第1話 田中、ゴーレムを切り刻む
北海道の一件は結構なニュースになった。
ダンジョンで三十人近い大所帯が行方不明になるなんて珍しいからな。
しかもそこにEXモンスターが現れ、それを討伐したとなっては、大事になって当然だ。
そして特に大きく取り上げられたのは星乃だった。
大学生という若さでEXランクのモンスターを倒したのはもちろん初なので、多くのメディアの取材に遭っていた。
俺も十代の時に、皇居ダンジョンで同じくらい強いモンスターを倒したことがあるが……まああれは記録に残ってないからノーカンか。
別にそういった記録に興味はないから別にいいんだけど。
とにかく、俺たちは一層有名になったわけだが……別に生活が変わることはなかった。
"いけええ!"
"数が多いけどシャチケンなら楽勝でしょ"
"やっぱシャチケンの配信は安定感あるわ"
"勝ったな、トイレ行ってくる"
"フラグになるからやめろw"
"田中ァは一流死亡フラグクラッシャーだから大丈夫でしょ"
流れるいくつものコメント。
今日も今日とて、俺はダンジョン配信業に精を出していた。
やって来たのはモンスターが異常発生したという目黒岩窟ダンジョン。その名の通りゴツゴツとした洞窟のダンジョンだ。
『ゴー……ッ!!』
大きな拳を振り上げ、モンスターが襲いかかってくる。こいつは全身が硬い岩でできた二足歩行のモンスター、ゴーレムだ。
ゴーレムは生き物というよりも、意思を持った人形という方が正しい。体が硬く痛みも感じないので初心者には荷が重い相手だ。
手足を切り落としても、自分でくっつけて動き出してしまうので対処が難しい。
"ゴーレムは俺も苦労したわ……こんな数に囲まれたら生還諦めるw"
"見た目ゴツいから圧迫感やばい"
"斬っても動くならシャチケンの天敵じゃね?w"
"でもゴーレムは弱点あるから、そこ突きゃ余裕っしょ"
こいつの弱点は体のどこかに書かれている『文字』。その文字列を傷つけて消すとゴーレムは動きが止まる。
その文字がなんなのかはよく知らないけど、それがゴーレムに命令を出している部分らしい。
文字が体のどこに書かれているかは個体により場所が異なるのでゴーレムの体をくまなく探さなければいけない。ゴーレムの体はゴツゴツしているし、体の表面積も広いので見つけるのはなかなか難しい。
しかも今は数十体のゴーレムが一斉に襲いかかって来ている。いちいち文字を探していたらキリがない。
なので俺は文字を探さずに倒すことにする。
「我流剣術、無尽斬」
一瞬の内に無数の斬撃が放たれ、目の前のゴーレムを微塵切りにする。
砂くらいの大きさにまでバラバラになったゴーレムは、風に乗ってさらさらと消えていく。
「少し切っても復活しますが、たくさん斬れば大丈夫です。あそこまで斬ればさすがに再生できませんので」
"解決策が脳筋すぎるw"
"砂になっちゃった"
"ゴーレム「ほな……」"
"ていうかこれ結局文字も斬ってるだろww "
"確かにw"
"本末転倒で草"
俺は次から次に襲いかかってくるゴーレムたちをどんどん細切れにしていく。
ふむ……確かに数が多いな。結構倒しているはずだけど、次から次にゴーレムがやって来る。
だけどモンスターが無限に現れることはない、倒し続けていればいつか数は少なくなるはずだ。
俺は無心でゴーレムの大群を砂に変えていく。
「ふあ……飽きてきたな」
こう変化がないと眠くなってくる。
今日の晩飯はなんだったっけな。確か今日の当番は星乃だったはず。なにを作っても美味いから帰るのが今から楽しみだ。
"飽きてて草"
"こんなにモンスターに囲まれてて暇そうにしてんのはお前くらいだよ"
"今お腹鳴らなかった?"
"草"
"シークバー戻したら本当にお腹鳴ってたw"
"早く帰って飯食いたいと思ってそう"
"愛妻の飯はさぞ美味かろう"
"他人を楽しませて食う飯は美味いか?"
