第5話 田中、元仲間と再会する
"まじかよ雪さんも行くのかよ!"
"シャチケンだけでも過剰戦力なのにw"
"凄え筋肉……憧れるぜ"
"皇居ダンジョンの帰還者二人も行くってマジ?"
"モンスターが可哀想に感じるレベル"
突然の雪さんの登場にコメント欄が沸く。
そりゃ仕方ない。雪さんは最近探索者業こそやっていなかったが、超のつく有名人だ。
元帰還者でギルド『麗しの薔薇』の社長であり、有名ファッションデザイナーでありながらモデル業もこなしている、色々凄い人だ。
「あの、田中さん。この方って……」
「ああ、星乃は会うの初めてだよな。こちら雪さんだ」
「こ、こんにちはっ! 星乃唯と申します! よろしくお願いします。えーと……毒島さん」
星乃の挨拶をニコニコと聞いていた雪さんだが、最後の一言を聞いた瞬間、表情が『無』になる。目が虚ろになって焦点が定まらず、張り付いたような表情になって頬がピクリとも動かなくなる。
その突然魂が抜けたような表情に星乃は「え、え」と動揺する。
「あー……、星乃。雪さんは名字や名前で呼ばれるのが嫌なんだ。可愛くないからってな。だから俺と同じように『雪さん』って呼んでくれ」
「え、そうなんですか? 知らなくてすみません、えーと……ユキ、さん」
俺の言ったとおりに星乃が呼ぶと、『無』になっていた表情がパッと一瞬にして戻り、にこやかな顔になる。凄え変貌だ。
「あなたがあの星乃唯ちゃんね? 私はユキ、よろしくね♪ 田中ちゃんとは昔からの仲なの。あ、これ私の名刺、持っててね♪ 田中ちゃんの恋人なら私の家族も同然だから、いつでも頼って頂戴。ていうか貴方めっちゃ肌ぷるぷるね、化粧品はなに使ってるの? てか顔可愛すぎ、田中ちゃんの恋人じゃなかったらチュウしてたかも。ね、モデルとかって興味ない? ウチのギルドで最近そういうこともやってるんだけど。あなただったら天下を取れるわよ!」
「あの、えっと」
雪さんのマシンガントークが炸裂し、星乃は混乱する。俺も初めて出会った時は同じように言葉の雨を浴びせられたので気持ちは分かるぞ。
さっきの無表情は星乃をからかっただけで、実際の雪さんは優しくて気配り上手な人格者だ。
その証拠に雪さんは様々な事情で普通のギルドに入ることができなくなった訳アリの人たちを自分のギルドに雇い入れている。
過去の経験から、つらそうにしている人たちを放っておけないのだと、テレビかなにかで語っていたのを見たことがある。
「雪さん、星乃をあんまりからかわないでください」
「あら、ごめんね。かわゆい子を見るとついテンションが上っちゃって。また後でお話しましょうね♡」
「は、はい……」
"ゆいちゃんたじたじで草"
"シャチケンの背中に隠れてるの可愛すぎだろ"
"雪さんキャラ濃くて最高w"
"今日の配信豪華すぎるww"
"同接三千万とかエグすぎて草 ダンジョン潜ってないのにこれかよw"
まだ少しビビってるが、星乃は社交性も高いし大丈夫だろう。きっと仲良くなれるはずだ。
さて、思わぬ乱入だったが、雪さんに会えたのは嬉しいし、配信的にも盛り上がってプラスだ。このまま世間話に花を咲かせるのも悪くはないが、雪さんには色々聞いておきたいな。
でもまずは、
「雪さん、ドローンが飛んでるので察してるとは思いますが、今配信中なんですけど映って大丈夫ですか?」
「ええもちろん。私もこの配信を見て田中ちゃんが来てると知ったのだもの。みんな見てるー?」
"見てるよー"
"雪さん近くで見ると普通にイケメンだな"
"きゃー! お姉様ー!"
"見てますよ社長!"
"今日も筋肉走ってますよ社長!"
