第7話 田中、磁鋼巣ダンジョンを進む
数々のダンジョンを踏破した俺だが、こんなに複雑な構造をしたダンジョンは見たことがないかもしれない。
ダンジョンに地図などもちろん存在しないので、構造が複雑であればあるほど探索は大変になる。上層でこんな感じなら、奥は更に入り組んでいるだろうな。
今から憂鬱だ。
「それじゃあ中に入って……ん?」
穴の中に飛び込むと、ガサガサとなにかが近づいてくる。
数は10以上、どうやら早速モンスターがやって来たみたいだ。
『ギギ……』
『キチィ!』
"うわっ!?"
"きもッッッ"
"ひぃ!?"
"アリだ!"
現れたのは昆虫のアリの形をしたモンスターだった。
アリと言ってもそのサイズは規格外だ。全長10メートルはある巨大なアリ。そんな奴らが俺を取り囲むように出現した。
「ダンジョンアント……この穴は丸ごとこいつらの縄張りというわけか」
黒い甲殻のダンジョンアントは顎をカチカチと鳴らしながら威嚇してくる。
このまま回れ右すれば帰れるかもしれないが、そういうわけにもいかない。ここは無理やり通してもらおう。
「それではこれより業務を始めます――――」
仕事モードに入り、剣の鞘がある場所に手を伸ばす。
するとダンジョンアントの一匹が顎を開き突っ込んでくる。俺はタイミングを合わせ、剣を引き抜き一刀両断しようとする。だが、
「――――あ」
俺の手はむなしく空をつかむ。
なぜなら俺の剣は今カバンの中にしまってあるからだ、腰にはなにもない。
"あ"
"草"
"なにやってんだよ田中ァ!"
"天然すぎるww"
"この社畜あざといな"
"ないよ、剣ないよぉ!"
『ギィ!!』
呆気に取られていると、その隙にダンジョンアントが噛み付いてくる。
その鋭い顎が俺の胴体に突き刺さり、更に思い切り顎を締め上げる。
"ええ!?"
"グロ注意"
"〜Fin〜"
"田中……いい奴だった……"
"終わらすなw"
相手が上層のモンスターだからと油断し過ぎたな。少し気を引き締めるか。
俺は胴体をガッチリつかんでいるダンジョンアントの顎を両手でつかみ、「よっ」と外す。顎はそこそこ鋭いが、挟む力はそれほど強くないな。
まあ上層クラスのモンスターだしこれくらいか。
『ギギ……!』
「悪いな、上層で詰まってるわけにはいかないんだ」
俺はそのままダンジョンアントを持ち上げ、他のダンジョンアントに投げつける。ぶつかったダンジョンアント同士はバラバラに砕け散り、甲殻や顎といった素材を残して消える。
『ギギ!』
『ギィー!』
仲間をやられたダンジョンアントたちは怒ったように襲いかかってくる。
普段ならとっとと斬り捨てて先に進むんだけど、今は剣が折れてしまっているので素手で戦わなくてはいけない。
剣の修理自体は、一応完了している。
しかし繋がっているだけで、少し力がかかると折れてしまう状態だ。この状況では使うことができない。
完全に直すためにはアダマンタイトが必要だ。それを刃の上に乗せ、特殊なハンマーで叩けば修理は完了する。
ハンマーも借りているのでアダマンタイトさえあれば俺でも修理できる。まあその後の細かい調整は薫さんにお願いしないといけないけど。
「あー、剣がないと大変だ」
"本当に?w"
"サクサク倒してるんですがそれは"
"あ、手刀でモンスター叩き割った"
"剣いらないだろこれ"
"シャチケンは全身武器みたいなもんだからなw"
コメント欄で突っ込まれているが、剣がないとつらいのは本当だ。
社畜の間、ずっと握って振り続けたこの剣は、もう俺の体の一部と言っていい。これが使えないのは体の一部を封じられているようなもんだ。
直るまでの間、スペアの剣を使うという手もあったが、どうも違う剣だと手に馴染まないので結局そうはしなかった。
これは効率というよりも気持ちの問題だ。他の剣を使うのはなんか浮気みたいで気が引けるしな。
などと考えながら戦っていると、最後のダンジョンアントを殴り倒していた。
騒ぎを聞きつけて仲間が来ると面倒だ。とっとと先に進むとするか。
「ふう、それじゃあ先に進みます。少し急ぎますので画面の揺れにお気をつけください」
"りょ"
"え、待って"
"来るぞ……"
"シャチケンダッシュだ!"
"酔い止め常備している俺は勝ち組"
"なにが始まるんです?"
