第4話 変貌
「馬鹿な……ありえねえ……!」
立体映像に映し出された映像を見て、須田は驚愕の声を上げる。
映像では天月が巨大な蝶を見事に切り伏せていた。
腕力では俺の方が上だけど、柔の剣の才能と魔法の腕は彼女の方が優れている。俺みたいな社畜にはもったいないほど天月は凄い人物なのだ。
"奏ちゃんってこんな強かったんだ……"
"最近は事務所配信でシャチケン相手にあたふたしているところが多く流れてるから強いイメージ少なくなってたよなw"
"討伐一課はエリート戦闘民族しか入れないからな。そこの課長なんだからそりゃゴリラよ"
"さっき魔対省の近くででっかい龍を堂島さんがぶん殴ってて草生えた"
"皇居の側でおっかない爺さんがでけえオオカミ斬ってたはww"
"日本の戦力やば過ぎる問題"
"須田ァ! 今どんな気持ちィ!?"
現れたモンスターたちを倒しているのは、天月だけではない。
堂島さんや魔物対策省の実力者、橘流剣術の門下生にギルドの探索者たち。星乃と凛も必死に戦い街を守っている。
「こ、これはなにかの間違いだ! Sランクだけじゃなく、EXランクまで用意してんだぞ!? なんでそれがやられてんだよ! 意味分かんねえ!」
「……本当にお前はなにも見えてないな。社長をやっていた時となにも変わっていない」
「なんだと……?」
須田は俺を睨みつけてくるが、もう胃の痛みは感じない。
こいつの底はもう見えた。過去を乗り越える時が来たみたいだ。
「この国は強い。俺なんかいなくても、お前の対処くらいできるってことだ。黒犬ギルドにも優秀な人材はいたけどお前のせいで活躍できなかった。お前は人の上に立つ器じゃないんだよ」
「て、めえ……っ!」
"これは火の玉ストレート"
"須田くん顔真っ赤で草"
"黒犬ギルドにはシャチケンだけじゃなくて郷田くんもいたしね、もったいない"
"確かにこんな奴が社長だったら辞めるはww"
"もっと言ったれ田中ァ!"
「言わせておけば……お前が俺にたてつくんじゃねえ!」
須田はそう言うと、近くの茂みに入る。
そしてそこから出てくると、なんと縛り上げた子どもを抱えていた。その子どもの目には涙が浮かんでいる……よほど怖いんだろう。
「はは! 公園にいたガキを縛り上げておいて正解だったぜ! こんな非常事態にママの目を盗んで遊びに来るからバチが当たったんだよ」
「お前……どこまで落ちれば気が済むんだ」
「うるせえ! まずは土下座だ! 這いつくばって俺の靴を舐めるんだよォ!」
こいつどれだけ土下座させたいんだ。
別に俺の頭ひとつでその子が救えるなら全然いいけど、したところでその子を解放しないだろう。
ここの場所を言っていない以上、助けは期待できない。どうすれば……。
「早くしろ田中ァ! さもねえと……ん?」
突然須田の近くの草がガサガサと揺れる。
なんだとそちらに視線を移すと、そこから突然人影が飛び出し、須田に突っ込んでいく。
「ヒーロー参上! その手を離しな!」
「んが!?」
その人影は須田から子どもをひったくると、須田を蹴っ飛ばして距離を取る。
そして子どもを抱えたまま、そいつは俺のところに来る。
「ふう、やりゃできるもんだ。来て正解だったな」
「……いやなんでお前がここにいるんだよ、足立」
なんと急に現れた人物は俺のもう一人の幼馴染み、足立だった。てっきり事務所にいるもんだと思っていたのだが、なんでここにいるんだ?
「モンスター相手だったら俺の出る幕はないけどよ、相手は須田だ。あいつが相手なら俺でも役に立てることはあると思ったんだよ。見晴らし公園を知ってるのは他に俺くらいしかいないし、俺が行くしかないだろ」
「なるほどな……助かったよ。ありがとう」
礼をいうと足立は「いんだよ」と少し照れくさそうに言う。
足立も俺と同じで須田と幼馴染みだ。昔は俺たち三人でよく遊んだものだ。この公園でも日が暮れるまで駆け回った記憶がある。
「さ、これでもう大丈夫だ。早く帰ってママを安心させな」
足立は子どもを縛っている縄を解き、解放する。その子は足立と俺に礼を言うと、駆け足で公園から去っていく。
よし、これで心置きなく須田を捕まえられるな。
「足立……てめえまで俺を邪魔しやがるのか……!」
「まあな。道を外しちまったけど、それでもお前は友達だ。俺はお節介だからよ、いくら落ちぶれても友達のケツを拭いてやらないと気が済まないのよ」
「なにが友達だ。てめえら全員、ここで殺してやるよ!」
須田はそう吼えると、取り出したキューブを自分の顔の前に持っていく。
そして数秒ほど悩んだような表情を浮かべたあと、なんとそれを口の中に放り込み、飲み込んでしまう。
あれはさっきモンスターが出てきた謎の箱だよな……? あんな物食べて大丈夫なのか?
「う、がああああ!!」
キューブを食べた須田は耳をつんざくような声を上げる。それと共に須田の皮膚は黒く染まっていき、肉体が膨張していく。
筋肉もどんどん膨れ上がり、骨格もその筋肉に比例して大きくなる。須田の肉体はまるでオーガのように戦闘に特化したものになっていく。
"うわ、なにあれ!?"
"体が変形した!?"
"須田くん、それはやばいって"
"見た目がモンスターになってく……"
"ひいっ"
"さすがにこれは笑えんな……"
"人がモンスターになるなんて聞いたことないぞ!?"
異形の姿へと変身した須田は、笑みを浮かべると赤く染まった目で俺を睨みつけてくる。
「……いい気分だ。まるで生まれ変わったみたいだぜ」
「見違えたじゃないか須田。いったいなにをしたんだ?」
「このキューブは体内に取り入れることでモンスターの力を得ることができる……俺は“進化”したんだよ田中。この力で今度こそお前を殺して俺の正しさを証明する!」
「……分かったよ。それで気が済むなら、来い。これで終わりにしよう」
俺は剣をしまい、拳を構える。
喧嘩といったら殴り合いだ。須田にこれ以上悪事は働かせない。正気になるまでぶん殴ってやる。




