第9話 田中、カニを茹でる
俺は異次元ビジネスバッグの中から大きな鍋を取り出し、水を張り、それを火にかける。
そして沸騰したタイミングでクリスタルキャンサーの脚を殻ごと投入する。
するとキラキラ光る甲殻がほんのり赤くなっていく。
普通のカニも赤くなるが、クリスタルキャンサーの殻は元々宝石のような見た目をしているので、まるでルビーみたいだ。
"めっちゃ綺麗だな"
"殻でいいからくれない?"
"これ絶対美味いやつだ"
"なんでこんな美味そうに見えるんだ"
"腹減ってきた"
「……ん?」
手が空いたのでコメントを確認すると、俺はあることに気がつく。
コメントが明らかにカクついていて、上手く表示されない。
「腹減ってきた」というコメントが「腹減――きた」みたいになってちゃんと表示されない。
電波が悪いのかと、スマホで電波状況を確認してみると、通信速度が乱高下を繰り返していた。これじゃカクついて当然だ。
「どうやら通信状況が悪いようで、コメントがあまり読めません。みなさんにはちゃんと配信できてますでしょうか?」
"そうなんだ"
"ちゃんと見えてるよ!"
"問題なし"
"見れなくなったらやだな"
"ダンジョン配信で電波問題って珍しいな"
俺のスマホ上ではコメントが半分くらい表示されないが、読める半分を見た感じ配信はちゃんとできているみたいだ。どうやらこっちから送る分にはいいが、外からこっちに送られる電波に異常が発生しているみたいだ。
考えられる原因といえば、このダンジョンの磁場の影響だ。
ダンジョン内に満ちている魔素は、電波を仲介し外に運んでくれる効果を持っている。このダンジョンもそれは同じだが、特殊な磁場がその役割を邪魔しているんだろう。
下層までは問題なかったみたいだが、ここはもう深層。磁場の影響も強くなり、それが外から来る電波を妨害してしまっているんだ。
「上に上がらないと電波が戻らないと思うので、このまま続けます。コメントを読めなくなってしまうと思いますが、ご了承ください」
"りょ"
"はーい"
"全然ええで"
"どうせいつも好き勝手コメントしてるしw"
"今なら田中にセクハラコメしてもええんか!?"
"通報しました"
"速攻で足立ィにBANされるぞw"
コメントが見えないとちゃんと楽しんでもらえるか分からないが、まあ深層まで来たからいいだろう。深層の配信は少ないから、ここが映っているだけでも一定の需要はある。
今の最優先事項はアダマンタイトを見つけること。
視聴者には申し訳ないがコメントは見ずに進むとしよう。
「……お、そろそろ火が通ったかな」
クリスタルキャンサーの脚が綺麗に茹で上がったのを見て、俺はぐつぐつと沸騰する鍋の中に手を突っ込んで脚を取り出す。
そして「ふん」と関節部分をへし折って、殻を外す。
すると殻の中からキラキラと輝くぷりっぷりの身が姿を現す。
「うお、流石に美味そうだな……」
"あああああうまそう"
"これ今までで一番かも"
"飯テロすぎるw"
"こんなにデカいカニいたら腹いっぱいカニ食えるのに……"
"身も宝石みたいに綺麗だな"
"お腹と背中がくっつきました。訴訟"
"いいなあ"
クリスタルキャンサーの身からはほんのりと湯気が上がっている。
俺は素材の味を楽しむために味付けは塩だけにとどめ、そのデカいカニ脚に思い切りかぶりつく。
「いただきます。がぶっ……ん、美味っ!!」
ぷりっぷりの身をかじると、強烈なうまみとほんのりとした甘みが口の中に溢れる。上品で臭みのない磯の匂いが鼻を抜け、海そのものを食べているような錯覚を覚える。
栄養も魔素も豊富で、食べる度に体が喜び力がみなぎるのが分かる。
「これはいくらでも食えるな。もっと食べよう」
"羨ましい羨ましい羨ましい"
"俺も探索者になるわ"
"探索者になってもクリスタルキャンサーなんて会えないぞw"
"レアモンスだからね"
"これ食えるまで死ねんわ"
"コラボカフェで売ってくれ!"
"深層モンスターが店で食えるようになるかw"
夢中になってガツガツと食っていると、ポケットの中がごそごそと動く。
「り……?」
そして胸ポケットの中からリリが顔を出す。
珍しい、最近は昼間はずっと寝てるんだがな。
"りりたそ!"
"かわいいねえ"
"生リリちゃん助かる"
"リリたそクンカクンカスーハースーハー"
"いあ! いあ!(脳が理解を拒む文字列)"
"ふんぐるいふんぐるい(興奮が伝わる文字に似たなにか)"
"邪神ニキも喜んどる"
"ただのオタクで草"
リリは俺の手の平にぴょんと飛び乗ると、クリスタルキャンサーをじっと見る。
もしかして……
「これ食べたいのか?」
「り! おなか、すいた」
「そうか。それじゃあ茹でたてのをあげるな」
鍋から次のカニ脚を取り出し、殻を外しリリに差し出す。
するとリリの体がびにょんと伸びて、大きな口が開く。そしてその太い脚をそのまま丸呑みしてしまう。
"うおいい食いっぷり"
"美味そうに食うなあw"
"りりちゃんに丸呑みされたい人生だった"
"早く元気になってね"
「り! おいしい、もっと!」
「そうかそうか。ほら、もっと食え」
久々に元気なリリを見て、俺はどんどんカニを食べさせる。
余程腹が減っていたのか、リリは自分よりずっと大きいカニをほとんど食べてしまう。
そして食べる度、リリの体に力が宿っていくのを感じる。そしてついにリリの体に無視できない異変が生じる。
"あれ? リリちゃんの体、光ってない?"
"ほんとだ"
"ウアァァァヒカッタァァァァァ!!"
"なにこれガチで進化するの?"
"BBBBBBB"
"進化キャンセルすんなw"
「どうしたんだリリ? 大丈夫か?」
「うんー、やっとちから、たまっただけ」
「力? 貯まった?」
なんのことだと首を傾げる。
もしかして今まで休眠状態だったのは力を貯めるためだったのか?
それなら休眠していた意味が分かる。だがそうだとして、なんでそんなことをする必要があったんだ?
「りりり……できそう。やるる……」
リリの体が一層強く光る。
そして俺の手の平からぴょんと飛び降りると、その体をぐにょぐにょと変形させながら大きくなる。
「どう。これでリリも、にんげん」
「……まじかよ」
変形が終わり光も収まると、なんとそこには一人の人間がいた。
褐色で黒髪の女の子だ。見た目は完全に小学生くらいの女の子だが、その髪にはリリの目玉らしきものがくっついているし、体から発せられている魔素は完全にリリのものだ。
どうやらリリは人間の姿になれるようになったみたいだ。
この為に今まで力を貯めていたのか。
「むふー。これでリリも戦える。たなかは頼るべき」




