第6話 星乃、突き進む
――――一方その頃、星乃唯は仲間となった探索者と共にダンジョン下層を進んでいた。
道中数人の探索者も合流し、彼らはかなりの大所帯になっていた。
「星乃さん! こっちに道が続いてました!」
「このモンスターは任せて下さい!」
「トラップなら私が! 罠解除検定準一級を持ってますので!」
「あ、あはは……ありがとうございます」
やる気満々な仲間に支えられ、星乃たちは順調に進んでいた。
下層のモンスターは、強い。
熟練した探索者であっても少しの油断が命取りとなり、命を落とす者も少なくない。
しかし今の彼らはモチベーションがかなり高く、下層でも十分に渡り合えていた。
その最たる原因は、リーダーである星乃を支えたい、役に立ちたいという気持ちを全員が共有していたからであろう。
"すげえ人気だなw "
"いつのまにこんな関係になったんや"
"探サーの姫"
"遭難する前よりも連携取れてて草なんだ"
星乃は自分のドローンを使い、配信を始めていた。
そのドローンはいつも自分の配信で使っている物であり、スペア用に念のため持って来ていたのだ。
配信をしたことで、外に自分たちの状況を伝えることができる。
"ニュースで見たけど救助隊がダンジョンに入ろうとしているみたいだね"
"あー、俺も見た"
"でも時間かかるだろうな。ここ北海道だし"
"一応近くに魔対省の人間が数人待機しているみたいだけど、少人数じゃ意味ないよな"
"まあでもこういう時のためのシャチケンだから"
星乃は時折コメントを確認しながら進む。
そうしていると探していた情報が目に入って来る。
"そういや田中も無事だったな"
"一人だけ深層に飛ばされたけど余裕だったなw"
"さっき三上も助けてたよ。サラマンダーをスパスパ斬ってて面白かったw"
"早く合流してほしいわ"
「田中さん……無事だったんだ……っ!」
星乃は他の人にバレないくらいの声量で呟く。
田中なら無事だろうと信じていたが、それでも無事を知れるのは嬉しい。
きっと彼なら深層からでも戻って来てくれる。なら自分は自分のやれることをやらなくちゃ――――星乃は心の中でそう決心する。
軽くなった足を動かし前に前に進んでいると、最前で索敵をしていた黄金獅子の探索者が叫ぶ。
「前方にモンスター! あれは……ラヴァドラゴン、Sランクのモンスターです!」
「Sランクモンスター!? ここは下層なのに……!」
思わぬ報告に星乃は戦慄する。
モンスターが本来生息している層以外に出現することは、ないことではない。しかし普段であれば、自分の実力に見合わないモンスターと出会っても『逃げる』という選択肢が取れる。
だが今はそうはいかない。
モンスターが帰り道にいる以上、戦う以外に道はない。しかも逃げられない理由が他にも見つかってしまう。
「対象のラヴァドラゴンは探索者と交戦中です! 倒れている人間もいます!」
「そんな……!」
遠くで誰かまでは分からないが、ラヴァドラゴンは人間と戦っていた。
その人物は倒れている人を庇いながら戦っており、苦戦しているように見える。
事態の深刻さを把握した星乃は、すっと目を細め戦闘モードに切り替えると、力強く地面を蹴り、駆け出す。
「私が先陣を切ります。みなさんはサポートを」
「え!? 星乃さん!?」
星乃は全力で駆け、一気にラヴァドラゴンのもとへ肉薄する。
"いや危ないって!"
"Sランクは危険すぎる"
"シャチケンを待とう!"
"やめてゆいちゃん!"
"逃げてー!"
星乃の無謀に見える行動に、視聴者たちは不安の声を上げる。
『ゴア?』
接近する少女にラヴァドラゴンは気がつき、目をそちらに動かすが、時すでに遅し。星乃は駆ける勢いそのままに全力の飛び蹴りを放つ。
「はぁーっ!」
猛スピードで放たれる渾身の飛び蹴りがラヴァドラゴンの横腹に突き刺さり、十メートルを超える巨体が宙に浮く。
『ゴグゥ!?』
ラヴァドラゴンのは苦しげに呻くと、後方に吹き飛び、地面を転がる。
まだ動ける力は残っているが、かなりのダメージを負ったように見える。
"は?"
"やば"
"えええぇっ!?"
"馬鹿力過ぎるw"
"ゆいちゃん強すぎてわろえない"
"俺の推しが強すぎてつらい"
"田中ァ! どれだけ鍛えてんだよ"
"あれ? ラヴァドラゴンと戦ってた人ってあの人じゃない?"