"雪さんのファンが増えてきたな"
"社員も見とる"
コメントは盛り上がってるし、雪さんもいいというならこのまま配信を続けるか。
足立に聞いても続行しろと言うだろう。
「じゃあ配信を続けますね」
「ええ、忙しくてできなかったけど、配信はずっとしたいと思ってたの。田中ちゃんの配信のゲストで出れて光栄よ。久しぶりに田中ちゃんとお話したいと思ってきたから、なんでも聞いて頂戴」
「えー……じゃあ、一番気になっていたことを聞きますね。雪さんは皇居直下ダンジョンから生還して以来、ダンジョンに潜るのを止めましたよね。それなのになぜ今回はダンジョンに来たのですか?」
"確かに"
"俺も気になってた"
"雪さんのバトル好きだったから残念だったわ"
俺が一番気になってたのがこれだ。
詳しい事情は知らないが、雪さんは帰還者となって以降、ダンジョンに近づかなくなった。
後進の育成なんかは積極的にやってみるみたいだが、自身でダンジョンにアタックしたという話は、一回も聞かなかった。
それなのに今回は急に? それをずっと不思議に思っていた。
俺の質問を聞いた雪さんは真剣な表情になると、しばらく押し黙る。
もしかしてこれを聞くのはまずかった? 全世界に配信してるしもっと配慮するべきだったかもしれないな。
「あ、答えづらかったら別の……」
「いいの田中ちゃん。むしろよく聞いてくれたわ」
「え?」
「ずっと言えなかったけど……私はあのダンジョンから生還して以来、戦えなくなってしまったの。精神的なものなのか、それとも大怪我の影響が残っているのか分からないけど、以前のように剣を振るえなくなっちゃったの」
雪さんは自分の太い腕をなでながら言う。
確かに雪さんはあの時とんでもない大怪我を負っていた。千切れそうになる腕をかろうじて縫い留め、感覚のない腕を振るって戦っていた。
覚醒者という体であっても、あれだけの怪我をしたら後遺症が残っても不思議ではない。
「だからダンジョンからは離れてたんだけど、リハビリは欠かさなかった。流石に昔のように……とはいかなくても、足を引っ張らないくらいには勘は戻った。だからこうしてダンジョンに戻ったの」
「そうだったんですね……。でも復帰最初のダンジョンをなんでここにしたんですか? 東京のダンジョンとかにしておいた方が良かったんじゃ……」
「私もそうする予定だった。でもこのダンジョンのことを聞いた時……嫌な予感がしたの。まるであのダンジョンを初めて見た時みたいに」
雪さんのいうあのダンジョンっていうのは、間違いなく『皇居直下ダンジョン』のことだろう。
皇居大魔災を起こし、多くの人の命を奪い都市に壊滅的な被害を与えた、最悪のダンジョン。
確かにあのダンジョンは他のものとはまるで違った。入口の前に立っただけで鳥肌が立ち入りたくなくなったのは、後にも先にもあのダンジョンだけだ。
「それでもリュウちゃん主導ならまあ、なんとかなると思うけど、今回はギルド合同でやるじゃない? それを聞いたら不安で不安で。だから北の地まで私が出張って来たってワケ」
「なるほど、そういうことだったんですね」
つまり雪さんの行動理由は俺とほぼ同じってわけだ。
前ほどの力は無くなってるとしても、雪さんはベテラン探索者だ。心強い味方ができたな。
"雪さん、あんた漢だよ"
"うちの社長優しすぎる。私もついて行きたかった……"
"こっそりついて行ったけど空港でバレて追い出されました"
"俺もトランクケースの中に隠れてけどバレた"
"コメント欄に社員が多すぎる"
"てかリュウちゃんってもしかして堂島大臣のこと?"
"あの人の名前龍一郎だからそうだろうな……"
"そんな呼び方できるのこの人くらいだろww"
「ま、田中ちゃんがいるなら私の出番はないかもしれないケド。リュウちゃんにサプライズするために私が行くことを黙ってたのだけど、裏目に出たわね」
「そんなことないですよ。雪さんがいてくれて心強いです。頼りにさせてもらいます」
「…………ふうん」
雪さんは意味深に呟きながら俺のことをジロジロと見る。
な、なんか変なこと言ったか?
「しばらく見ない内にいい男になったわね田中ちゃん。前も可愛げがあって良かったけど、今の方が男らしくて好きよ。さすがに渋さはリュウちゃんには負けるけど」
「そ、それはどうも」
至近距離でそう言われ、困る俺。
どうしたものかと悩んでいると、俺と雪さんの間をかき分け、ずいと星乃が入ってくる。
「だ、だめです! 田中さんはだ、旦那さんですからっ!」
恥ずかしそうにしながらも、大きな声で言い放つ星乃。
びっくりした。まさか星乃がこんな大胆なことを言うなんて。なんかこっちまで恥ずかしくなってくる。
"ゆいちゃんよく言った!"
"大胆な告白は女の子の特権だからね"
"シャチケンも照れてるぞこれw"
"いい脳筋夫婦だ"
"ここに式場を建てよう"
"ゆいちゃんに旦那さんと呼ばれたい人生だった……"
星乃の発言に沸くコメント欄。
それを言われた雪さんは驚いたように目を丸めた後、楽しそうに笑う。
「ふふっ! 大丈夫よ安心して星乃ちゃん。あなたの旦那様を奪ったりはしないから」
「ほ、本当ですか?」
「ええ、当たり前じゃない。本当に可愛い子ねあなたは」
そう言って雪さんは俺の方に目を向ける。
「いい子と出会えたわね。幸せにしなさいよ」
「ええ、もちろんです」
そう返すと、雪さんは満足そうに頷く。
やれやれ、お節介な人だ。
「さ、自己紹介も済んだことだし、三人で楽しくお喋りしながら下見をしましょうか♪ 星乃ちゃん、田中ちゃんの昔話とか興味ない?」
「ありますっ! ぜひ聞かせてください!」
「ちょっと雪さん、変なことは言わないでくださいよ……?」
こうして北の地で巡り合った俺たちは、楽しく話しながらダンジョン入口の下見をしたのだった。




