第12話 田中、疲れを癒やす
「やれやれ、大変な目にあった……」
鋼鉄の牡鹿の連中を追い出した俺は、ホテルの部屋に備え付けられている露天風呂に来ていた。
2、3人が入れるくらいの大きさの、いわゆる家族風呂ってやつだ。サイズはそれほど大きくないがくつろぐには十分。他人の目もないしむしろ大風呂よりくつろげるってものだ。
「さすがに少し疲れたな……」
桶でお湯をすくい、体を流す。
今日はそれほど戦ってないので体力的には消耗してないが、多くの人と一緒だったので気疲れした。三上を運ぶ時も壊さないようかなり気を遣ったしな。
一人の方が色々気楽ではあるんだが、ギルドを運営している以上人と関わることはどうしても多くなる。こういう探索も慣れていかないとな。
――――と、そんなことを考えながら、俺は髪を洗おうとする。
「えっとシャンプーは……」
「ここにありますよ」
「ああ、ありがとうこれを探し……ん?」
聞こえるはずがない俺以外の人の声。
驚いてシャンプーが差し出された方を見てみると、なんとそこには星乃の姿があった。
一応タオルで隠してはいるが……ホテル備え付けの頼りないタオルでは布面積が足りな過ぎる。
「なんでここにいるんだ!? 先に入りたいならそう言ってくれれば」
「あ、逃げないでください! 私、田中さんのお背中を流しに来たんです!」
「え? 背中を?」
「はい。お疲れでしょうから、少しでも労えたらなって思って。ほら、私は少し寝れて元気なんで! さ、さ」
俺はなかば強引に座らされ、背中を流される。
星乃は器用に泡を立てると、俺の背中を洗ってくれる。……なんだろう、こんなことされるの初めてだけど、普通に気持ちいいな。
めちゃくちゃ恥ずかしくはあるけど、悪くない気分だ。
されるがまま洗われていると、星乃は俺の背中を見ながら呟く。
「……凄い傷ですね」
「え? ああ、俺の体の傷か。探索者になりたての頃とかはよく死にかけてたからな」
社畜時代を経て、今は体も丈夫になって傷つく機会も減ったが、最初は俺も貧弱だった。
そういう時に負った大きな傷は、今でも体に残っている。だいぶ薄くはなったけどな。
「私はまだまだ田中さんに敵いませんが……必ず追いついてみせます。そうしたらもうこんな傷がつくこともありませんから、安心してくださいね」
「星乃……」
まさかそんな優しい言葉をかけてもらえるとは思わず、胸の奥がじんとしてしまう。
まだまだ敵わないと言っているが、星乃ならすぐに俺なんて追い越してしまうだろうな。探索者を引退する日も近いかもしれない。
「ありがとう、嬉しいよ」
俺はそう礼を言う。
すると星乃は泡立った俺の背中にかけ湯をして、流してくれる。
体だけじゃなく、心まで洗われた気分だ。
さっぱりしたし湯に入るかと思っていると……急に星乃が後ろから抱きついてくる。
「っ!? ほ、星乃? 当たってるんですけど」
「はい、当ててますから」
開き直ったようにそう言った星乃は、俺の耳元に口を寄せて囁いてくる。
「私も田中さんを癒やしたいんです。凛ちゃんに負けてられませんから」
「い……っ!?」
普段の星乃からは想像できない艷やかな声に、背中がぞくっとする。
そういえばダンジョンから出た後、雪さんに言われた。
星乃は「魔性」の持ち主だから頑張ってね……と。あの時は意味が分からなかったが、これのことを言っていたのかもしれない。
「さ、田中さん。まだ帰しませんからね♪」
「お、おい! やめ――――」
こうして俺は、星乃の気が済むまでピカピカに磨かれてしまうのだった。