"美味いに決まってて草"
たまにコメントを確認しながらゴーレムを斬り刻むこと三十分。
とうとうゴーレムの数が目に見えて減ってくる。異常発生は一度鎮静化すれば、しばらくは平和な状態になる。今ここにいるのを全部倒したらこのダンジョンも普通になるだろう。
そうなったら帰ろうか……と思っていると、突然ダンジョンの中に大きな音が鳴り響く。
『ゴオオオオオッッッ!!』
"ひっ"
"なに!?"
"こわ"
"ゴーレムの声?"
"普通のゴーレムじゃなさそうだけど"
"なんか奥から来てない?"
"わ、ほんとだ"
声のした方に目を向けると、巨大な黒い塊がこちらに向かって走ってくるのが見える。
「あれは……ゴーレムか?」
目を凝らすと、それはゴーレムと同じく二足歩行で歩いていた。ずんぐりむっくりって感じで、体のフォルムもゴーレムに酷似している。
しかしその体は岩ではなく『鉄』でできていた。岩のゴーレムよりずっと頑丈そうだ。
"なにあのゴーレム?"
"めっちゃ強そう"
"あ、あのゴーレム知ってる。ネームドだよ"
"まじかよこのダンジョンにネームドいたんだ"
"ググったら出てきた『鉄のアルゴ』だって。かなり強いらしいよ"
"ゴーレムをたくさん倒したからでてきたのかな?"
"ちょうどいいから倒しちゃおうぜw"
コメントを見る限り、あいつはネームドモンスターらしい。
ネームドは固有の名前を持った特殊なモンスターだ。ネームドは普通のモンスターよりずっと強い力を持っていて、懸賞金もかけられている。
名前から察するにあのゴーレムは岩じゃなくて鉄の体で生まれたゴーレムみたいだな。体も他のより大きいし、その戦闘力は普通のゴーレムより数段高そうだ。
ここで放置したら他の探索者に襲いかかるかもしれないし、対処しておいた方が良さそうだ。
「ついでにここで倒しておくか」
"そうこなきゃ!"
"ついでで草"
"ネームドをついでで倒せるのはお前くらいだよw"
"田中ァ! 夕飯までには帰れよ!"
"ただのいい奴で草"
ゴーレムを微塵切りにしながら、ネームドモンスター『鉄のアルゴ』に接近する。
アルゴは光る目で俺に狙いをつけると、鉄の拳で殴りかかってくる。
威力は高そうだが、動きに無駄がありすぎる。俺はそれをサッとかわし、カウンターパンチを腹に打ち込む。
『ゴオウッ!?』
ゴッ! という音とともにアルゴの体が少し浮く。
ふむ、やはり硬いな。重さもなかなかだ。ヒビが入っただけでまだ元気だ。俺はさっきよりも力を込め、何度も蹴ったり殴ったりを繰り返す。
"ボコボコで草"
"もうやめたげてよお!"
"アルゴくん体ボロボロになってきて可哀想"
"なんで拳でヒビ入れられるんですかね"
"相手が悪かったw"
"社畜パンチは鉄くだく"
『ゴ……オ……』
何十発か殴ったところで、アルゴは地面に倒れ込む。
これだけ殴っても動けるなんて、かなり頑丈だ。硬さだけでみたら数いるモンスターの中でもトップクラスだろう。
素手で完全に壊すのは大変そうだ。ちゃんと斬って倒すとしよう。
「我流剣術、剛拳・万断ち」
剣を両手で握り、アルゴめがけ思い切り振り下ろす。
研ぎ澄まされた斬撃がアルゴの体に命中し、パキィン! という甲高い音がダンジョンにこだまする。
「これで終わ……ん?」
剣を振り下ろした俺は、違和感を覚える。
なんか嫌な感触がしたけど、なにが起きたんだ?
"あ"
"えっ"
"マジ?"
"草"
"真っ二つやんけ!"
"そっちが!?"
ざわめくコメント欄。いったいどうしたんだ?
不思議に思いながら振り下ろした剣を持ち上げたところで、俺は視聴者がざわついた理由に気がつく。
さっき甲高い音が鳴ったが……それはアルゴを斬った音ではなかった。
実際はその逆で、折れたのは俺の剣だった。
「え。ええええっ!?」
長い間俺を支え続けてくれた愛剣が、真ん中でポッキリ折れている。
う、嘘だろ? こんな経験初めてだ。
これ……直るんだよな?
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