第5話 田中、喧嘩するってよ
「があああっ!!」
モンスター化した須田が、思い切り殴りかかってくる。
見た目もまとっている魔素も、もとの須田とはもう完全に別物だ。あのキューブの持つ効果は計り知れないな。
「死ね田中ァ!」
須田の拳が、俺の顔面に命中する。
衝撃が俺の体を駆け巡り、その余波は足元の地面に亀裂を入れる。
「ははァ! 避けることもできねえか! ……ん?」
須田は腕を戻し、俺を見る。
するとその表情が段々歪んでいく。
「嘘だろ……てめえなんで効いてねえんだ!?」
"シャチケンピンピンしてて草"
"知ってた"
"かなりパワーアップしてそうだけど、まあ無理か"
"相手が悪い"
"クトゥルーの拳でも無理だったからな……"
"少しも動いてないじゃん、体幹やばすぎる"
「どうした、もう終わりか?」
「ぐ……っ! なめんな!!」
激昂した須田は何度も何度も殴りつけてくる。
俺はそれを避けることなく全て正面から受け切る。前回は俺が一方的に殴って終わらせてしまったから遺恨が残ってしまった。今回は後腐れがないよう、しっかり付き合うつもりだ。
そうして50発ほどパンチを打ったところで、須田の拳が止まる。
「ぜえ、ぜえ……」
肩で息をする須田。どうやらスタミナが切れたみたいだ。
殴るのも疲れるからな。あんだけ力の限り殴ってたら疲れて当然。普段と違う体だから体力の消耗も大きいだろうしな。
「終わりならこっちからいくぞ……!」
お返しとばかりに、今度は須田の顔面を殴り飛ばす。
ふぐぉ! と声を上げながら地面を転がる須田。俺は倒れる須田に近づき、顔を起こしもう一発殴り飛ばす。
"うおっ"
"容赦ねえww"
"痛そう"
"須田くんボコボコで草"
"もっとやれ!"
「く、そ……がぁ!!」
二発殴られた須田は手を地面につきながら、なんとか起き上がる。
異形化したことで更にタフになったみたいだ。あと数発くらいは殴っても大丈夫そうだな。
「まだやれるだろ須田。来い!」
「てめえ……上等だオラァ!」
俺と須田は正面から殴り合う。
腹を、肩を、顔面を。お互い防御することなくひたすらに拳を打ち込み合う。
それはもう『戦い』と呼べるものではなかった。例えるならそう、中学生の喧嘩レベル。ただの意地の張り合いだ。
"うわ、えぐいw"
"男らしい勝負だな"
"でもなんでシャチケンとっとと終わらせないんだろう?"
"確かに。一発で決められるよな?"
"でもなんかこういうの青春っぽくていいわ"
"殴られすぎて須田の顔パンパンになってるw"
"須田くんも頑張るなあ"
"早く決着つければいいのに"
"ほんまそれ"
"でもなんか二人、いい顔してるよ"
読み合いも技もへったくれもない、ただの殴り合い。
不思議なもんでそれを繰り返していると、俺たちの間にある様々なわだかまりのようなものがなくなっていく気がした。
こういうこと言うとコメントでからかわれるから口にはしないが、言葉よりも拳の方がわかり合える気がするな。
「がはっ!」
頬を殴られた須田が、地面を転がる。
何度も殴ったので須田の体にはいくつも傷や痣が残っている。体力も残り少ないように見えるが、須田は再び立ち上がり拳を構える。
「どうした……俺はまだやれるぞ」
そう強がるが、体はもう限界のようでその場に膝をついてしまう。それでも必死に俺を睨みつけるその姿が、昔の須田と被って見えた。
須田は昔から我の強い奴だったが、今みたいに平気で人を傷つける奴じゃなかった。それなのに、
「なんでだ須田。いったいなんでそうなっちまったんだ。昔のお前はそんなじゃなかったじゃないか」
「……うるせえ。俺はもとからこうだ」
須田はそう吐き捨てる。
拳で語り合えばたとえ和解できなくても本心を聞くことはできるんじゃないか、そう思ったんだがどうやら上手くいかなかったみたいだ。
俺は仕方なく須田を気絶させるために近づこうとすると……足立がそれより一歩先んじて須田に近寄る。
「分かるぜ須田」
「……んだよ足立。てめえになにが……」
「俺には分かる。お前は不安だったんだよな、田中がどんどん強くなってよ」
「てめえ……」
足立の言葉に須田が不快そうに反応する。
須田が不安だった? そういうのとは無縁だと思ってた俺は驚く。
「田中、少し俺が話す。一旦配信は止めてもらえるか?」
「ああ、分かった」
足立に言われた通り、配信を止める。
"え!?"
"ちょ"
"待ってくれ!"
"もうちょい見"
よし、これで止まった。確かにこうした方が腹を割って話せるか。
しかし足立の奴、いったいなにを話す気だ?




