンスター用軍用輸送機『ヤタガラス』。最新式魔導エンジンと飛竜構造フレームを採用した最新鋭の輸送機じゃ。ドラゴンに激突されても墜落せん、確実にあの塔内まで届けよう」
「ありがとうございます。必ずあの塔を止めて来ます」
「それと……一人心強い助っ人が同行する。好きに使ってくれ」
堂島の言葉に天月は「助っ人……?」と首を傾げる。
バベルへの侵入は超高難度の任務。猫の手も借りたい状態ではあるが、半端な実力では足手まといになってしまうのが現実だ。
そんな状態で外部の助っ人を入れるなど混乱を招くだけだと思ったが、その助っ人の顔を見た天月はその人物が選ばれたことに納得する。
「久しぶりね天月ちゃん。会いたかったわ」
「ご無沙汰しております、雪さん。まさか貴女が来てくれるとは思いませんでした」
助っ人として現れたのは、ギルド『麗しの薔薇』の社長、毒島雪之進であった。思わぬ助っ人の登場に天月も驚く。
「この前の北海道の件でリュウちゃんと話をするために魔対省に来てたの。ちょうど手も空いてるし、手伝わせてもらってもいいかしら?」
「もちろんです。また雪さんと戦えて嬉しいです、よろしくお願いします」
「ええ。よろしく天月ちゃん。一緒に頑張りましょう♪」
天月は助っ人の雪と握手を交わすと輸送機に向かい、集まっていた十名の討伐一課の職員と共に謎のダンジョン『バベル』に向かうのだった。




