第8話 田中、面会に行くってよ
早いもので須田の起こした事件から二週間の時が過ぎた。
街でモンスターと戦ってくれた人たちのおかげで、街に大きな傷は残らず、死亡者も出なかった。戦った人の中には怪我をした人ももちろん出たけど、彼らの治療費やサポートは堂島さんの働きで国が負担することになった。相変わらず面倒見のいい人だ。
結局、須田の『ビジネスパートナー』の詳細は分かっていない。ニュースやネットでは毎日憶測が飛び交っているが、どれも想像の域を出ることはない。
不安に思っている人も多いだろうが、街は確実に平穏を取り戻しいつもの日常に戻りつつあった。
そして今日、俺もまた、区切りをつけるためにある場所に来ていた。
「おう、お疲れ」
厳重な警備のゲートを潜り、外に出るとそう話しかけられる。
話しかけてきたのは足立だった。俺がさっきまでいた施設は一般人の立入りが禁止されている。俺は特別に許可をもらっていたので入ることができたが、足立は中に入ることができず外で待っていたのだ。
付き添いなら入れるかもしれないと堂島さんは言っていたんだが、須田の逃走のせいで最近規則が厳しくなってしまったらしい。
足立は待っている間に買ってくれたのか、缶コーヒーを一つ俺に渡してくる。
「で、どうだった?」
「ああ、意外と元気そうだったよ」
缶コーヒーを開けながら答える。
俺がさっきまでいたのは覚醒者専用の収容施設だ。そこには奇跡的に一命を取り留めた須田も収容されている。
一時的にモンスターの体になっていた須田は魔導研究局で牧さんに実験……もとい検査を受けたあと、この収容所に運ばれた。俺の一太刀は見事にモンスター化した核を斬れたみたいで、たいした後遺症も残らず回復した。
牧さんにはモンスター化した部位を少しは残しておいてくれと怒られたくらいだ。
「どんな話をしたんだ?」
「別にたいした話はしてないさ。すでに魔対省と警察が取り調べをしたあとだし、俺が聞き出すようなことはない」
「そりゃそうか」
「ああ。ただ……帰り際、あいつに謝られたんだ。『今まで悪かった』ってな」
「……それまじ?」
目を丸くして聞き返してくる足立に、無言で頷く。
俺もあの時はたいそう驚いたものだ。場所が場所じゃなければ大きな声を出したかもしれない。まさかあいつの口から謝罪の言葉が出てくるとは……明日は隕石が降るんじゃないだろうか。
「今回の一件であいつにも思うところがあったんだろう。それで全てを許せるほど俺も甘くはないけど、まあ、嬉しくはあったよ」
「そうか。これで前に進めそうだな。お前も……あいつも」
「違いない」
思えば俺もあいつも社畜と悪徳社長という肩書に縛られていた。これからお互いもっと自由に生きていけそうな気がした。
「そういや元黒犬ギルドの人は元気にしてるのか? この前会ったらしいじゃないか」
「ああ、郷田のことか。あいつならすっかり立ち直って元気にやってたよ」
なんでも池袋で一緒に戦った他の探索者と会社を立ち上げることになったらしい。しかもそれは探索者の会社ではなく、警備の会社だという。
どうやらダンジョンに潜るよりも誰かを守る方が性に合ったらしい。まさかあの事件で天職に巡り会えるとはな。なにがあるか分からないものだ。
「あの消えた仮面の男についてはなにか分かったのか?」
「いや。所属している組織の名前くらいしか須田は知らないみたいだ。警察が送金履歴を調べているみたいだけど、海外で資金洗浄しているみたいでそこから追うのは厳しいみたいだ」
「そうか、ありがちだな。ったく、須田の奴も役に立たねえな」
足立はそう言って苦笑する。
こればかりは俺も文句を言いたくなる。俺たちの金を使った挙げ句いいように使われやがって。お金は大事なんだぞ。
「で、今後はどうするんだ田中。須田のバックについてた奴を調べるのか?」
「いや、それは俺の仕事じゃない。堂島さんと警察に任せるよ」
「へえ、少し意外だな。気になってると思ってたよ」
「俺の仕事はダンジョン探索だ、犯罪者の捜索じゃない。確かにあいつらのことは気になるけど、それを調べるのは俺の仕事じゃないからな。まあ俺の仕事中に出会ったら、ゲンコツの一発くらい食らわせてやってもいいけどな」
見せつけるように拳を握ると、足立は「そりゃいい」と笑う。
「お前がそう決めたなら従うよ。あいつらのことは気になるけど、金になりそうにないしな」
俺たちはそんなことを喋りながら施設の駐車場に向かって歩く。
すると遠くからこちらに歩いてくる人影が目に入る。
「お、あれ奏ちゃんじゃないか。迎えに来たのか?」
「ああ、この後少し二人で過ごすことになってるんだ」
「へえ……仲良さそうでなによりだよ」
足立はにやにやと笑いながら俺のことを見る。
楽しそうにしやがって。この前、凛に襲われたことは口が裂けてもこいつには言えないな。
「それじゃ今日はここでお別れだな。上手くやれよ」
「余計なお世話だ。じゃあな」
そう言って俺らは別れる。
「ふう、やることは山積みだな」
寝れてこそいるが、正直会社員の時よりやらなくちゃいけないことは多い。おまけにそれはどれも頭を悩ませなくちゃいけないことばかりで、昔みたいにダンジョンでモンスターをばっさばっさと斬れば解決するようなことではない。
だが、俺は不思議と充実していた。きっとそれは自分で考えて行動できるからだろう。
社畜の時は須田に命令されるまま動いていた。それはある種、楽ではあったけど楽しくはなかった。自分で考え、選択する。そのことの素晴らしさが今ならよく分かる。
「待たせたな天月、行こうか」
俺も頭がいい方じゃないから選択をミスる時もあるだろう。
だけど自分で決めた道ならば後悔しないだろうし……周りにいてくれるみんながいれば、どんな失敗でも乗り越えられるだろう。
迎えに来てくれた彼女の笑顔を見た俺は、柄にもなくそんな風に思ったのだった。