俺は腰を落とし足に力を溜め、一気に駆け出す。
するとドローンも高速追従モードになり、俺のことを全力で追ってくる。画面の揺れはかなりあって画面酔いしそうだけど、なぜかこれを楽しみにしている視聴者もいる。
これも一種の視聴者サービスなのだ。こんなののなにがいいのか俺にも分からないけども。
"うおおおおお"
"速すぎる"
"頭くらくらするww"
"おろろろ"
"うぷっ"
"この胃がひっくり返る感覚がたまらん"
"分かるw"
"ここの視聴者変態が多すぎる"
俺はモンスターを極力無視し、ダンジョンを進む。
アリ系モンスターや、硬い甲殻を持ったモンスターが多いな。今は剣もないしなるべく戦わないようにしたいな。
「……っと、また分岐か。本当に複雑な構造をしているな」
分岐に差し掛かった俺は、鞘をつけたままの剣で、こんと地面を叩く。
そしてその振動の反響を足の裏で感じ取り、周辺の地形をなんとなく感じ取る。
「道に迷った時はこうやって地形把握するのをオススメします。間違った道には罠があることも多いですからね」
"だからできねえんだってw"
"なんで戦士職が最高クラスのマッピング能力持ってるんですかね……"
"普通に斥候としても最高峰なのなんなんだw"
"マジでウチのギルドに入ってほしい"
"こんな人材がいて潰れたギルドがあるらしい"
"いったいどこの須田なんだ……"
"特定余裕で草"
音の反響でなんとか迷わず進めているが、これがなかったから確実に迷っていただろうな。
ダンジョンの壁を壊して進むっていう方法もあるが、こんなに穴がたくさん空いてるダンジョンを傷つけたら崩壊する可能性もある。その手段は最後まで取っといた方がいいだろう。
「……ん?」
上層を駆け抜け、更に中層もそのまま突破したところで、俺はなにかが高速で接近してくるのを感じ取る。
そちらに視線を向けると、黒いなにかが俺めがけて一直線に飛んできていた。
「なんだこりゃ」
俺は空中で二段ジャンプしてそれを回避する。
するとその物体は空中で急ブレーキし、転回して俺に再び狙いを定める。
"なにこいつ、虫?"
"カブトムシだ!"
"アリよりかっこいいな"
"なんかバチバチしてる"
"てか普通に二段ジャンプするなw"
"視聴者ももう突っ込まなくなったな"
"シャチケンがおかしいのはいつものことだし……"
『ブブブ……』
四枚の羽をはばたかせながら、俺を睨む黒いカブトムシ。
その硬そうな甲殻の表面にはバチバチと電気が走っているのが見て取れる。どうやら高圧の電流が流れているようだ。
「ブリッツビートルか。珍しいな」
ブリッツビートルは電気の力を持つカブトムシだ。
その甲殻は金属のように硬く頑丈なので、俺は倒す時、甲殻と甲殻の隙間に刃を通して中身を切り裂いている。
しかし今の俺に武器はないので、いつもの手を使うことはできない。
『ブブッ!!』
一際強い電気をまとい、ブリッツビートルが突進してくる。
相手が丸腰だと思って、一気に勝負を決めにきたのかもしれない。虫にしては賢いな。
"こいつも速っ"
"来た!"
"剣ないけどどうすんの?"
"危ない!"
避けてもしつこく追いかけてくるだろう。
だったらここで仕留めた方がいい。俺は空中で姿勢を制御し、ブリッツビートルをしっかりと見る。
そしてタイミングを合わせ、空中回し蹴りを放つ。
「ほっ」
『ブビッ!?』
俺の回し蹴りは見事ブリッツビートルの脳天に命中する。その蹴りは立派なツノをへし折ってブリッツビートルを吹き飛ばす。
電気をまとっていたので俺の体に電流が一瞬流れるが、まあピリッと来た程度だ。それほど強い電流じゃないな。
"蹴った!"
"サッカーボールかな?"
"やっぱ剣いらないんじゃ"
"ブリッツビートルの電気ってかなり強いはずなんだけどなんで平気なんですかね"
"ゴム人間なんでしょ"
"たぶん基礎防御力が高すぎるんだと思う"
"数値の暴力"
勢いよく吹き飛んだブリッツビートルはダンジョンの床に激突し、大きな穴を開けてその向こうに落ちていく。
……ん? 穴の向こうが開けた空間になっているな。
「行ってみるか」
その穴の中にひょいと飛び込んでみる。
するとその先には凄い光景が広がっていた。
「……これは絶景だな」
俺の視界に飛び込んできたのは、いくつもの巨大な水晶や鉱石たち。
壁や地面から生えている色とりどりのそれらは薄く発光しており、洞窟内を淡く照らしている。
こんな綺麗なダンジョン、見たことない。それにこの鉱石量……アダマンタイトがあってもおかしくないな。