星乃はラヴァドラゴンを退けると、今まで戦っていた探索者に近づく。
その人物は星乃も知っている人物だった。
「田中ちゃんかと思ったら……まさか星乃ちゃんとはね。助かったわ」
「あなたは……雪さん!?」
今までラヴァドラゴンと戦っていたのは、雪こと毒島雪之進であった。
余程厳しい戦いを続けていたのか、体のあちこちに傷があり、服も擦り切れていた。
「酷い怪我……大丈夫ですか!?」
「情けないとこ見られちゃったわネ……なんとか五体は倒したんだけど。ヘタこいちゃったわ。ブランクの影響かしら」
気づけば周囲には五体のラヴァドラゴンと、他にも多数のモンスターが転がっていた。どうやら雪は探索者を守りながらこれだけのモンスターを倒したようだ。
"これだけを一人でやったのかよ、やっぱ帰還者は半端ねえわ"
"しかも武器使えないのにな"
"これでブランクありってマ?"
"でも雪さんにはレイピアキックがあるから"
「動かないで下さい。今治療しますから」
「悪いわね星乃ちゃん。助かるわ」
星乃は手際よく雪の怪我の治療をする。
すると後から仲間の探索者たちもやって来る。
「みなさんは倒れている人たちの救助を! 手が空いている人は周囲の警戒をお願いします!」
「了解です!」
「分かりましたリーダー!」
「サポートする暇なんてなかったな……」
星乃の指示に従い、テキパキと動く探索者たち。
そんな彼らの動きを見て、雪はパチクリと驚いたようにまばたきする。
「驚いた。いったい彼らになにしたの?」
「私はなにもしてないですよ。みなさんが親切なだけですよ」
「自覚なし……と。可愛いだけじゃなくて魔性も併せ持ってるなんて罪な娘ね」
「?」
なんのことか分からず、首を傾げる星乃。
雪はそんな彼女を見てくすくす笑う。
張り詰めていた空気が緩むが、星乃に蹴られたラヴァドラゴンが立ち上がり再び緊張が走る。雪はレイピアを再び握り、立ち向かおうとするが星乃がそれを止める。
「まだ安静にしてください。あのモンスターは私が」
大剣を構え、臨戦体勢を取る星乃。
相手はSランクモンスター、雪は無謀だと星乃を止めようとするが、それよりも早く星乃は駆け出す。
『ガアッ!!』
ラヴァドラゴンは口から溶岩の球を吐き出し、星乃を攻撃する。
超高熱のその球体は、触れるだけで人を溶かしてしまう。
しかし星乃はその攻撃を避けず、正面で迎え撃つ。
「ふん……っ!」
星乃は大剣をまるで野球のバットのように構えると、剣の側面で溶岩球を打ち返した。
高速で打ち返された溶岩球は、まっすぐラヴァドラゴンの方に飛んでいき、その顔面にぶつかって大きなダメージを与える。
『ゴアアアッ!?』
"ええ!?"
"草"
"ナイスバッティング!"
"だんだん田中みたいな戦い方になってきたなw"
"やばすぎ"
"夫婦喧嘩したら建物壊れそうだな……w"
星乃はラヴァドラゴンが怯んだ隙に接近すると、剣を振りかぶり、力を込めて振り下ろす。
その渾身の一撃はラヴァドラゴンの硬い鱗をやすやすと裂き、致命傷を与える。その衝撃は凄まじく、ラヴァドラゴンの足元の地面にも大きな亀裂が走る。
『ガ……ア……!』
力なく声を出し、ラヴァドラゴンは倒れる。
強敵を倒した星乃は「ほっ」と着地し「ふう」と額の汗を拭う。
彼女のその凄まじい強さに、仲間の探索者だけでなく雪も驚愕する。
「Sランクモンスターを一撃で……! この子、才能の原石なんてレベルじゃないわ……!」
若く素晴らしい才能に、雪は胸の高鳴りを覚える。
もし田中のもとにいなければ、すぐにでも自分のギルドに誘い、その力を磨く手伝いを申し出ただろう。
「見事だったわ、星乃ちゃん。あなたが来てくれなかったら危なかったわ」
とたた、と戻ってくる星乃に雪は礼を言う。
事実もう少し来るのが遅れていたら、探索者を守りきるのは難しかっただろう。
「いえいえ、これくらいお安いご用です!」
星乃はそう言った後、雪の背後で治療を受けている他の探索者に目を向ける。
「雪さんも他の方と合流していたんですね」
「ええ、私の近くに転移した子たちは全員保護したわ。星乃ちゃんと一緒に行動していた子たちと合わせると、ほぼ全員揃うわね。まとまった場所に転移されたのは不幸中の幸いだったわね」
この場所にいないのは田中と三上の二人だけであり、他の探索者は全て合流できていた。三上を田中に任せれば、もう後は脱出するだけであった。
「星乃さん……だったな。うちの者を助けてくれて感謝する。あなたは命の恩人だ」
そう言って近づいて来たのは、黒曜石の熊ギルドの社長、熊岩だった。
彼は早い段階で雪と合流し、仲間の救助に当たっていたが、モンスターの戦いで怪我をしてダウンしていた。
今は治療のおかげで動けるまでには回復していた。
「熊岩さんも酷い怪我ですね……やはりモンスターが多かったんですか?」
