第7話 田中、合同探索を始める
「みなさんこんにちは。田中誠です。それではこれからダンジョン配信を開始したいと思います」
"待ってた!"
"来たわね"
"生きがい"
"寒いからはよ"
"全裸待機民もおる"
配信を開始すると、たくさんのコメントが滝のように流れる。
昨日告知配信をしたおかげかいつもより視聴者の伸びがいいな。
「事前に言いましたが、今日は他ギルドとの合同探索になります。ですのでいつもみたいに一人で進むのではなく、他の方と歩幅を合わせての探索になります。ご理解いただけますと幸いです」
"はーい"
"把握"
"まあしゃあない"
"え、シャチケンって人と合わせられるの?w"
"それはそう"
"うーん、無理w"
"田中が合わせられないっていうか他の人がついていけないというか……"
む、失礼なコメントだな。
俺だって人と合わせることくらいはできる。今まであんまりしたことはないだけだ。
頑張ればできるはず……多分。
などと考えていると、ダンジョンを塞いでいた扉が開く。どうやら探索開始時間になったみたいだ。
「これよりニセコ火山ダンジョンの初探索を始める! 先陣は我々黄金獅子ギルドが務めさせていただく!」
先頭を歩く探索者がそう宣言し、ダンジョンの中に入っていく。
黄金獅子ギルドは大手の老舗ギルドだ。探索者の平均レベルが高く、人気就職先ランキングでも例年トップクラスのところだ。
教育も行き届いているようで、さっき丁寧に挨拶された。鋼鉄の牡鹿ギルドや黒曜石の熊ギルドほど今回の探索に前のめりじゃなさそうなので、彼らが先導してくれるなら俺としても安心だ。
「それじゃあ入ります。あ、チャンネル登録と高評価を押してくださると嬉しいです」
そう言って中に入っていく。
最初は普通の洞窟らしい見た目だったけど、少し進んでいくと周りの様子が変わっていく。
"なにこれ、雪?"
"うわ。寒そう"
"あー、そういう系のダンジョンか"
"これは厄介そうだな"
ダンジョンを下っていくとどんどん気温が下がっていき、足元に雪や氷が目立ってくる。
どうやらこのダンジョンは氷雪系のダンジョンみたいだな。
寒さは探索者の体力を容赦なく奪っていく。なので寒いダンジョンはあまり人気がなく、潜る探索者も少ないのだが、今回は寒いからといって帰るわけにもいかない。
「うう……寒い」
「おい! 上着出せ! 用意していただろ!」
前を進む探索者たちが防寒着を着込み出す。
どうやら寒さに対しても準備していたみたいだ。まあ北海道だし、氷雪系のダンジョンの可能性は考慮してるか。
「た、田中さん。私もちょっと寒くなってきました」
隣を歩いていた星乃がそう言ってくる。
露出している素肌をさすって温めている。確かに寒そうだ。
"ゆいちゃん薄着だから寒そう"
"田中ァ! なんとかしてあげろ!"
"上着を貸してやれよ!"
"おいおいゆいちゃんにスーツなんか着させる気か? ……いや、逆にいいかも"
"天才の発想"
"かわいい子✕ビジネススーツか……ありだな"
"露出は高けりゃいいってもんじゃないからな"
"紳士の多いインターネッツですね"
"OLゆいちゃん概念の誕生である"
星乃が出るとやっぱりいつもよりコメントが盛り上がるな。
ていうかなんだこの内容は、俺の視聴者は思春期の男子しかいないのか?
まあでも確かにスーツ姿の星野も可愛いだろうというのは俺も同意するところだ。ただここでこいつらにそれを見せはしないけどな。
「いや、防寒着を着るのは得策じゃない」
「え? でもこんなに寒いと動きもにぶくなっちゃいますし、体力も減っちゃうんじゃ……」
「だけど厚い服を着るとその分動きづらくなってしまう。ダンジョン探索でそれは命取りだ」
盾役が鎧の下に着込むくらいならまだいいが、俺たちみたいな剣士がそうなってしまったら強みがなくなってしまう。なので寒さには別の対処法を使う。
「寒いなら体温を上げればいい。そうすれば着込む必要はないからな」
「それはそうですけど……体温を上げるなんてどうすればいいんですか?」
"ゆいちゃん困惑してて可愛い"
"それができれば苦労しねェ!"
"シャチケンまたとんでもないこと言い出しそうだなw"
"ゆいちゃん寒そうで可哀想だネ……おじさんが温めてあげようか?"
"きもおじもおる"
「摩擦熱ってあるだろ? 物を擦り合わせて熱を起こすやつだ。それを体でやるんだよ」
「え? ど、どうやるんですか?」
「細胞一つ一つに意識を集中して振動させるんだ。こうやって」
そう言って俺は右手を見せてそれを高速で振動させる。
するとすぐに右手は熱を持ち、湯気が立つ。人は寒くなると体を震わせて熱を作ろうとする。それを意識してやるのがこれだ。これをマスターすれば氷河も全裸で泳ぐことができる。
星乃は温まった俺の手を握ると、驚いたように目を丸くする。
「凄い! ストーブみたいに温かいです!」
「簡単だろ? 星乃もやってみるといい」
"簡単でたまるか"
"それができれば苦労しねェ!(再放送)"
"人間火力発電所"
"シバリングって本当にできるんだ"
"ト◯コかな?"
"ゆいちゃんは大人しく服着た方がいいんじゃ……"
「細胞を振動させるんですね。えっと、こうして……あ、できました」
「お、上手いじゃないか。初めてにしては上出来だ」
「えへへ」
"なんでできるんだよ"
"もうやだこの脳筋夫婦"
"ゆいちゃん地味にスペックぶっ壊れてるよね"
"派手に壊れてるだろ。これで成人してないんだぞ?"
"雪さんも「マジで?」って顔してるの草なんだ"
"天才じゃったか"
"さすが力の一号と力の二号"
俺は他にも寒いところで使える技術を星乃に教える。
氷の上での歩き方や、冷たい空気を吸っても体を冷やさない方法。雪が積もった場所での戦い方など、今までダンジョンで学んできたことを星乃に余さず伝授する。
少し難しいかな? と思ったことも星乃はすぐに習得してくれる。俺を超える探索者になる日も近いかもな。
"え、この配信めっちゃ勉強になるんだけど"
"氷雪系ダンジョンの配信自体珍しいからな。ためになるわ"
"問題はこれを実践で使えるようにするのが難しすぎることなんだよなあ……"
"俺覚醒者じゃないから分からないんだけど、やっぱり難しいの?"
"一つでもできたら有能レベルだぞ"
"じゃあ全部すぐに覚えたゆいちゃんって……"
"控え目に言ってバケモン"
"ていうか勉強になりすぎて他の探索者も配信見てて草"
コメントを見て気づいたが、先行している探索者の中に俺たちの配信をこっそり見ている人がいた。
そして俺の言ったことを実践しているみたいだが……あまり上手くいっていないみたいだ。星乃が優秀だから分からなかったけど、どうやら今教えたことは難しいみたいだ。
「星乃ちゃんは本当に優秀ね。まるで昔の田中ちゃんを見ているみたいだわ」
「本当ですか!? 嬉しいです!」
雪さんの言葉に星乃は目を輝かせて喜ぶ。
俺に似ていると言われて嬉しいか? まあ本人が喜んでいるならいいけど……。




