第1話 星乃、旅行に行きたいってよ
「ね、ね。この日なんかどう? 沖縄とか行きたいなって思ってるんだけど」
「えっと、その日は……ごめん。その日もちょっと駄目そう……」
しゅんと落ち込んだ様子でそう答えたのは、大学生Dチューバーであり白狼ギルドのバイト職員の星乃唯であった。
今や日本でもトップクラスの知名度を誇る探索者の彼女であったが、仕事がない日は大学に通っていた。
今も大学の構内におり、友人の大学生、柚月由梨と昼食を摂っていた。
「そっかあ。うーん……なかなか予定が合わないね」
「ごめんね。色々忙しくて……」
二人は旅行の計画を立てていたが、思うように予定が立っていなかった。
そしてその原因の最たるものが『星乃の多忙さ』であった。
Dチューバーとしての個人の活動、白狼ギルドとしての活動、そして毎日山のように送られてくるコラボ希望の対応。
それらと並行して大学にも通っているので、星乃のスケジュールは常にパンパンであった。
田中や足立もそれを心配し休むようには言っていたが、今まで仕事がなかった星乃は仕事がある内に働きたいとそれを固辞していた。
若く力が無限に溢れてくる星乃はそれらの仕事をこなしても体調を崩すことこそなかったが……前よりも友達と遊ぶ機会は当然ながら減ってしまった。
たまには旅行に行きたいと思ってはいたが、友人も学業とバイトでそれほど休みがあるわけじゃない。二人で旅行に行けるのはまだ先になりそうだった。
「じゃあひとまず旅行の話は今度にしよっか」
「本当にごめんね。この埋め合わせは絶対にするから」
「いいっていいって。唯が忙しいのはよく知ってるからさ……ん?」
柚月はこちらに近寄ってこようとする男子生徒に気づき、それを睨んで追い返す。人の少ない食堂を選んだが、それでも近寄ってこようとする人はいる。
「まったく、ご飯食ってるのに空気読めってのよ」
「はは……いつもありがとね」
星乃は大学内でも当然人気者であり、隙あれば写真やサインを求められてしまう。お人よしな星乃はそれを断るのが下手なので、大学内では柚月が番犬のような役割を果たしてくれていた。
彼女がいなければ大学内で落ち着いて食事をとることはできなかっただろう。
「あ、そうだ。私と行けないなら田中さんと旅行行ったら?」
柚月がそう提案すると、星乃は「ふぇ!?」と情けない声を出して驚く。
「た、田中さんと二人で旅行!? そんな! 新婚旅行なんて早すぎるよ!!」
「いや、そこまでは言ってないけど……」
柚月はそう言った後、くすくすとおかしそうに笑う。
思いつきで言ってみたことであったが、悪くない提案だったなと思った。
「そういえばこの前、最近は二人でデートもできてないって愚痴ってたじゃん。田中さんも忙しいだろうけど、唯が頼めば時間を作ってくれるよ」
「そ、そうかな? 確かに行けたらすっごく楽しそうだけど……」
「いけるって! 田中さんもたまには休んだ方がいいだろうし、Win-Winだよ!」
「そうだね……うん。分かった! 誘ってみる!」
友人に背中を押され、旅行に誘う決心を固める星乃。
楽しそうに「どこに行こうかなー♪」と呟く彼女を見て、柚月は少し羨ましそうにするのだった。
◇ ◇ ◇
「星乃。一緒に北海道に行かないか?」
「へ? ええええぇっ!?」
旅行の話をした日の夜。
いつものように魔対省敷地内にある事務所兼家に帰った彼女は、事務所スペースで仕事をしている田中のもとへ向かった。
足立と一緒に事務作業をしていた田中と世間話をしながら、どこで旅行の話を切り出そうかなと機会を伺っていると、突然田中から北海道に行こうと提案されたのだ。
いったいどうしてそうなったのか、星乃はおおいに混乱する。
「北海道って……二人でですか!?」
「ああ、二人でだ。あ、飛行機とか苦手だったか?」
「いえ! 全然大丈夫です! 何回でも乗れます!」
「そ、そうか。なら行くとするか」
星乃の圧に少し圧倒されながらも、田中は星乃と北海道に行く約束をする。
北海道は星乃が考えていた旅行先候補の一つであった。気が早いと思いながらも北海道で行きたい場所はいくつかリストアップ済み。
どんな旅行にしようかと浮かれていると、今までやり取りを静観していた足立が口を挟んでくる。
「おい田中。肝心な行く理由を話してないぞ」
「行く……理由?」
星乃は嫌な予感がしながら聞き返す。
すると田中は「悪い悪い、それから話すべきだったか」とまだ話していなかった理由を話し始める。
「実は北海道に新しく巨大なダンジョンが見つかってな。それの調査をすることになったんだ。天月も凛も来れないから、星乃が来てくれるなら助かるよ」
「ああ……そういう話だったんですね……」
旅行ではなく仕事に誘われたのだと知り、内心がっかりする星乃。
だがポジティブな彼女は、すぐに気持ちを切り替える。
(仕事はあるけど……遊ぶ時間も少しくらいは作れるよね? よし、仕事はすぐに終わらせて楽しむぞー!)
仕事であろうと二人で遠くに行くという事実は変わらない。彼女は気を取り直すと、この機会を使って更に仲を深めようと決心するのだった。