「ああ、それもそうなんだが……一体ヤバいモンスターがいたんだ。この怪我はそいつから逃げる時にやられてしまったんだ」
熊岩が雪に目配せすると、雪は無言でこくりと頷く。
「そのモンスターから逃げた先で、ラヴァドラゴンたちに絡まれちゃったの。消耗していた私たちはあっという間に追い込まれてさっきの状況になっちゃったの。結構騒がしくしちゃったから、あいつに気づかれちゃうかも……早くここを離れた方がいいわ」
「そんなモンスターがいるんですね。……分かりました、応急処置が終わりましたら、すぐに移動しましょう」
星乃はそう決断し、移動準備をしようとする。
すると次の瞬間、ダンジョン内部が大きく揺れる。
「え、地震!?」
なんとかバランスを取って踏ん張る星乃。
いったい何事かと思っていると、ダンジョンの中に恐ろしい『声』が響き渡る。
『ゴオオオオオッッッ!!』
低くて大きい、恐ろしい声。
そしてその声の少し後、道の奥からゆっくりとそのモンスターが姿を現す。
『ルルル……』
そのモンスターは巨大な『龍』だった。赤い鱗に白い角、そして長いヒゲを持つ龍。
西洋の翼が生えた竜と違い、東洋で見られる細長い蛇のような体を持った龍であった。翼がないにもかかわらず、悠然と空を泳ぎ、眼下の小動物を睥睨している。
格が違う。星乃はひと目見ただけでその龍の強さを感じ取った。
「雪さん。あのモンスターが……」
「ええ、私たちはあれにやられたの。龍の名前は『カグツチ』。炎系モンスターでは最上位の存在よ。ランクはSより上のEX……まだ討伐記録のない、正真正銘の化物よ」
雪の言葉に星乃は身震いする。
星乃はまだEXランクモンスターと戦ったことがない。田中が戦っている動画を見たことがあるぐらいだ。
動画でも恐ろしく感じたが、実際に目で見るとその恐ろしさは桁違いであった。
そして雪と共にいた探索者たちの感じた恐怖は、それ以上だった。
「あ、あいつだ……あいつが追って来たんだ!」
「そんな! やっと逃げられたのに……!」
恐怖におののく探索者たち。
それほどまでにカグツチの強さは凄まじいものだった。
「星乃ちゃん、どうする? 今ならまだ逃げられるかもしれないわ」
カグツチとの距離はまだ遠い、全力で逃げれば、再び身を隠すことができるかもしれない。
しかしダンジョンから脱出する時間が伸びてしまうし、なによりまだ満足に動けない者がいる。全員を抱えて逃げるのは不可能、逃げるなら彼らを見捨てなければいけない。
そして当然、星乃はそのような手段を取ることはない。
「私が戦います。勝てるかは分かりませんが、少しは時間を稼げるはずです。その間に動けない人を連れて逃げて下さい」
「な、なにを言ってるんだ! あいつの強さは尋常じゃない、一人で挑めば間違いなく死ぬぞ!?」
「熊ちゃんの言う通りよ。なにもあなたが命を捨てることはないわ」
熊岩の言葉に雪が同意する。
二人はそのモンスターの恐ろしさをよく知っている。星乃を一人で送り出すなんてこと、できるはずがなかった。
「お気遣いいただきありがとうございます。でも……私は行きます。ここで逃げたら、あの人にはもう追いつけなくなりますから」
そう語る星乃の目には強い覚悟の色が浮かんでいた。
それを見た雪と熊岩は説得が不可能なことを悟る。
「安心して下さい。私、結構頑丈ですから。足止めくらいできますよ!」
「星乃ちゃん……」
雪が返事に困っていると、今まで黙っていた他の探索者たちが集まってくる。
「星乃さん……いや、リーダー! 私たちも手伝います! 一人で足止めができるなら、みんなでやれば勝てますよ!」
「星乃さんがいなけりゃ死んでたんだ、俺たちの命も使って下さい!」
「みなさん……」
仲間の熱い声に、星乃は目頭が熱くなる。
正直なところ、一人で謎のモンスターに挑むのは怖かった。彼らが一緒に来てくれると思うと、不安もかなり軽くなる。
「ありがとうございます、みなさんが来てくれるなら心強いです! 一緒に勝って帰りましょう!」
星乃の声に、探索者たちは大声で同意する。
その様子を見た雪は「若いっていいわね……」と呟くと、再びレイピアを握り覚悟を決める。
「若い子に任せて逃げたら、社員に会わせる顔がないわ。怪我した身でどこまでやれるか分からないけど、私ももうひと踏ん張りしちゃおうかしら。熊ちゃんはどうする?」
「死にたくはないですけど……うちの社員があそこまでやる気なら、付き合うしかないでしょう。ここで逃げたら、みんな星乃さんについて行っちゃいそうですしね」
熊岩はそう言って笑うと、獲物である大きな円形の盾を構える。手ひどくやられたはずなのに、不思議と体は軽かった。
「いい返事ね熊ちゃん。ベテランの意地、魅せてあげましょう」
「やれやれ……もう筋肉痛が早く治る歳じゃないんですけどね」
若者の勇姿を見て、奮い立つ二人。
こうして彼らの生存をかけた戦いの幕が開けるのだった。




