第7話 田中、説教する
「で、大丈夫ですか?」
「……ええ、問題ありません」
助けた三上に話しかけると、彼はぶすっとした感じで返す。
なにを意地になっているのやら、やりづらいったらないな。
"サラマンダーにボコられてたのを配信されてすねてんでしょ"
"えー……子どもかよ"
"三上くんダサいぞ!"
"ちゃんとありがとう言おうね"
"まあ誰にでもこんな時期はあるよ"
コメントには同情するようなものが多い。
まあ確かにさっきのが全世界配信されたら嫌か。クール系イケメンで売ってるみたいだし、ブランドイメージを傷つけてしまったな。悪いことをした。
「助けてくれたことは感謝します。ありがとう……ございます」
三上は言いづらそうにしながらも、礼を言う。
プライドが高いだけで悪い奴ではないんだろうな。
「ですがあの程度のモンスター、僕でも倒せました! Aランクのモンスターを単騎で倒したことがあるんですよ僕は!」
「あー、はいはい。分かりました。ひとまず怪我の治療をしましょうね」
「いだぁい!」
傷口に無理やり回復薬を塗り込む。
しみるけどこれが一番治るのが早い。我慢してもらおう。
"三上くんおもろいなw"
"ツンデレキャラかな?"
"クール系眼鏡ツンデレキャラとか性癖すぎるはあはあ"
"人の性癖は広いな"
"もうクール系で売るのは無理でしょw"
"社畜リーマン✕クールツンデレ眼鏡か……好物です"
"今日も変態が多いインターネッツだな"
「よし、応急処置はこんなもので大丈夫かな。じゃあそろそろ行きましょうか。あ、自分で歩けますか?」
「……傷の手当をしていただいたことには感謝します。しかし、一緒に出ることはできません」
「ん……ん? え?」
まさかの返事に俺は一瞬訳が分からなくなる。
ど、どういうことだ?
「僕は一人で戻ります。これだけの失態を重ねて、更に帰りまでエスコートされたのでは、僕の名誉は失墜します。あなたも一人の方が早く帰れていいでしょう。僕のことは放っておいてください」
"おいおいこいつマジで言ってんのか?"
"いやこれ以上名誉落ちんだろw"
"ツンデレの度が過ぎているぞ"
"こじらせてんなあw"
三上の言葉を聞いた俺は、心のなかでため息をつく。
あまりにも自分本位で勝手な物言いだ、久々に苛ついたな。今の時代にはそぐわないかもしれないが……少しお説教が必要みたいだな。
「早く行ったらどうですか? こんなつまらないところ配信しても視聴者が飽きてしまうんじゃないですか? 同接も下がって……」
「おい」
「え?」
「少し、黙れ」
「……っ!?」
普段はモンスターをビビらせるために使う『圧』を、ほんの少しだけ三上にぶつける。
効果はあったようで、余裕のない表情にサッと変わる。
"ひい"
"怖すぎる"
"心臓きゅっってなった"
"まだ心臓ドキドキするんだけどなにこれ……恋?"
"不整脈じゃない?"
"上司に説教されたの思い出して吐きそう"
「黙って聞いてれば……なんだお前は。口を開けば自分の保身ばかり。今が非常事態だって分かっているのか?」
「そ、それくらい分かっています! しかしだからこそ、僕に構っている時間はないんじゃないですか?」
「……つまりそれは、お前は自分の仲間を助けるつもりがないってことだな? 今こうしている間にも、お前の部下がこのダンジョンで危険に晒されているのかもしれないんだぞ?」
「それは……」
三上は口ごもる。
どうやら思考がそこまで回っていなかったみたいだな。
どうやって今回の失態を帳消しにできるかばかり考えて、仲間の無事まで考えが及ばなかたんだろう。
「ダンジョン探索はお遊びじゃない、命がけの仕事なんだよ。半端な覚悟でやっているなら辞めるべきだ」
探索者は稼げるからと半端な気持ちで入って来た奴の末路は、大抵悲惨だ。
仕事している時に、そういった奴らの亡骸を見たのは一度や二度じゃない。
この仕事は厳しく恐ろしいものだと、探索者は知っている。
知らない奴はそれを理解する前に死んだ奴か、気づかないまま運良く生き残っている奴だけ。こいつは後者ってわけだ。
「俺たちはいつ死ぬか分からない。だから探索者同士は助け合うようにしているんだ、少しでも生存率を上げるためにな」
俺もガキの頃は偶然出会った探索者に助けられることがあった。
そういった人に礼をしようとすると、決まって彼らは「俺はいいから、困っている人を見つけたら同じように助けてやってくれ」と言った。
あの時はなんでそう言ったのか分からなかったが、今なら分かる。
そういった親切を繋いでいくことが結果的に探索者全体の生存率を上げることに繋がる。あの人たちは俺だけじゃなく、その先に繋がっている人まで救ったんだ。
「別にお前の慢心でお前が死ぬんだったら構わない、自業自得だからな。だが勝手なことをする奴がいると、他の人が迷惑を受けるんだよ。今回はお前のギルドのせいで大勢が迷惑を被ったんだ……そのケツも拭かず逃げるつもりか?」
「でもそれは部下が勝手に……」
「でもじゃない!」
俺は三上の頬を思い切り引っ叩く。
斜め上から放たれたその平手を食らった三上は、「ぼぶえ!?」と潰れたカエルのような声を出しながら地面にめり込む。
"三上くん!?"
