第13話 黒幕
「――――以上が北海道のニセコ火山ダンジョンにおける、報告の全てになります」
魔物対策省、会議室。
人が二人しかいないがらんとしたその部屋で、報告を聞いていた人物が「そうか」と短く呟く。
「報告ご苦労じゃった、伊澄ちゃん。しかしまあ……田中が行っておらんかったら、大変なことになっておったのう。後で改めて礼を言いに行くとしよう」
魔物対策省大臣、堂島龍一郎はあごひげをいじりながらそう言う。
配信の動画は彼自身確認していたが、ダンジョン内の出来事は全て動画に収まっているわけではない。
ダンジョンに入った探索者全員に提出してもらった報告書、その全てを堂島は頭に入れた。
「雪の奴もいて助かったわい。まさか三十人もの人を一気に転移させる罠があるとは、わしが現役の頃もそんなもん見たことないぞ」
大臣に就任する前の堂島は、積極的にダンジョンに潜ってモンスターを討伐していた。
その時に転移罠を見たことは何度もあるが、それほど大規模な効果の物は見たことも聞いたこともなかった。
「おまけにボスがEXモンスターときた。明らかにこれは異常事態、初見殺しもいいとこじゃ」
「そうですね。一般の探索者が攻略できるレベルを大きく超えています。該当のダンジョンは今は閉鎖していますが、コアの破壊も検討しています」
「手続きが面倒じゃが、壊したほうがいいかもしれんな。あそこで魔物災害が起きたらとても対処できんぞ」
魔物がダンジョンの外に出る現象『魔物災害』。
もし北海道でそれが起きても、地理的にすぐに対処することは不可能だ。
魔物災害は強いモンスターがいるダンジョンで起きる傾向があるため、コアを破壊してダンジョンを破壊した方がいいと堂島は判断した。
しかしダンジョンを破壊するにも、多くの手続きが必要だ。
その作業量を思うと、堂島の心は重くなった。
「ところで伊澄ちゃん、あの件はどうなっとる?」
「はい。調査の結果、ダンジョンが生まれた数日前に、その周辺で不審な人物を見たとの情報を入手しました。現在その人物の足取りを追っていますが……残念ながら、見つけるのは難しいかと」
「ふむう……そうか」
堂島は椅子の背もたれにズシッと背を預ける。
やらなければいけないこと、考えなければいけないことがありすぎる。
こんな時、あの橘希咲がいれば幾分か楽になるのだが……と、考えて堂島はそれを振り払う。
橘希咲はその身を犠牲にして、自分たちを救ってくれた。それなのにこれ以上頼ろうとしてはいけない。
そんな思い詰めた様子の堂島を見て、伊澄は心配そうに話しかける。
「堂島さん……大丈夫ですか?」
「ああ、すまんな伊澄ちゃん。ちょっとあまり眠れていないだけじゃ」
「そうですか……」
そう言われてはこれ以上尋ねることはできない。
伊澄は話を不審な人物に戻す。
「やはりこの人物がダンジョンと関係あるのでしょうか?」
「可能性は高い。事実ダンジョンを生み出すことのできる人間を、一度観測しとるからのう」
田中がショゴスと戦ったダンジョンは、とある組織が作ったものであった。
人為的なダンジョン生成が一度起きている以上、それが再び行われている可能性は高い。
「ですがあの組織『Q』は壊滅に成功したのでは……」
「うむ、この前天月が完膚なきまでに壊滅させてくれた。しかし、『Q』は隠れ蓑じゃとワシは睨んどる。あの組織にダンジョンを作り出す技術力などない。あの力は他の組から譲り受けたもので、黒幕は別におる」
『Q』のアジトを捜査した時、確かに不審な物はいくつもあった。
しかし既に黒幕からは切り捨てられた後だったようで、ダンジョンを生み出すアイテムのような物は見当たらなかった。
組織の人間を尋問しても支離滅裂なことしか言わず、結局黒幕の尻尾をつかむことはできなかった。
「黒幕……須田が言っていた『インテグラ』という組織がそうなのでしょうか? もしそうだとして、いったい狙いはなんなのでしょうか?」
「さあな。ダンジョンを生み出してなにをしたいのかなぞワシも想像つかんが、おそらくロクなことではないことは確かじゃろう。しかし……ワシらに喧嘩を売った落とし前だけはつけてやらなあかんのう」
堂島は鋭い眼光をしながら、そう呟く。
橘希咲の犠牲を、無駄にするわけにはいかない。
たとえ自分の身がどうなろうとも、彼女が守ったこの世界を自分も守って見せる。
堂島は心のなかでそう誓うのだった。




