第1話 田中、はぐれる
「ん……ここは……?」
頭をさすりながら、星乃唯は目を覚ます。
転移魔法の影響で頭がボーっとする彼女だが、すぐに自分が転移罠にかかったことを思い出し、周囲を警戒する。
「モンスターは……ひとまず近くにはいないみたい。誰か人は……」
星乃は剣を構えながら周囲をよく見る。
先程までいた場所は雪原だったが、景色が一変していること気がつく。岩肌が露出してゴツゴツしており、雪や氷は一切見えない。
それどころか、
「熱い……魔素濃度も高いし、かなり下の層まで飛ばされちゃったみたい」
星乃は直感的に自分が下層まで来たことに気がつく。
ここニセコ火山ダンジョンは中層より上は氷雪系ダンジョンであるが、下層からは逆に高熱地帯となっていた。
氷雪系ダンジョンも攻略が難しいが、高熱のダンジョンの難度は更に高い。
服を脱いでもその暑さからは逃れることができず、体力の消費は寒い場所よりも大きい。まだここに飛ばされて数分しか立っていないが、既に星乃の肌には大粒の汗が浮かんでいた。
「ダンジョンで迷子になった時は上を目指すのが定石。田中さんもそうするだろうし、上を目指さないと」
心細さをぐっと押し殺し、星乃はダンジョンからの脱出を目指す。
すると、
「あれ? 誰かいる」
少し歩いたところで、星乃はうずくまる探索者の集団を見つける。
人数は十人ほど、装備を見るに鋼鉄の牡鹿の探索者のようだ。
彼らはどうやら怪我をしているようで、その場から動けずにいた。それを見た星乃は急いで彼らに駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「あ、あなたは星乃さん……?」
突然現れた星乃を見て戸惑う探索者たち。
一方星乃は彼らの体を観察し、怪我の具合を確認する。
「これじゃ歩くの大変ですよね。回復薬と救急キットがあるので使わせていただきます」
「え、いや、あの、そこまでしなくても……」
探索者たちは遠慮しようとするが、星乃は有無を言わさず治療を開始する。
手慣れた感じでテキパキと治療する星乃。そんな彼女を見て、彼らは申し訳無さそうにする。
「ごめんなさい。私たちが宝箱を開けたせいであなたまで……」
欲に駆られ宝箱を開けなければ、こんなところまで転移されることはなかった。
その上で怪我の治療までされ、彼らは申し訳無さでいっぱいだった。きっと星乃も怒っているんだろうと彼らは思っていたが、
「気にしないでください。ダンジョンではなにが起きるか分かりませんから。今は喧嘩するよりもみんなで力を合わせて脱出しましょう! 大丈夫、私たちならなんとかなります!」
そう言って笑う星乃を見て、探索者たちは自分の浅はかさを恥じた。
そしてそれと同時に強く優しい彼女の人柄に強く心を打たれた。
「星乃さん、今回の件は生還できたら改めて謝罪します。なので……今だけは仲間として、一緒に戦ってもいいですか?」
「はい、もちろんです! 一緒に頑張りましょう!」
星乃は彼らと意気投合し、脱出を志す。
そして離れてしまった田中のことを、心のなかで想う。
(これでいいんですよね田中さん。上手くできるかは分かりませんが、田中さんにしてもらったみたいに、私もみんなを助けられるよう頑張ります……!)
田中と初めて出会ったダンジョンのことを星乃は思い返す。
絶望的な状況で自分を救ってくれた田中の姿に、星乃は強い憧れを抱いていた。
そんな彼に少しでも近づくため、星乃は頑張ることを誓うのだった。
◇ ◇ ◇
「……参ったな」
俺は次元の狭間をぐわんぐわんと移動しながら、一人呟く。
ここに入れられて少し経つが、外に出られる感じがしない。
どうやら俺たちが引っかかった転移罠は特別製みたいだな。おそらく転移対象の魔素量を測定し、どこに転移させるか分別する機能があるみたいだ。
あの中で魔素の多い俺を脅威とみなし、この次元の狭間に閉じ込めておくことにしたんだろう。
つまりこのままじゃ俺はこの異空間に永住しなくてはいけない。困ったな。
「しょうがない。やるとするか」
俺は次元の狭間の中をクロールで移動する。
水で泳ぐのと少し勝手は違うが、まあ似たようなもんだ。コツさえ掴めば誰でもできる。
"なんで異空間を泳げるんですかね"
"変なとこ来たと思ったら変なことしてて草"
"ここどこ?"
"良かったシャチケン生きてた"
"お、通信戻ったか"
気づけば俺の側をドローンが飛んでいる。
どうやら俺の持ち物と認定されて同じ場所に転移したみたいだ。俺の安否確認にもなるし、ついてきてくれたのは助かるな。
視聴者も心配しているかもしれないし、今の状況を説明しておこう。
「少し次元の狭間を漂ってますが、大丈夫です。今から脱出しますね」
"なんでそんなに冷静なんだ……w"
"散歩してるみたいなテンションで草"
"確かに少し散歩してますがみたいな感じだなw"
"非常事態のはずなのに緊張感がなさすぎる"
"シャチケンは非常が通常だから……"
俺は歪んだ空間をじっと観察する。
空間も物体と根源的には一緒だ。よく観察すれば弱いところが見えてくる。
「ここ」
俺は空間の薄い箇所に腕を突っ込み、力任せにこじ開ける。
すると空間に穴が空き、外に出られるようになる。
「ではこれから脱出します」
穴の中に体を滑り込ませ、外に出る。
ぬるっという独特の感覚とともに、俺は元の空間に戻ることに成功する。
「よし、上手くいった……ん?」
次元の狭間から脱出して、空中に放り出された俺が見たのは、一面『赤』の景色。
今までは雪原、白の景色だったので変わり様が凄い。ていうか温度もめっちゃ高いな。なんでだ?
"あ"
"え?"
"なにこれ"
"まさかこれって……"
"これ、溶岩じゃない?"
そうか、この赤は溶岩か。
ぽん、と握った拳と手の平をぶつけ、納得する俺。
そしてその間も俺は自由落下を続け……次の瞬間、空中にいた俺はぐつぐつと煮えたぎる溶岩の中に入ってしまうのだった。