"これはしゃーない"
"意外と体育系なんやね"
"まあでもこれは三上くんが悪いよ"
"田中ァも早くゆいちゃんに会いに行きたいのを我慢して助けてたわけやからね"
"あ、三上くん地面から顔抜いた"
"顔パンパンで草"
"クリームパンみたいになってるw"
"これで闘魂注入されたでしょ"
「い、痛い……」
三上は地面にへたりこんだまま涙目で頬をさする。
少し強く叩きすぎたかもしれない。反省だ。
「三上、お前はなんで探索者になったんだ? そんなに成果を焦ってどうなりたいんだ。その目標は他人を危険にさらしてまで成したいものなのか?」
「僕は……」
三上は目を伏せ逡巡する。
そしてしばらく黙った後、ゆっくり話し出す。
「僕は子どもの頃……モンスターに襲われたことがあって、その時に探索者に助けてもらったんです。颯爽とモンスターを倒すその人がかっこよくて、僕にはその人がヒーローに見えました」
子どもの頃モンスターに襲われたっていうと、おそらく皇居大魔災の時だろう。
ダンジョンには許可がないと入れないし、子どもが外でモンスターに襲われる機会なんてその時くらいしかないからな。
となるとこいつもあの時都内にいたのか。俺もその時は師匠と一緒にモンスターの掃討に当たっていた。もしかしたらどこかですれ違うくらいしてたかもな。
「だから僕も、その人みたいな凄い探索者になりたいって思ったんです。それに有名になればその人にもう一回会えるかなと……まあ、あの時は一瞬だったんで、顔もあまり覚えていないんですけど」
"三上くんにもそんな過去があったんやな"
"単にお金好きなだけかと思ってた"
"かわいいとこあるやん"
"少し好感度上がったわ"
"じゃあなんでこんな風になっちゃたんだ……泣"
"それはそう"
「そうか……探索者になった理由は分かった。いい理由だと思う。だけど、今のままやっていて、本当にその人みたいになれると思うか?」
「そ、それは……」
三上は気まずそうに口ごもる。
こいつ自身、気づいてはいたんだろう。自分の行動が憧れている人のやっていたこととかけ離れていることに。
でもそういうやり方でしか、上にのし上がる方法を知らなかった。だから成果第一主義の探索者にいつの間にか染まってしまっていたんだ。
「ここが分水嶺だ。どうする、今のままでやっていくか、それとも本当の探索者になるか。お前が決めるんだ」
俺は座っている三上に手を差し出す。
三上はほんの少しだけ迷う素振りを見せるが、やがて決心したような顔で俺の手を取る。
「今からでも……変われるでしょうか?」
「当たり前だ。社畜だった俺だって変われたんだから」
"それは確かにw"
"一番変わった人が目の前にいるの説得力あるな"
"三上くん頑張れ!"
"イイハナシダナー"
"映 画 化 決 定"
"鋼鉄の牡鹿に注目だな"
「さて、時間を食ったし、急いで進むとするか」
「あ、えっと田中さん。実はまだ言ってなかったことがあって……」
「ん? なんだ?」
「その、実は僕、上の方でヤバそうなモンスターを見たんです。あの大きさと見た目の特徴、おそらくEXモンスター『カグツチ』だと思います。僕はそれから逃げてここまで来たんです」
「ば……! お前もっと早くそれを言え!」
「ひい! すいません!」
マジかよ、ということは俺が倒したラヴァドラゴンはボスモンスターじゃなかったってことか。
ボスモンスターが最下層から動くことはほとんどないが……転移罠が発動したことで活性化して侵入者を排除しに動いたのかもしれない。
星乃も雪さんも強いが、EXランクのモンスターに勝てるかは分からない。急いだほうが良さそうだな。
俺は三上を無理やり担ぎ上げ、米俵のように肩に乗せると、一気に駆け出す。
「少し揺れるぞ。俺の上で吐くなよ」
「え、ちょ、待ってくださ……ぶっ、もっ、おろろろ」
「おい吐くなって言ってんだろ!」
こうしてEXモンスターの存在を知った俺は、急いでダンジョンを駆け抜けるのだった。




